ヒュプノスの傍で

白川津 中々

◾️

残金240円、全財産である。


仕事を辞めて、何をするでもなく寝て起きて寝てを繰り返していたらそんな状態。もはや日付の感覚も分からないが、貯金の減少度合いから4年程度の経過見立て。オリンピックも開催されている計算である。

俺は疲れてしまっていた。寝ていたかった。社会から隔絶され、一人で何もせずにいたいのだ。そんな願いだけが胸の中にあったが、とうとうどうにもならなくなってしまったのである。


「どうようかな」


来月の家賃は払えない。飯も買えない。明日を生きていくために必要な金がもう尽きた。寝ているわけにはいかないわけだが、一生眠い。働きたくない。


「とはいえ、死にたくはないんだよなぁ」


実際、死を考えた事はあった。幾度となく意識の喪失について想像を膨らまし、その度、恐怖に囚われた。自分のいない世界。永遠の闇。自我の終わり。考えれば考えるほど、生への執着が強くなる。寝ているだけの人生なのにどうして命に固執するのか。死ねば楽になるのに、それこそ、ずっと寝た状態でいられるのに、この世に引き留められている。社会活動を停止して、なにをやるでもなく死んでいるのと変わらないにもかかわらず、生きたいと思うのだ。


「何も考えたくないだけなんだけどなぁ……」


カートン買いしていた煙草を取り出し火をつけ一服。紫炎を燻らせ、240円で生きる道筋を立てようとするも、先行きは暗いばかり。解決できない問題を前に煙草の火を落とし、一先ず、寝ようと思った。


「誰も、いなくなればいいのに」


苦しみしかない世の中、ずっと眠りながら俺は、孤独に生き続けていきたい。微睡、微睡……

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ヒュプノスの傍で 白川津 中々 @taka1212384

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