第2話

洗顔と歯磨きを済ませて部屋に戻ると、芽衣がローテーブルの上にメイク道具一式と、その他もろもろを広げて待っていた。



「まずはネイルから。手を出して」



言われるままに手を出すと、芽衣はベージュのネイルが塗られていたわたしの爪に、たっぷりと除光液を含ませたコットンをのせた。



「落とすの? この色気に入ってたんだけど」


「地味だから」



芽衣が用意していたネイルカラーはピーチファズ。



「派手じゃない?」


「このくらいしないと。ストーン使いたかったけど、時間がないからラメで我慢」



芽衣は元々塗られていたネイルを落とすと、慣れた手つきでベースコートを塗り始めた。



「本当はエミリが来る予定だったんだけどね。熱が出て来れなくなったから。美雨ちゃんはピンチヒッター」


「ランチビュッフェの予約をキャンセルできなかったから代役ってこと? でもわざわざ偽名を使わなくても」



エミリちゃんって、確か芽衣と同じ大学の友達。

もしかして予約って、名前もチェックされるの?

ということは、エミリちゃんの名字が「大野」? でもそれなら名前も「エミリ」じゃないとだめな気がする。



「どうして『大野美雨』なの?」


「そこは気にしないでいいから。手、どこにもふれないでね」


「……はい」



芽衣は、クラスマッチの時なんかに率先して周りを盛り上げて、人気の種目で活躍するタイプ。

一方のわたしは、団体種目で他人に迷惑をかけるのを避けるために、個人種目を選択して、密かに負けるタイプ。

だからという訳ではないけれど、姉のわたしより、4つも年下の芽衣の方にいつも主導権がある。



ほんの少し話している間に、爪はピンクとオレンジの中間のような色になっていて、ラメが爪の先でキラキラしていた。



「きれい」


「友達の真花まなかが、瑛二くんの友達の青木くんを紹介して欲しいって言うから、今日はさりげに会う予定だったの。2対2だといかにもだから、3対3でランチビュッフェに行く予定が、エミリが来れなくなって」


「3対3ってことは、もうひとりは誰が来るの?」


「じっとしてて」


「……はい」



質問はスルーされてしまった。



「それで、美雨ちゃんには、わたしと同じ学部の友達ということで協力して欲しいの」


「でも、そうなると、わたしは瑛二くんでも青木くんでもない誰かの相手をするってことになるよね? そういうのはちょっと……」


「美雨ちゃんに誰か紹介するとかそういう話じゃないから安心して。美雨ちゃんは、純粋にランチビュッフェを楽しむだけ」


「それならいいんだけど、でも、いくらなんでも4歳も下のフリは……」


「がんばって!」



がんばるって……年齢詐称を……?



「目、閉じて」


「はい」


「服もわたしのを着ればわかんないよ。目、もう開けていいよ」


「他に頼める人いなかったの?」



芽衣がわたしを見て微笑む。



「美雨ちゃん、ロイヤルホテルのランチビュッフェ行きたいって言ってたから」


「覚えてたんだ」



その話を芽衣にしたのは随分前のことなのに、覚えていてくれたことにちょっと嬉しくなった。



「まぁ、暇なの美雨ちゃんくらいしかいなかったしね」



一言多いよ。

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