第6話 MotoGP 第6戦 フランス

 一度、本拠地のザルツブルグにもどり。火曜日にフランス入りをした。マネージャーの澄江さんの運転である。途中、アルペン街道を走ってきたのだが、左は雪をかぶった山々、右は緑の草原やすみきった色の湖、そして青い空と気持ちのいいドライブだった。1日でも来ることはできるのだが、途中のアルザスに一泊した。ここは、フランスとドイツのはざまの地域で戦時中はドイツの占領下にあった。よって、町並みはドイツ風の木組みの家が多い。

 夕食で食べた煮込み料理はおいしかったが、量は多かった。ヨーロッパの人たちは一日一食豪華主義の人が多い。その家の習慣によるが、朝はコーヒーとパンだけ。そして昼は簡単なサンドウィッチだけ。前にジュン川口氏が言っていたが、ベルギーにいた時にH社の工場の食堂で昼食を食べていたけれど、利用しているのはほとんどが日本人で、ベルギー人はあたたかいスープしか注文しないということを言っていた。この人たちは夕食を家族いっしょに時間をかけて楽しむのである。時にはレストランにもいくが、その時は子どもを寝かしつけてからいくそうだ。よって、レストランの食事の量も多くなりがちなのだ。

 ルマンのホテルに入ると、待遇が今までと全く違った。昨年はMoto3ライダーだったが、今年はポスターに顔写真ものっている。部屋はスタンダードルームからスペシャルルームに格上げだ。澄江さんと同室に変わりはないが、ベッドの大きさがシングルではなく、クィーンサイズだ。澄江さんは大の字になって喜んでいる。ちなみに、チームのエースのスペンサーJr.はスィートルームに一人で泊まっている。さすが優勝経験者は違う。アメリカGPでタイヤ選択の妙で3位入賞が最高の新人とは大違いである。

 水曜日はミーティング。木曜日はルマン市内のパレードとスケジュール満載である。そして金曜日のフリー走行。このサーキットは中低速コーナーが多いので、マシンの性能というよりもライダーの技量で大きく違う。新人には厳しいコースだ。案の定、桃佳は好タイムをだせないでいた。土曜日の予選はQ1からのスタートとなった。でも、ひとつだけ嬉しいことがあった。日本人ライダーのレジェンド岩上さんが、ワイルドカード参戦を果たしていたのである。予選前にあいさつにいくと元気そうだった。

「お久しぶりです。お元気そうですね」

「何とかね。本当はへレスで出る予定だったんだけど、テストの都合でルマンになってしまった。H社がんばっていますよ。来年はウチのチームに来ませんか?」

 と岩上が言うので、桃佳は丁重にお断りした。


 Q1スタート。桃佳は前回と同じように中倉についていく。だが、今回中倉の調子がよくない。フリープラクティスで転倒している。すると、第6コーナーでスリップダウン。中倉は周回路をオフィシャルバイクで乗せられていった。Q1は赤旗中断となった。桃佳はアタックするタイミングを逃し、20番手のタイムしかだせなかった。中倉は18位。岩上は最後尾の21位である。まだ、新型車に慣れていないようだ。

 Q2は白熱した。マルケル兄がコースレコードを出し、ポールをとると思われたが、残り時間が0となったところでY社のクワントロが1分29秒324をだし、ポールをとった。母国でのポールなので、観客は大盛り上がりである。エンジン音よりも観客の声の方が大きかった。2位にはマルケル兄、3位にはマルケル弟、4位にはバーニー、そして5位にスペンサーJr.が入っている。満足はしていないようだが、不満たらたらでもない。

 夕方のスプリント。グリッドに並ぶと独特の華やかさがある。スタンドは満員で、10万人を越えた人がきているそうだ。フランス出身のライダーが活躍しているので、大盛り上がりだ。中に日の丸を振っている人がいた。在仏の人だろうか。3人とも後ろの方のグリッドにいるのが申しわけない感じがしていた。

 スプリントレース開始。第3コーナーが鬼門だ。なんとか集団の混乱に巻き込まれずに抜ける。ダンロップブリッジを抜けて、右の第6コーナー。下りながらの右コーナーでマシンを倒しながらブレーキをかけないといけない。テクニックが必要なコーナーだ。

 2周目、ここで4位にいたバーニーが左に流れていった。これで19位にアップ。

 4周目、ベンダーが転倒。これで18位にアップ。スプリントレースだが耐久レースの様相になってきた。

 7周目、ベルゼッキが大きくオーバーラン。グラベルを転ばずに走っているが、最後尾に下がった。これで17位。

 そして13周目、ファイナルラップ。もう少しでフィニッシュというところで、ヴィニャールが転倒。上位を走っていたのに残念なことだ。中倉はファイナルラップでD社のモリビーを抜いていた。桃佳も抜くチャンスはあったが、あと少しで抜けなかった。16位で終わった。中倉は14位。岩上は17位だった。スペンサーJr.は5位に終わった。予選どおりだが、口をへの字にしていた。バーニーが転倒し、入賞の可能性があったのにD社の新人アルジェに抜かれたのが気に入らないようだった。


 決勝。天候はどんよりとしている。気温18度、路面24度、風速3mと肌寒く感じる。

 ウォームアップランで雨が降り出した。コースオフィシャルは白旗をだしている。スペアマシンに交換してもよいという判断だ。そこで、全てのマシンがピットロードに入ってきた。スリックタイヤからレインタイヤをはいたマシンへチェンジだ。10台以上のマシンがピットにもどってきたので、赤旗中断となった。

