第3話 赤毛の剣士

 



 イルの生まれ育った里はアルカーナ王国の中でもかなり北に位置しており、広大な森の中の奥まった場所にあったため、生まれてこの方森の外に出たことがなかった。

 たまにくる行商の人間や、国境を越えて森を通過する時に里を経由地にする他国の旅人を見るくらいで、同国の人間に出会った事の方が実は数少ない。

 一族の直系で族長の娘といえど、生活はほぼその辺りの村娘と変わりなく、貴族なんて見たこともなかった。


 だが、成り行きで旅の道連れとなった赤毛の剣士、ガヴィが貴族としてかなり可笑おかしいことは、さすがのイルでもわかった。


 (――貴族って、こんなのじゃなくない?)


 いくら武人とはいえ、爵位しゃくいのついた中央の貴族にしては初めて来た森を迷いなく歩けていすぎな気がする。暗く足元の悪いこの森を先に行く、その足取りはまるで森人の様にしっかりしていた。……そして何よりも言動が。


「王子、ワリーけど頑張ってあるこーな。抱えていけないこともねぇけど、なんかあるとけんが使えねえからよ」


 ……幼いとはいえ主君だよね? え? ……軽すぎない?


 上下の関係などまるで感じないようにポンポンと交わされる会話。気さくに話す様は好感が持てるが、それはあくまで一般人相手の時の話だ。

 別にイルは王子と主従関係ではないが、……それにしても不敬ではなかろうか。

「全然だいじょうぶだよ! ぼく、がんばれる!」

 しかし王子の方もなんの違和感もなく返答をしているので、段々自分の感覚が可笑しい気さえしてきた。

「アカツキ! がんばろうねっ」

 アカツキことイルに向かってニコッと微笑む。イルは尻尾を軽く振って王子に答えた。

「おぉ、すっかり飼い犬らしくなっちまって」

 ガヴィがわざと肩を震わせて笑うので、イルは王子には優しく振った尾をガヴィにはスパンと打ち付けた。

「なかよしだねぇ〜」

 王子がニコニコと笑うので不本意だがぐっとこらえる。この可愛いイキモノには逆らえないが、赤毛の剣士の肩がまだ揺れているのがムカつく。


 だがしかし、ガヴィは口は悪いが旅の道連れとしてはとても頼りになった。

 なんせこの一行は世間知らずのおんな子ども(獣一匹?)の戦闘力も知識も低い一行で、ガヴィがいなければあっという間に野垂れ死んでしまう。ガヴィはけんの腕だけではなく、どんなところでも生きていける処世術しょせいじゅつに長けていた。


 そして、何よりも明るい。


 延々えんえんと続く深淵しんえんの森は気が滅入るし足は痛い。イルはふとした拍子に森の闇に気持ちが引きずり込まれるような気さえしたが、ガヴィの軽口とカラリとした性格に助けられている所は確かにあった。

 加えて、王子と一匹の数歩先を行くガヴィの燃える様な赤毛が、暗闇の中を照らす松明たいまつの火の様にゆらゆらと揺れているのが心を明るくした。

 初めて会った時、ガヴィをおひさまみたいだと思ったけれど、夜の篝火かがりびにも似てるなとイルは揺れる赤毛を見ながらぼんやりと思った。


「頑張って歩けば、今日中には避暑地に着くからよ」

「……母上、しんぱいしてるよね」

 しょんもりと王子が呟く。ガヴィはポンポンと安心させるように王子の頭を撫でた。

「大丈夫さ。心配はしてるだろうけどな、狼煙玉のろしだまも飛ばしたし王子の無事はちゃんと伝わってるからな」

「……狼煙玉のろしだま?」

「おぅよ。王子を追っかける間際まぎわに王妃様付きの魔法使いが投げてよこしてくれたんだよ」


 『狼煙玉』とは魔法で作った狼煙で、筒状の入れ物に魔法力が込められている魔法道具だ。狼煙玉の魔力を開放すると狼煙玉を作った魔法使いの元におおよその場所を知らせる。本来の狼煙と違い煙は出ないし、敵がまだ近くに潜んでいた場合、狼煙の煙により自分の居場所を特定されることもない。

 尚且なおかつ短い意思伝達ならば出来るので、ガヴィは狼煙玉を使う際に念を込めた。王子は無事、と。


 今頃は避暑地にいる王妃にも王子の無事は伝わっているだろう。狼煙玉の力により捜索隊がこちらに向けて出発しているかもしれない。

「他にもまだ誘拐犯の仲間がいるかもしんねぇから、王子を確保した場所からは移動したが、避暑地に向かって歩いてるし、捜索隊が出てりゃその内かち合うだろ。問題ねえ」

「そっかあ〜! じゃあ安心だね!」

 ね〜! とイルの顔を見てにっこりする。

「……まあ、王子の帰還には問題はないわな」

「ん?」

 ポリポリと頬をかいて、ガヴィは気まずそうな顔をした。




 *****  *****




「どーーして?! ヤダヤダヤダ!」

 結果、避暑地に戻る事にはなんの問題もなかった。

 途中、狼煙玉で大体の場所を掴んだ王家お抱えの魔法使いが移動魔法を駆使して捜索隊を送ってくれたおかげで半日後には無事避暑地に戻れた。

 屋敷に戻り、王妃と王子の感動の対面……までは良かったのだが……。

「だからな? 王子。流石にこのままアカツキを連れて王都には行けねぇって」

 ガヴィは王子の予想通りの反応に苦笑いだ。

「なんで?! なんでアカツキを連れて行っちゃだめなの?!」

 イルはオロオロとガヴィと王子の顔を見比べた。

「だからよ、流石にな? 森で黒狼を拾いました。だから城に連れていきますってわけにはいかないだろ?」

「拾ったんじゃないよ! 友だちになったんだもん!」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


 王子はもう半べそだ。ガヴィはやれやれと王子の前にしゃがみ込んで目線をあわせた。

「……あんな? 王子とアカツキが友だちになったのは俺も知ってるけどよ、

 アカツキはこの通りどっからどう見ても普通の黒狼だろ? 人の言葉が解っても喋れるわけでもねえみたいだし、ただの野生の狼を自由に城に入れるわけにはいかねぇって」

「……でも……一緒にいるって、約束したのに…」

 黒曜石こくようせきのようなひとみからポロポロと宝石みたいな涙をこぼす。イルは自分の事で涙をこぼす王子に胸がギュッとなった。

 ガヴィは王子の顔を覗き込むと殊の外優しく語りかけた。

「……ずっとダメだとは言ってねえよ。まずは王子もアカツキも汚れてドロドロだしよ、綺麗にしなきゃなんねえだろ? んで、アカツキが王子と一緒にいても問題ないって証明がいるだろ?」

 王子がパッと顔をあげる。

「俺んとこでコイツしばらく預かってやるからよ。

 ……ちゃんと王子の側にいても大丈夫だって、陛下に言えるようにしといてやるからさ」


 ……だからちょっとだけ、我慢できるよな?


 柔らかな目線でそう問われて、王子は何度もうんうんと首を縦に振った。

 かくして、イルことアカツキは赤毛の剣士、ガヴィ・レイの一時預かりとなった。

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