第26話 (もっと。もっと)

 銀は睡眠を必要とはしないので、人間なら睡眠にあてる時間を読書したり、ユウリの衣装制作や絵を書く事に費やす。

 その夜、充電しながら銀はユウリを題材にした詩を書こうと試みていた。

 だがそれは銀にとって簡単な作業ではなかった。

 暗い室内で銀は詩を書くために、中生代にまでさかのぼる地球史をせっせとデータバンクからダウンロードして人工知能にため込んでいった。

 尚也は「適当に思いつくまま書いたらいいんだ」と言ったが、その適当という言葉をどう実行していけばいいのか銀は考え込んだ。適当。ほどよい。いいかげん。アバウト。手抜き。

 そして不要な部分と必要な部分の微妙な配分に「適当」という言葉の意味はあると銀は解釈した。

 膨大な資料の中から捨てるものと残すものを「適当に」整理しようと、銀はいつものように壁にもたれ足を投げ出した姿勢で目を閉じる。

 実はその時銀の頭脳はフル回転しているのだが、あまりにも動かないので傍目からは等身大の人形のように見える。


 マンションの7階の窓が開けられ、静まり返った室内に何者かが侵入してきた。そして音もなく銀に近づいていく。すると銀の目がぱっちりと開き、侵入者をまっすぐに見上げた。

「ユウリ。どうして玄関から入ってこないのですか?」

「こっちの方が早い」

 初めてこの家を訪れた時、ベランダから直接一番下の階まで降りていったせいか、ユウリはこれが一番手軽な訪問手段だと決めてしまったらしい。それにユウリは夜中に来ることが多かったので、ドアベルを鳴らされると家族を起こしてしまう事になる。だからといって、ユウリに家の鍵を預けるのはまだ早い、というのが尚也の意見だった。

「今ユウリをイメージした詩を書いていました」

「シ?」

「小説よりは短くて、俳句や短歌よりは長い、書きたいという表現欲の現れです」

「??」

「読むので聞いてください」

 そして銀は隣の部屋で寝ているだろう尚也を気遣い、ユウリの耳元で囁くように自作ポエムを朗読した。


おとめ座M87銀河

誰からも顧みられない惑星で私たちは出会った

石雲から絶え間なく降り注ぐ石ヒョウの中

あなたはすてきな芋畑を私に見せてくれたわね

何回石つぶてに叩きつぶされても懸命に新芽を出し

青い太陽に向かって伸びていく芋のつるをあなたは愛おしそうに撫でていた

私の体もその手でずっと撫でていてほしかったのに


あなたのいないこの惑星で、芋たちは強く逞しく育っている

でも私はあなたがいないと生きてはいけない

私、あなたを追って行くわ

遠い遠いちっぽけな星に

芋たちよさようなら

あの人を連れて戻ってくるまで、どうか元気でいて

(続く)

 

 読みながら銀は気分が盛り上がり妄想を広げる。

 美しいユウリは愛する坂茂知を追って地球に向け旅立つ。それは坂茂知から無理やり聞きだしたユウリとの出会い話を参考にした創作ストーリーだった。

 本物のユウリは銀の太ももにいつの間にか頭を乗せ、畳の上に体を伸ばして横たわっていた。

 詩を読み終えると俯いた銀の目が、しっかり目覚めていたユウリの金色の視線にぶつかる。暗がりの中瞳孔が開き、常よりは緑や赤が煌めいて見えるユウリの目。ユウリは少し横を向いて、銀の太ももを片手で掴んだ。

「ぎん。今夜はユウリと一緒に寝る」

 猫みたいな瞳がじっと銀を見つめていた。

「私はロボットだから睡眠は必要ありません」

 するとユウリは銀の太ももを掴む手に力を込めた。

「コトバまちがえた?寝る。眠るじゃない。セックスしようと言った」

 それを聞いて銀は首を横に振る。女の子同士だという以前にそれは不可能だった。

「できません」

「なぜ?ぎんはユウリがキライなのか?」

「そうではなくて。私は性器を持たないから。見ただけではわからないかもしれないけれど、そこにあるのは他と同じ皮膚」

「……」

 ユウリは無言で、銀の太ももに置いた手をそっと動かしはじめた。次第に足の付け根へと近づいてくる手を、銀は止めようともせずじっと見ていた。

 やがて内股の一番奥深い場所に、ユウリの指がたどり着く。

 薄いパジャマの生地の向こうの柔らかな感触を確かめるようにユウリの指が何度も押し付けられる。ユウリは銀のぴったりと合わさった太ももの間に強引に片手を差し込んで、さらに奥まった部分を探ろうとする。ユウリの指が会陰のあたりをまさぐり、くぼみに軽く差し込まれた。が。