 レースは赤旗中断になりウェット宣言がだされた。そして再度コースイン。レースは1周減算されて26周となった。ところが、これで終わりではなかった。今度は雨がやんできたのである。マルケル兄やクワントロといった上位陣はまたまたスペアマシンに乗り換えるためにピットにもどってきた。バーニーはレインタイヤのままグリッドに残った。サイティングラップだったので、ピットレーン出口に行列ができる。桃佳もその中にいた。

 ウォームアップラン開始。ピットレーン出口もオープンになり、行列を作っていたライダーたちもそれに続く。この集団のライダーにはダブルロングラップペナルティが課せられる。レインタイヤで走るより、ペナルティを消化した方が速いと選択したわけだ。マルケル兄がそういう判断をしたことが多くのライダーに、同じ選択をさせた。

 レーススタート。レインタイヤをはいたマシンのダッシュが遅い。バーニーは後続集団に巻き込まれて、なんと第3コーナーで接触転倒してしまった。相手はH社のミロだ。

 1周目、レインタイヤをはいたライダーたちが、ピットインしてきた。転倒したバーニーも最後尾ではいってきて、スリックタイヤのマシンに乗り換えていった。

 3周目、トップはY社のクワントロ。地元の大歓声を受けている。2位にはマルケル弟、3位にマルケル兄がいるが3人ともペナルティを果たさなければならない。スペンサーJr.は6位につけている。中倉はジャンプアップして10位。桃佳は15位。岩上が16位となっている。多くのライダーがペナルティをしょっているので、このままではいかない。

 5周目、最終コーナーでクワントロとベンダーがスリップダウン。まだ濡れているところがある。

 6周目、スペンサーJr.が再度ピットインしてきた。レインタイヤのマシンに代えて出ていった。

 7周目、マルケル兄弟もレインタイヤのマシンにチェンジしてでていった。その後に、桃佳もマシンをチェンジしていった。スリックタイヤでアクセルをあけることができないでいたからだ。

 10周目、レースはだいぶ落ち着いてきた。トップは最初からレインタイヤをはいていたH社のザルケである。彼もフランス出身で母国レースとなり、クワントロがリタイアした今、観客の大歓声を受けている。

 2位3位にはマルケル兄弟がせまっている。スペンサーJr.は5位を走っている。岩上が8位につけている。彼もまた最初からレインタイヤをはいていた。桃佳は岩上が見えるところで10位を走っている。同じペースで走れている。目下の目標は9位のA社フェルナンドだ。彼も新人だが、前日のスプリントでは上位に入っている。だが、雨のレースはつらそうだ。と言っても、桃佳も雨のレースは得意ではない。ましてやリッターバイクではそのパワーをもて余し気味だ。救いは岩上のライディングについていけることだった。中倉はレインタイヤに換えるのが遅くて12位を走っている。桃佳とは結構離れている。

 レース後半、雨の量が増えてきた。岩上は淡々と周回数を重ねている。桃佳もそれについていく。フェルナンドとの差は少しずつ詰まっている。ミスをしないことが大事だ。無理に抜きにいくとラインを外すことになるので、スリップダウンをしかねない。フェルナンドの後ろについてプレッシャーをかけることにした。

 20周目、7位を走っていたオリビアが転倒。岩上が7位にあがる。桃佳も9位である。スペンサーJr.はモリビーを抜いて4位に上がっている。

 21周目、3位を走っていたマルケル弟がハイサイド転倒。だが、すぐに起き上がりダメージを受けたマシンで復帰する。そのすぐ後ろには岩上がいる。二人のバトルが始まった。スペンサーJr.が3位に上がっている。

 23周目、バックストレッチのブレーキングポイントでマルケル弟がスリップダウン。やはりダメージを受けたマシンでは厳しかったようだ。

 25周目、スペンサーJr.がアルジェに抜かれてしまった。タイヤがもう悲鳴をあげていたということだ。

 26周目ファイナルラップ、サーキットは異様な雰囲気に包まれている。フランス人のザルケがトップを走っているからだ。桃佳はフェルナンドとの差を詰める。すると、最終コーナーでフェルナンドが左へ滑っていった。してやったりである。

 サーキット内は声援であふれている。桃佳はまるで自分がたたえられているような錯覚さえ感じた。後で知ったことだが、フランス人ライダーがフランスGPで優勝したのは2人目。それも71年ぶりということだ。10万人を越す観客が興奮するのもわかるような気がする。ザルケは半分涙目で観客の近くに寄っていき、得意のバック転を見せていた。3日間での観客動員数31万人はこのサーキットでの最高記録だということだ。H社にとっても2年ぶりの優勝で、ピット内は大騒ぎだった。岩上も6位入賞ということでテストライダーの役目を充分に果たしていた。桃佳も7位入賞。苦手な雨の中で満足すべき結果だった。一人だけ不満な顔をしていたのはスペンサーJr.である。表彰台が目の前にあったのに逃してしまったからだ。だが、原因はタイヤを大事にしなかった自分にある。監督のハインツにあたることもなく、静かにモーターホームにもどっていた。

 次戦は2週間後のイギリス・シルバーストーン。高速コースなのでKT社にもチャンスがある。桃佳は、今回の経験を活かしてあきらめない走りを見せれば、結果がついてくると確信していた。ピット内では「アンフォールモモカ」(転ばない桃佳)と言われ始めていた。

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