序章〜ドラドマンド①編
第1話 追放
第一話 勇者パーティを追放された瘉術師は、ヒール役として魔王軍に寝返ります
♦︎♦︎♦︎
魔物が口から放った豪火球が、ワタシの眼前を横切る。
明るく、熱く、顔に当たればひとたまりもないだろう。皮膚は焦げ、溶け、きっと焼け付く痛みの中で、もう殺してほしくなるほど悶えていたかもしれないし、或いは骨、脳まで達し、死んでいたかもしれない。
そんなワタシに対し、仲間は決まってこう言う。
「下がっていろ。テメーに死なれたら困る!」
ワタシを必要としてくれることは嬉しい。
ただ仲間を助けるためではなく、最終的な目標は魔王を倒して世界に平和をもたらすことだけれど、数年前まで修道院でひっそりと暮らすだけだった自分が、まさか今国王公認の勇者パーティで、
喜んでくれる。よりかはきっと、反対してくるだろうな。
お父様もお母様も過保護だった。
お父様は炭鉱経営者で、お母様は町長の娘。ワタシは生まれてこのかた生活には苦労してこなかった。
食べ物もある程度は好きなだけ食べられたし、服も靴もドレスもアクセサリーも沢山あって、所謂富裕層だったのだろう。炭鉱経営の後継にはお兄様達が居たし、だからお父様とお母様は、女のワタシを城下町の貴族の嫁にでもするつもりで、大事に大事に育てていたのだ。
だけれど、その計画は無残に消えて散った。ある日突如侵攻を再開した、魔王とその手下たちにより人間の住む場所が侵されはじめたのだ。
運悪く魔王軍の一団が通ってしまったワタシの町は、悲惨だった。
燃え盛る火。崩れゆく家々。澱み溢れる瘴気の残滓。顔見知りの死体が積み上げられた凄惨な光景が今、ワタシが喰らいかけた火球が走馬灯の役割をして、見えたような気がする。
街は滅びた。
お父様もお母様も、お兄様達も町長お爺様も、炭鉱の皆も殺された。たまたま隣町の修道院の先生のところに行っていなければワタシも死んでいた。
それから、ワタシは、夥しく増える負傷者を一人でも多く救うために〈白魔法〉を先生から習った。すると、ワタシは意外にも
それからいつしか、腕が立つ癒術師が居るという噂が国王の耳に届き、彼自らワタシを誘いに来て、ヘッドハンティング。ヒール役の居なかった勇者一行に加えさせてもらうことになったわけでして。
「ボーっとすんな! 死にたいのか⁉︎」
「下がっててノーナちゃん。皆を回復させることができるのは、キミ以外いないんだから」
「う、うん!」
勇者マルクに強く言われた直後、魔法使いのマーリンに優しく諭され、ワタシは戦いの中心から一度距離を取る。
バエルマンテから旅立ち、隣国のドラドマンド公国へ向かう途中、魔界との境界線で魔王軍との争いが激化する公国の、中心街程近い位置にある広大な森。陽は落ちかけ、カラスやコウモリか、それに似た魔物が上空を通過するのが見える。
そんな森の中心部、拓けた場所でワタシ達勇者一行と魔物達の戦いが行われていた。
ワタシは、仲間の戦闘を、少し下がったところの馬車を背にして見守る。勇者であるマルクが聖剣で、魔法使いのマーリンが黒魔法で、戦士のライドンさんが斧や拳で、格闘家兼元盗賊のバニラが体術や短刀で魔物達と渡り合っている。今でこそ慣れた光景だが、かつては血を見るだけで幼いワタシは怯えていたものだ。
そう、小さい頃は思いもしなかったんだ。
自分の家と家族が無くなって、隣町の修道院に引き取られ、そこで白魔法を学び、癒術師になった後、野戦病院で治療の経験を積んでいたところを自国の王に抜擢され、今では勇者一行の瘉術師として、旅をしているだなんて。
「キシャー!」
「ノーナちゃん! 危ない!」
突然ワタシの方へ飛んできた魔物一匹の危険を、またマーリンが知らせてくれた。
「平気だよっ!」
皆からは比較的慎重に扱われるワタシだけれど、一応数ヶ月は厳しい旅をしてきた中で、相応の戦闘技術は得ている。
つまり、皆には及ばなくとも勇者パーティの一員を名乗るだけの戦いが、出来ないわけではないということだ。
「はぁっ!」
「ギャオッッ⁉︎」
ワタシは白魔法を使う際のロッドで、素早く魔物の顔面を殴打し、薙ぎ払う。
かいしんのいちげき。
打ち所が良かった(悪かった)ようで、その証拠に、魔物は断末魔をあげながら、紫の粒子となって消えてしまった。
完全なる死。
例え味方だとしても、治癒魔法をかけてあげることすらできない、一切なる存在の消失。魔物相手には、そこまでしてはじめて、倒した、ということになる。
「やるね! ノーナちゃん!」
「えへへ〜まぁね!」
癒術師、という印象もあって、パーティでは体力も低く、か弱いイメージのワタシは、実際この五人の中では最も非力だろう。
けれども、本当は杖さえあれば多少の接近戦は可能だ。それでも苦手というふうに敢えて演じている部分がある。何故ならそれは、マーリンに心配してもらうため。
───そう! 何を隠そうワタシはマーリンが好きなのだ!
