未来図

小狸

短編

「小説家になんて、なれるわけがないんだから」


「まともな仕事を見つけて、まともに働くことを考えなさい」


「周りの皆はちゃんと仕事しているよ。あんただけだよ、いつまでもそうやって馬鹿みたいに小説書いているの」


「いつまでも夢見てないで現実を見たら?」


 母からの久々の連絡は、そんな言葉と共に終わった。


 私を働くことができなくなるまで、精神疾患になるまで追い詰めた人間の一人が、そんな母である。父はそんな母に教育を全て任せて無関心であった。私にとって家族とは、一緒にいなければならない呪われた血縁だと、胸を張って言える。今でもそうだ。


 教育虐待、という言葉が、今ほど人口に膾炙していなかった時代であった。毎日のように、小学校の宿題で母に泣かされていた。

 

 その結果、勉強が大嫌いになり、高校から教育を放棄した母親の甲斐もあって、私は落ちこぼれになった。


 今は、親元を離れて一人暮らしをしている。


 一人で、市と国の制度に頼りながら、小説を書いている。


 ある土曜日の夕方。


 珍しく母から連絡が来たと思ったら、半分が仕事の愚痴で、半分が私の愚痴であった。


 私は、うんうんと言いながらその話を聞いていた。


 ほとんどは聞き流している。


 言い返せばいいのに――と思うかもしれないが、言い返したら言い返したで、癇癪を起こすのである。


 結局、自分にとって都合の良い娘になっていないことが、不満なのだ。


 小学校の頃、勝手に私の机を開けて、当時書いていた小説を音読されたこと、そしてその原稿用紙をびりびりに破かれたことをまだ許していないけれど、そんなことは母にとっては遠い昔の、些細なことなのだろう。


 そう思う。


 一番は、世間体だろう。


 私の実家は、そこそこ田舎にある。村社会、というほどではないけれど、噂話はすぐに広まる。自分の娘が精神疾患になって失職し、未だ仕事をしておらず、挙句空き時間には小説なんて書いているという現状が、あまりにも世間の「普通」「一般」とズレているために、認めたくないのだろう。いつだってそうだった。母にとって私は、自慢のためのツールであった。それができなくなったから、文句を言っているのだ。


 現実を見たら? か。


 見ているつもりなんだけれどな。


 今できることはしているつもりだし、ちゃんと定期的に通院もして、薬も飲んでいる。その上で仕事ができない、不可能だという診断を、主治医から下されている。国と市の制度にも日々助けられている。母も父も、私が病気になった時、何も助けてくれなかったし、後から「知っていた」「伝えようと思っていた」とかほざくくせに、何も教えてくれなかった。支援制度を知ったのも、そこに助けを求めようとしたのも、全て自分で調べた結果である。


 空き時間にすることまで、制限されなければいけないのだろうか。


 この人は、私がどんな小説を書いていて、どこに応募していて、どこに投稿しているかなんてどうでも良いのだ。ただ世間的な「普通」「一般」な大人、成人像であってほしい。小説家になりたいなんて思わないでほしい。そんな娘は認めたくない。私の想像する娘像とは違う。結局どっちが子どもなんだろうね、という話である。きっと数年後には、「結婚」とか「出産」とか、そういう話へと転換するのだろう。普遍的な幸福像以外は認められない、可哀想な人なのだ。


 世間、ね。


 元々機能不全家族の長女として産まれたお蔭で、そういうしがらみにいち早く気付くことができた。


 世間なんてものは、ない。


 それは、各々が勝手に想像した「世間」を、各々が勝手に頭の中で展開して、「一般論」だと思っているだけの話なのである。


 少なくとも私の母親は、「世間」という言葉を盾に、自分の言い分を正当化しているようにしか聞こえない。


 


 


 娘を所有物としか思っていないところもそうだし、今年二十五になる私を、いつまでも子ども扱いしているところも――母こそ何も変わっていなくて笑ってしまう。この親の元を離れることができて良かったと思う。


 小学生の頃から、小説家になることは、私の夢だった。


 過去形である。


 無論、諦めたというわけでは毛頭ない。


 夢は、自ら進み、目指していく過程で、色を変えてゆく。


 まず「将来の」という接頭語が付き、続いて「夢」の部分が、「就きたい職業」に変質する。


 いくつもの新人賞に応募する過程で、意外と早く「」を、私は知った。


 少なくとも、そう簡単に賞は受賞できない。私は、天才ではなかった。秀才でもなかった。鬼才でもなかった。非凡でもなかった。逸材でもなかった。傑物でもなかった。


 ならばどうする。


 書くだけだ。


 書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて。


 書き続ければ良い。


 親からの理解がなくとも、書き続けることはできる。原稿を破られても、内容は頭に入っている。味方がいなくとも、打鍵を続けることはできる。読む人がいなくとも、執筆することはできる。閲覧数が伸びなくとも、投稿することはできる。


 大学に入っても、仕事を始めても、仕事を辞めても、小説は私と共にあった。


 いや、きっと私は、心の奥底では、母を否定したいのだろう。


 なれない、できない、無理、諦めろ。


 そう言う母を見返したい。


 ってことを、見てほしい。


 そんな不純な動機で、私は今日も、小説を書く。


 明日も、明後日も、きっと。




(「未来図」――了)

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未来図 小狸 @segen_gen

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