第10話 黄金の盾(肉壁)とお菓子
「……それで?これからどうする」
この女のお友達とやらになってしまったのはこの際構わない。百歩譲ろう。
だが現実問題として、ここを出るに当たっての障害は山積みだ。
私は尋ねた。何か策はあるのかと。
ペアルックの髪飾りとやらをニヤニヤと見つめていた女は、間抜けな面を晒して答えた。
「はい?」
「…………」
何も考えていなかった。はぁ……顔が見えるようになったせいで余計腹立たしい。
「……人質がいるんだろう?そのお友達とやらは問題ないのか」
「あぁ、なるほど。そのことですか」
この女は出ようと思えばいつでも出られる。特別拘束もされていなければ、監視の目も無い。しても無駄だと思われているんだろう。
なら出られない理由が別にある。簡単な話だ。
「大丈夫ですよ。彼女は強いですから」
「ならば何故出ない」
「ナディアさんとお友達になるためです」
「はぁ……」
意味不明な返しに長いため息を漏らす。
またそれか。本気で言っているのか?本気で言っているのだろうな。
……というか今思ったが、何故この女は私の名前を知っているんだ。
聞いても無駄だとは思いつつも、気になった。
「……今更だが、何故お前は私の名前を知って――」
「――ホタルです」
「……なに?」
私の言葉に被せて、
「私の名前はホタルですよ」
不自然なほど端正な顔に浮かんだ微笑を向けてくる。
別に呼び名なぞ何でもいいだろう……と、思ったが。話が進まなさそうだ。
「…………ホタルは何故私の名前を知っているんだ」
そう言い直すと、女――ホタルは満面の笑みを浮かべた。……やはりこいつは邪神だな。
「迷子の張り紙に載っていたんです」
「…………聞いた私が阿呆だった」
「酷いですね」
「足元を見てみろ。この世で一番酷い奴の面が血鏡に映ってるぞ」
私の返しを受け素直に足元の血だまりを覗いたホタルは、意味が分からないという風に首を傾げた。
どうせ血に映る自分の顔を見て「今日も私は可愛い」とでも思っているのだろう。アホに皮肉は通じないらしい。
「なら次だ。ホタルはここがどこだか分かるか?」
「エドルス学術都市のどこかですね」
「なるほどな…………」
エドルス学術都市か……。ということはあの施設は魔境にあったのか。道理で魔物が強いわけだ。
……だがこれは望外の幸運だな。ここ以上に安全な場所は世界を探してもそう多くはない。
「……表の身分は持っているか?」
「ええ、勿論。便利なモノを持っていますよ」
「なら話は早い。ここを出たら回復魔法を前面に出して王立学園へ押し入るぞ。私はその従者兼護衛だ。私は身分不詳だが問題ない。ホタルは私が居ないと嫌だと駄々を捏ねろ。そして学園の貴族のボンボンどもを盾にする」
「えぇー…………」
私の完璧な策を聞いたホタルは、胡乱な眼差しを向けてきた。
何故そんな顔をする。これ以上ない現実的な策だろう。
エドルス学術都市は世界最先端の知識が集まる都だ。そしてその中心には、王家が運営する王立学園が存在する。
当然そこには王家に連なる者や他国の要人、未来の大発明家の卵など、国家の未来を担う重要人物が勢揃いしている。警備レベルは異常なほど高いはずだ。
そしてそんな金の卵どもを細かく刻んでドブに捨ててでも欲しいモノが、伝説の固有魔法である『回復魔法』だ。
その価値は計り知れない。政治、戦略、外交、経済、さらには教会にまで多大な影響を及ぼす。
何せ四肢欠損や不治の病でさえ容易く治せてしまうのだ。理不尽にも程がある。
その上、その使い手は大昔に存在した『七英霊』の聖女以外に確認されていない。
業腹だが、目の前にいる
だが、そんな私の策がホタルは不満らしい。そう顔に書いてある。
「……何が不満だ」
「いいえ。不満はありませんよ。ただ、そのような事をせずとも私がナディアさんの身分を保証すれば良い話です」
「なに……?ホタルは高位貴族だったのか?」
王立学園は基本貴族しか入れないが、特別な才能や高位貴族の後援があれば話は別。
だが、天上天下唯我独尊を地でゆくホタルが高位貴族? 信じられないな……という目を向けると、首を横に振って答えた。
「貴族ではありませんが、ツテはあります。安心してください。私が『お願い』すれば笑顔で頷いてくれますから」
……要領を得ない発言だが、その顔は自信に満ちている。
なら一応信じるとしよう。仮にしくじったとしてもコイツを抱えて学園に放り込めばいいだけだからな。
「……ならば残る問題は一つ。……私をこんな体にしてここに放り込んだ女の対処だ」
忌々しい女の顔を思い浮かべ、渋面を作りながら言った。
「そんなに強いのですか?」
「あぁ。戦うのは得策ではない」
奴はいつか必ず殺す。だが、それは今ではない。目的のためにも無用な戦闘は避けるべきだ。
目を閉じて心を落ち着かせていると、不意にホタルが私に近付き、顔を覗き込んできた。
そして一言。
「……もしかして心配してくれてます?私を」
「何故そうなる……」
想像の斜め上の思考ばかりするホタルに、最早呆れの感情すら湧かなくなってきた。
それまで張り詰めていた緊張感が抜け、代わりに疲労感と頭痛だけが残る。
「違うんですか?」
「違う。寝言は寝て言え。お前の身を心配するなど、明日突然世界が滅亡するかもしれないと無意味に怯える程度には不毛だ」
「……褒めてます?それ」
「褒めてるように見えるか?」
そうぞんざいに返すと、「そうですか……」と言って私の隣に腰を下ろした。
近いから離れてくれないか……と思いつつも、その強引な距離感を少し嬉しく思っている私がいた。
それは、勝手にライバルを押し付けてきた彼女と似た、強引な優しさを感じたからだろう。
私がらしくもない感傷に浸っていると、隣から妙に甘い香りが漂ってきた。
一体次は何だと思って視線を向けてみれば――
「……おい。何を食べている」
何故か菓子を手に頬張っているホタルの姿。
「んぐ……これですか?お菓子です。食べます?」
「…………どこから出したんだ、そんなもの……」
「さぁ?私にもよく分からないんですよね」
至極当然の問いに対し、首を傾げて答えるホタル。その顔には、本当に分からないと書いてあった。
もう、疲れた。
「……一つ寄越せ」
「いいですよ。口を開けてください」
「無事な方の腕の枷を壊せばいいだろう」
「いらないんですか?」
「…………はぁ」
自己中心的過ぎる女との会話に、本日何度目かも分からないため息を漏らした。
このくだらないやり取りを少しでも心地良いと思っている私は、もう手遅れなんだろうな……。
被虐幼女は曇らせたい 霊山 @REIZAN
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