第19話【ふたりで】

 その日は快晴で、からりとした暑さだった。俺と夏生は、花壇に向かう。

 少し震えている俺の手を、夏生は優しく握った。

 それが、泣きそうになる程嬉しい。


「…どうする…?」

 雨で荒れた花壇には、まだコスモスの残骸があった。

「…こう」

 俺は小ぶりなくわを片手にその残骸を土に戻していく。

「あと、腐葉土も足さないとな」

 荒れてしまった花壇は一度土を豊かにしなくてはいけなかった。

「これでいい?」

 夏生は庭の物置から腐葉土が入った袋を取り出してくる。

「半分くらい花壇に出してくれ」

 その言葉に合わせて、夏生は土を花壇に盛っていく。

 俺はそれを花壇の土と丁寧に混ぜていった。

「他にすることある?」

「そこで見ててくれるだけで十分だよ」

 俺は後ろにいる夏生に言う。

 その通りなんだ。

 今の俺を見て欲しい。父さんと母さんが残してくれた花壇を、俺がまた耕していく。でも、もう独りじゃない。

「…そろそろ、蒔こうか」

 俺は後ろにいる夏生に声をかける。

「うん」

 夏生は少し緊張した声で、そのパッケージを片手に俺の隣にしゃがみ込んだ。

 封を切ると、小さなその粒が溢れ出す。

 

 俺が土に指で印をつけると、夏生がそこに数粒の種子を入れていく。

 等間隔に、それは続いた。

「これ、いつ咲くかな」

「まだ植えたばっかなのに分かるわけないだろ」

 俺は少し笑いながら言う。

「……」

 夏生は俺を見ながら何故か泣いていた。

「おい…どうしたんだよ…」

「やっと、笑った」

「…え?」

 俺の疑問に答えないまま、夏生は俺を抱きしめてくる。

「お前、ずっと、本当に笑ったことなかった」

 夏生は静かに言った。

 確かに、そうかもしれない。

 あの日から、まるで世界がモノクロになったような気がしていた。

 でも、今は違う。

 隣に夏生がいるから。

 夏生は俺の手を引っ張って、色のついた世界にもう一度立たせてくれた。


「…早く水撒かないと乾燥する」

 庭にある水道からホースを引っ張ってきて、花壇に優しく水を撒いた。


 これで様子見だ。


「早く、芽が出るといいな」

 呟く夏生の声に頷いた。


 どこからか、蝉の鳴く声がしてきた。


 もうそんな季節か。


 なんとなく、無言の空間が広がる。

 俺は鍬を片付けて夏生の隣にしゃがみ込んだ。

 

「…俺、養子の件断ったよ」

「なんで…」

「お前がいるから」

 俺は夏生の瞳を真っ直ぐに見る。

「…どんな形であれ、俺はお前の事が好きだよ。お前の家族も、すごく大事だし、大事にされてるのも分かる」

「…でも、そうじゃないんだ」

「父さんと母さんの事も含めて、『俺』だから。…囚われてるわけじゃない。俺の一部分なんだよ。この家も、花壇も」

 俺は花壇に向き合う。そこに父さんと母さんがいる気がした。もう、俺は独りじゃないよ。

「ちゃんと、頼るから。お前を」

「うん…」

 夏生はそれ以上踏み込んではこなかった。これが、俺なり折衷案なんだ。


「…コスモス、咲くといいな」

 夏生は花壇を見ながら隣にいる俺の手を握った。


次回20話【秋】へ続く

 

 

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