『それはいつだって先延ばし』

『雪』

『それはいつだって先延ばし』

 私は謝罪というものがどうしようもなく苦手だ。というよりも自らを相手より下に見るという事に絶望的なまでの忌避感がある。例えそれがどうしようもない事実であったとしても、到底看過出来るものでは無かった。

 さして大した能力も持ち合わせていない癖に、この傲慢なばかりか無駄に繊細なプライドばかりが碌な矯正もされず、すくすくと成長していったばかりに私は、未だにこの悪癖に苦しめられ続けている。


 あの日もまたそんないつもの癖のせいで、些細なきっかけを元に始まった口論は激しい言葉の応酬へと発展し、別の友人が仲介として介入してくれた事でどうにか落ち着く事が出来た。その友人からもキチンと誤った方が良い、と遠回しに自らの非をまざまざと突き付けられたのだが、そんな事は誰から言われるまでも無く、私自身が一番よく分かっていた。

 それでも尚、素直に謝るという事が出来ないのが私という人間であり、結果的に三日間もの時間を無駄に過ごした私は、周りの多大な後押しもあって、漸く相手と話し合いの場を設ける事は出来た。

 だが、肝心の準備の方はと言うとまるで出来ておらず、仕舞いには相手の態度が相応なもので無いならばこっちから縁切りしてやるのだと的外れな事を何処かでぼんやりと考えていた。


 待ち合わせの場所に辿り着き、腕時計をチラリと見る。約束の時間まで少しだけ余裕があった。

 ここに来てまだ私の気持ちは揺らいでいる。何故、私が謝らなければならないのか。本当に悪いのは私なのだろうか。相手の言い方にも問題があったはずだ、と。一度は鎮火したはずの怒りの炎が静かに燻り出す。その一方で、これがもうじき現れる知り合いとの最後の対面だと酷く悲観している私もまた確かに存在して居る。

 此処で知り合いを一人失ったとて、それは己の傲慢が招いた不幸な事故だ。それによって私が今此処で死ぬ訳では無い。恐らく一週間程度は病みに病んであちらこちらに当たり散らしたり、やけ食いやふて寝が増えるだろうが概ねそれくらいだ。

 親友の定義に、一度は大きな喧嘩を乗り越えてなどと言われる事もあるが、私はそうは思わない。一度だって周りを巻き込むほどの喧嘩となれば、きっとそれは綺麗さっぱり流して、とはいかないのだろう。何処かで遠慮が生まれ、ふとした拍子にあの時の記憶が蘇るはずだ。ならばいっそ、終わってしまった方が互いにとって良いのではないだろうか。


 もう一度、手元の時計を見る。約束の時間は少しずつ、だが確実に迫って来ている。けれど、私は未だに相手への答えが出せないままでいる。

 謝るふみとどまるべきか、或いは決別するにげるべきか。

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『それはいつだって先延ばし』 『雪』 @snow_03

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