十五節『最終準備2』

「いやはや。危なかったですな。いつもきつく言っとるのですが。どうも物覚えが悪いようでのう。困ったものですじゃ」


「いやはやじゃないですよ! 何なんですか今のは??」


 元学校長ともある方に突っ込みを入れてしまった。こんなことが僕にもできたのか。


「ほっほっほ。失礼失礼。これはですな、いたずらっ子と言ってですな」


「いたずらっ子? ネーミングも気になりますけどそもそも生き物なんですかそれ」


「わかりませぬな。学者たちの中でも意見が分かれておるのですよ。と言うのもですな、これらは元来、無色透明の水のようなものでしてな、それに生き物が映りこむと記憶を見ることができるのですよ。そこからそのものの性格や習性を模倣し人にいたずらをするのです」


 何なんだ。そんな生物?が存在していいものなのか…。そう思い質問をする。


「それって生き物なんじゃ」


「しかしこれらには意思がない。いたずらをするのもなぜなのかはわかっていない。最もそこまで危険な生物では無いので研究も進められているわけではありませぬが」


「はあ、とにかくよかったです。何もなくて」


「ほっほっほ。あのまま手を差し出していたらどうなっていたでしょうな」


「なんですかそれ、怖い」


「まあ、もう夜も遅い。早めに帰って休みなされ。レポートはこの本物の元学園長、薄雪イカリに任せるのですじゃ」


「へ? 薄雪?」


「ふむ、いかにも。このあたりでは珍しいものの、南南東の方角にある吾輩の故郷では相違あった名前が多くてですな。わしの孫が君と同じ学年にいると記憶しておりますがな。しかし最近は、何やら忙しいようで、取り合ってくれんのですじゃ」


「——冒険課程です」


 僕は少しためらってから口にした。


「はてさて、これはやっとあやつにも目的ができたようですな」


 予想と違った答えに動揺しているのがばれたらしくイカリさんが微笑みかけてきた。


「君、名前は何というのですかな?」


 僕はゆっくりと答える。


「レナグ・アリフィス・エルブルーです」


「——ふむ、よい名前だ。レナグ君、吾輩の孫に目的を、与えてくれてどうもありがとう」


 なんとなく話がつかめない。


「あの、どういう…」


「ほっほっほ、お若いの。先は長いですぞ」


 そう微笑みイカリさんは小屋に入っていってしまった。

 いろいろと聞きたいことはある、特に“薄雪”白亜君には。迷惑ばっかりかけやがるなあの野郎は。

 ま、とりあえずはレポートも間に合いそうだし、一旦の目的は終了か。


「ふあぁ。かえって寝ますかあ」


 そうして僕は不思議な夜を後にした。






―――――――






(アリフィス・エルブルーか……)


 元学校長、薄雪イカリは思案する。新月の空に明るく輝いた星のもとで。古い記憶の中を歩く。自分の記憶であるかも怪しいその暗闇の中を漂う。


(全く、長生きはするものではないのかもしれぬのじゃ)


 そう言いつつも、その口には、優しい微笑みが浮かぶ。





(————ついに、ついに、やってきたか真の〈青〉よ!! 王の血筋よ!!!)


 いつの間にか優しい微笑みは、興奮と期待、そして恐怖の混じった顔になっていた。


 その背格好はいつの間にか優に百八十センチを超えおり、筋肉の質も量もけた違いになっていた。先ほどまでの老人とは打って変わって歴戦の猛者の風格があふれ出している。


(いかんな、吾輩もあの青年、に言えたことではないな。まだまだ 未熟も未熟)


「おるか?」


 そう一声。


「はっ!」


「さっきの青年を監視せよ。いつも通りに、だ」


「心得ております」


「行け」


 その次の瞬間にはもうもう一つの声の主の影はなかった。

 簡潔に命令を下す声は、もはやしわがれた老人のそれではなかった。

 威圧感のある太い声。薄雪白亜のそれと似てはいるが、それはうわべだけ。

 その中身は、もっと冷酷で、そして淡々とした狂気にあふれていた。


「やるべきことはして、死ぬとするかの」


 声も背格好も元に戻っていた。しかし、状況は何もかもが変わっていた。


 それは物語の、新たな始まりを意味した。


ほっほっほ。世界を、変をかえるときじゃのお・・・

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