「?」

 ユウリが首を傾げ、手を銀の脚の間から引き抜く。そして今度は直接パジャマと下着の更に内側へ、その手は荒々しく入り込んできた。なの遠慮もない手つきで銀の股間を散々弄り、指をさっき見つけたくぼみに差し入れようとする。

「浅すぎる」

 指はわずかなへこみを行き来するだけで、それ以上奥には進む事ができなかった。

 やがて銀の手がユウリの手首を掴んで、その部分から引き離す。

「分かりましたか?私は女性器をもっていません」

「なぜ?アンドロイドたちは雄タイプ雌タイプ、ほとんど皆が人との性行為が可能なはず」

「そうなんですか?それは知りませんでした」

 ではなぜ文は銀にその機能をつけなかったのか。分からない。だが作られてから数年後、銀が少し成長し人間に近づくと、セクサロイド機能をつけようか?と尋ねられた。その時は全く欲しくなかったのでいらないと言ったが。

 もしその機能をつけてもらっていたら、ユウリは銀とどんな行為をするつもりだったのか、銀は知りたかった。

 銀の機械でできた心のどこかが、ユウリにもっと触れてほしいと望んでいた。そして銀はユウリの手首から自分の手を放した。

 初めて感じる奇妙な感覚の正体を確かめる余裕も与えられず、ユウリはなおも銀の肉体を煽ろうとしていた。パジャマの裾を持ち上げたユウリの指が、銀の脇腹から胸へと這っていき、銀の柔らかい皮膚に直に食い込む。

 ユウリの様々な色に輝く琥珀の瞳がじっと銀を見つめ、銀の唇にユウリの唇が押し当てられた。何度も押しつけ、舌先でくすぐるように銀の唇をしつこく愛撫してくる。銀のAカップの小さな胸が、パジャマの下にもぐりこんだユウリの手ですっぽりと覆われ、ユウリの指が乳首をつまむ。

「んっ」

 その時出た声が自分のものだと、はじめ銀は気づかなかった。

 自分の意識とは全く違うところから出た声だった。そしてユウリは口を大きく開け銀の唇ごと包み込むように押しつけてきた。強く歯をたてられ痛みを覚えた銀は、ユウリの胸を抑えその身体を遠ざけようとする。

「ふう」

 ユウリは目を閉じたまま、唇を離して息をついた。冷たく見えるほどに端正な顔立ちなのに、なまめかしいユウリの表情。ぞくり、と銀の体を奇妙な旋律が走った。

 ユウリが銀の体を畳の上に押し倒す。そして銀の手首は抵抗を封じるようにユウリに抑えつけられ、唇が再び銀に触れてくる。顎の下から首筋へと動き、吸ったり噛みついたりを散々繰り返すと再び唇に戻ってくる。 

 ユウリはもどかしそうに自分のシャツの胸のボタンをはずし、下着をつけていない裸の乳房を銀のささやかな胸にぎゅっと押し付けた。

 いつしか銀の腕もユウリの背中に回っていた。

 ユウリの白く滑らかな皮膚に触れると筋肉のしなりが感じられ、銀はその起伏を確かめるようにゆっくりと指を這わせていく。

(もっと。もっと)

 焦りにも似た奇妙な感覚。けれど。

(もっと、私は何をしたいんだろ)

 自分にはこれ以上のことは何もできない。ただ触って確かめるだけ。こんなんじゃない。もっと、もっと深くユウリの体を知りたい。そして自分の体を知ってほしい。

 そんな闇雲な衝動を、どうしていいのか分からないもどかしさに捕らわれそうになった時。

「なんかうるさいぞー」

 と、部屋の外から尚也の声。

 サラリ、とふすまが開かれた。同時に室内がパッと明るくなる。

「!?」

 尚也が立ちすくんで中の二人を凝視していた。

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