第25話 「息はある。気絶してるだけ」
「あれってどこから出てきたんだ?先生まだ生きてる?」
見ていた尚也は不安になって銀に尋ねる。
「ちびモスラ達は坂茂知と交尾しようとしてる」
眺めていた銀が呟くと、尚也が唖然とした顔を銀に向ける。
「助けなきゃ!」
だが銀は首を横に振った。
「まだダメ。坂茂知は今、約束を破った罪を償ってる。それに坂茂知はメスの蛾ではないから交尾はできない」
「でも放っておけないだろ」
尚也はそう言ったが、坂茂知を助けに行く勇気はない様子だった。二人が会話している間にも、坂茂知のぞっとするような悲痛なうめき声が蛾たちに覆われた微かな隙間から聞こえてくる。ユウリは何を考えているのか分からない冷たい表情で、巨大な蛾の群れに襲われる坂茂知を見ていた。
そして坂茂知の声はいつしか聞こえなくなっていた。
「先生死んだの?」
尚也が恐る恐る銀に尋ねる。
「息はある。気絶してるだけ」
と銀。
やがてユウリが坂茂知と巨大蛾に向かって、宙を切るような動きをする。すると坂茂知を襲っていた虫たちは、目には見えない空中の裂け目に吸い込まれるように消えていった。残ったのは地面に倒れてピクリとも動かない坂茂知だけ。
ユウリは銀にまっすぐ向き直ると告げた。
「タクはここに捨てていく。かわりにぎんを連れて帰る」
「えっ。どこに?」
予期せぬ展開で尚也は慌てる。
「タラモンジャのユウリの家。そこで銀と幸せになる」
「なんでそうなる?」
尚也はわけが分からない。どうして拒否しない?と銀を見ると、なんだかうっとりした顔でユウリを見つめている。
「どうしたんだよ銀?」
「幸せに暮らす私とユウリを想像していました。けれど私はユウリと一緒には行けません」
「なぜ?」
ユウリが詰め寄る。
「私は文という仙導士に作られました。三田村家で尚也たちと一緒に暮らすためです。尚也が私を欲しいと言ってくれたので、私は三田村家のものになりました。彼らは何もできない私の為に高い電気代を払ってくれて、坂茂知の家庭教師代やお小遣いも出してくれます。私はまだその恩をお返しできていません」
銀は家事を色々やってくれているじゃないか、と尚也は言いそうになるが、ここは恩返ししてもらう事にしておいた方がいいだろう。
「恩を返すの、いつ終わる?」
「それはわかりません」
そう答えると銀は尚也を見る。
「尚也は分かる?」
「知らないよ」
銀がいるのは今では当たり前のことで、どこかへ行ってしまうなんて考えた事もなかった。だがふと思う。
自分が大人になって誰かと結婚したとする。その人は銀と一緒に暮らしてくれるだろうか。その相手が普通の地球の女性なら、銀がロボットだと知ってどんな反応を示すのか。それ以前に尚也とその家族が地球人ではないと告げておくべきか。
(俺たち家族、みんな頭がおかしいと思われるだろうな)
今まであまり深く考えたことはなかったが、色々問題は山積みだった。
「ではぎんの恩返し終わるのここで待つ」
あっさりと当然の事のようにユウリが言った。
「えっ!?」
尚也が驚く。
「タラモンジャには帰らないのですか?」
銀が尋ねるとユウリは「帰らない」と告げた。
結局ユウリは、坂茂知の古民家の離れで暮らす事になった。
坂茂知はユウリを裏切った負い目があるため、強くは拒めなかったらしい。ユウリを怒らせると自分の命が危ないと、身をもって知らされたからかもしれない。
そして銀とユウリは頻繁に会うようになった。そうしているうちに、銀のプライベートの日常に様々な変化が起きた。
まず銀はおしゃれになった。
以前は哉や毬のおさがりを袖や裾を折るなり切るなりしてそのまま着ていたが、今ではミシンまで操ってそれらをリメイクをするようになった。そして自分の服以上にユウリをおしゃれさせる事にこだわるようになった。
銀は服を色々作ってはユウリに試着させ、写真を撮ってコレクションを増やすのが楽しくて仕方ないようだった。
今まではほとんど使う事のなかった毎月のお小遣いも、今はリメイク用の素材や、メイク道具を揃えるのに使うようになった。参考にしているのは主にアニメやゲームのキャラだったりするので、銀の作る衣装はかなりコスプレ化していた。長身で国籍不明の美しい顔立ちをしたユウリは二次元だろうが三次元だろうが、非日常的な姿がよく似合った。
ただ銀が自分の作った服をユウリに着てもらおうとする時、頭の王冠だけは邪魔だった。ユウリは銀の知る限りずっとその王冠を被っていた。それこそ冠も頭皮の一部なんではないかと思えるほど。
ある日、ユウリは銀の部屋で、銀が作った鮮やかな緑の衣装を試着していた。
カザリキヌバネドリをイメージして作った衣装をまとったユウリはそれは美しくて銀も大満足だったが、やはり頭の王冠は違和感ありありだった。
「これ外したらだめなんですか?」
「はずれない」
ユウリは答えた。けれどそんなにしっかり接着されているのようには見えなかったので、
「ちょっと触らせて」
と銀が冠を少しだけ持ち上げようとすると、それは驚くほどの重さだった。どういう金属なのかは謎だが、その重さでユウリの頭にしっかり固定されている様子だった。
「こんなに重いと疲れない?」
銀が尋ねると
「寝るときは外す。こうやって」
ユウリは王冠を両手で支えるとそのまま上に引き上げた。
すると王冠は髪の毛ごとズボッと抜け、真っ白なマッシュヘアの下から見事なスキンヘッドが出現した。唖然とする銀の手からウイッグと王冠を取り戻すと、ユウリは再びそれを装着した。
「ユウリ、髪の毛はどうしたのですか?」
「じゃまだから取った」
ユウリからはまともな答えは聞けそうになかったので、後日銀は坂茂知に尋ねた。
「ユウリはあの王冠は寝るとき以外は外さないと言っていました。だから落ちないようにウイッグに固定したそうです。自分の髪があるとウイッグを上手くつけられないので頭髪をすべて除去したと言っていました。もう生えてこないのですか?」
「俺、良く効く毛生え薬もってるよ。でも必要ないだろ。ユウリは元々白髪で、ハゲてもいないから、脱毛処理しなければそのうちまた同じ毛が生えてくるはず。まああいつが髪でもヒゲでもまた生やす気になればだが」
「なぜ王冠を取ってはいけないのですか?」
「王冠は制御装置。ユウリは生まれた時から特殊な能力を持っていて、見たものや触った物をかなりの精度で
「ですが、あの巨大な蛾を出した時、ユウリは王冠をかぶっていました」
「あれはあらかじめ作っておいたものを引っ張り出しただけだろう。俺に使おうとしていたのは確かだしな」
「あの王冠にそんな力があるのですか?」
「ただのおもちゃだよ。ユウリが幼いころにユウリの親が暗示をかけたんだ。あれには絶対の効き目があるって」
ユウリも自分の能力を恐れているのだろうか。王冠を絶対に手放そうとはしない。
けれど王冠さえあれば問題ないようなので、気にすることはないだろうと銀は結論づけた。
今の銀にとって大切なのは、美しくかっこよく可愛らしいユウリを、心ゆくまでひたすら鑑賞し称賛する事だった。ユウリの気持ちは分からなかったが、嫌がったことはないのできっと彼女なりに銀との時間を楽しんでくれているのだろうと思っていた。
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