軍人
@2qa3_0
軍人
「彼女は軍人だよ。」
銃をこちらに向けながら、軍服の将校は言い放つ。私もまた将校に銃を向けつつ、その言葉を肯定するみたいに小さく笑った。自分の背後にいる少年と少女が戸惑っているのが分かる。
「躊躇なくバラすなんて容赦ありませんね、少佐。」
「おやおや、君が彼らを守るには必要だろうと思ったのだが、見当違いだったかね?」
食えない方だと心中で呟いた。少佐とは派閥が違う。こちらの味方なのか、それとも敵なのか、判断させない行動は全て自分の目的のためだ。利用できるものはすべて利用すべきだと、自分の主人がよく話していたことを思い出した。ただしそれは、自分の主人を裏切らない場合に置いてだ。
「彼女はいわゆるスパイだよ。軍の身分を隠して、レジスタンスに身を置き、情報を伝える役割だ。」
少佐の狙いが自分ごと彼らを抱き込むことだと気づいたけれど、否定なんて今更できない。護身用として隠し持っていた銃が少佐と同じ型の時点で、言い逃れなどできなかった。
例えば少佐の元についたとして、彼らの生活は一変するだろう。なんせ敵の真っ只中に放り込まれることになるのだ。軍が丁重に扱うと約束したとしても、レジスタンスとしての行動はもうできまい。自分も主人を裏切ることになるだろう。
「逃げて、ください。」
「えっ?」
「少佐が来たということは、もう位置は軍にバレています。長時間留まり続けるほうが危うい。」
「っお姉さんは……!」
「私も逃げます。合流はしばらく先になると思いますが。道の奥にマンホールがあります。そこから地下通路に向かってください。言いたいことは分かりますね?」
「っ、でも……!」
小声で話す私に動揺した様子で声を漏らす少女を止めたのは少年だった。聡明なのは少女だが、胆力は少年のほうがある。少年が頷いたのを確認して、少佐に向き直った。
「会議は終了かな?」
「ええ、少佐には勝てませんし。軍から逃げられるとは思えませんから。」
銃を指にかけたまま手のひらを開き、両手を上げる。少佐がにっこりと満足げに笑って一歩を踏み出した瞬間、向けられた銃の斜線から身を逸らして銃を握り直すと撃った。当てる気はない。合図にさえなれば良かった。私が撃ったのに反応して撃ち返された少佐の弾が頬を掠める。
少年と少女が走り出し、地面を滑りながらもう一度銃を撃った。銃が届かない位置まで逃せば、私の勝ちだ。
「二発目で足を撃ち抜いたのによく動けましたね。」
結果なんて分かりきっていた。一介の諜報員が、武闘派の軍人に勝てるわけなどない。膝をつくのは私だった。
「君は優秀だ。このまま連れて帰り、僕の駒とします。」
額に銃口が当てられる。腕や足から血が流れ出ているのに意識がしっかりとあるあたり、何枚も少佐の方が上手だったということだろう。
ミスをした、と反省するには致命的だった。軍の情報官の実力を見誤ってファイアウォールを抜けられたこと、自分の頭では考えられないような策を取ったのに呆気なく少佐に看破されたこと、彼らを逃すことを優先せず自分とともに逃げることを選択したこと、すべて悪手に他ならなかった。
「主を変えるのは嫌ですか?」
少佐の背後に飛ばされた銃をどう取るかを考えていると、少佐がそう問いを投げかけてきた。地面に向けていた視線を上げて少佐に目を向ける。少佐は声音と同じく平坦に、何の感情もないみたいな表情を浮かべていた。
「貴方は自分の目的を変えろと言われて変えるのですか?」
「……それは確かに。死んだ方がマシですね。」
これでも諜報員だ。少佐が主を持たず目的のためにのみ動いていることは知っていた。そして少佐の目的とやらは私が言う主人の重みと恐らく同じだ。
知られていたことに何の動揺も見せず、少佐はふっと微笑む。
「……あ。」
少佐の言葉に思い出したことがあった。思わず漏れた声に、少佐は不思議そうに私を見る。
選択肢が抜けていたことにようやく気づいた。考えないようにしていたわけではない。完全に忘れていた。
少女と少年との生活は思った以上に私に変化を齎していたらしい。
「すみません。」
「え?」
謝罪する。仮にも少佐は軍の中では上司だ。直属ではないけれども役職は上、失態は早めに認めた方がいいに決まっている。
「そしてありがとうございました。」
お礼を告げるとともに、少佐の銃の引き金に自分の指を差し入れて引き金を押し込んだ。撃鉄の音とともに意識は途切れる。一介の軍人が死ぬ選択肢を忘れていたなんてとんだ笑い種だ。
軍人 @2qa3_0
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