デリカシーが無くて幼さの残るマルクや、熱苦しいライドンさんも別段嫌いじゃあない。
けれど、彼らとは違って、マーリンはその十七という年齢からは想像出来ない程、紳士的で、爽やかで、気配りが出来て、おまけに超絶美少年だし超可愛い! 今だってワタシを褒めてくれた! よっしゃ。
そんでもって、マルクとマーリン二人の幼馴染である、元盗賊のバニラは、何故かマルクのことが好きみたい(という考察を勝手にしているの)だけど、お陰で彼女とはあまりケンカすることもないと思う。特別仲が仲良いわけでもないんだけどね。
同世代の女子のはずなのに、彼女とワタシでは生い立ちが違いすぎて会話も続かない。当たり障りの無い関係だ。
「ガハハッ! 相手にならんなァ!」
「ライドンのおっさん! そいつで最後⁉︎」
「おうよ! 残るはオメーの背後の奴だけだぞ!」
「⁉︎ なら、これで、終わりだッ───ヴォルト‼︎」
「グオオ……!」
マルクは振り上げた剣の先から白い稲妻を放ち、魔物に直撃させる。
ワタシ達の数倍は大きい魔物だったけれど、それを喰らった途端、ヤツは静かな呻き声を上げ、重い体を地面にドシンと打ち付け、起き上がってはこなかった。
それは今日のこの戦いの、決着がついたことを示していた。
*
その日、戦いを終えたワタシ達一行は、森を抜けたところにあった小さな村の宿屋で一夜過ごすことにした。
「うー、暑ゥ」
異常なまでの熱帯夜。布団などとうに剥いで、薄いローブ一枚で寝ているがそれでも暑苦しい。
そんなワタシが水を飲みたくなって寝室を出、外の井戸へ向かおうと、廊下を歩いていた……その時だった。
「マーリン、入るぞ」
マーリンの部屋に入っていく勇者マルクの姿をワタシは見た。
こんな夜遅いのになんだろう?
何か大事な話かもしれないから、割って入っていく気にはなれないものの、やはり気になったので、抜き足差し足で近づき、壁に耳を当て、二人の会話を盗み聞きする。
____だけれど、聴こえてきたのは、予想だにしないものだった。
「あ、あぁん…………ひゃああっっ!」
何、今の声。確かにマーリンの部屋から聞こえたけど……一体どっちが出したの?
「はぁ、はぁ、マーリン、大声出すなよ。皆に聞こえるだろ……」
「で、でもぉ、ひゃあ! マルクってば、や、やめっ」
「動くんじゃあねえぞ……」
その艶やかな声の主は、どうやら我が愛しのマーリンだったようだ。そして、その彼に声を出すなと命じているのは勇者マルク。
この状況からワタシが読み取ったのは唯の一つ。
「(まままま、まさか二人が、まさかまさかまさかそういう関係だったということ⁉︎)」
嘘だ。嘘だと信じたい。
でも二人は幼馴染で、ワタシの知らない昔から強い絆で結ばれていて……いやあれは、絆を超えた愛だったのか⁉︎
その瞬間、ワタシの中の決定的な何かが、崩れさるような感覚がした。
ワタシの好きなマーリンを、同じ仲間である勇者に取られてしまったのだ。
その悲しみは海よりも深く、故郷の惨状を見た時とはまた異なった、例えようのない、暗い気持ちだった。
「そん、な……。二人があんな関係だったなんて」
二人は完全に付き合っている。
目では見ていないので真実かどうかは定かではないが、そうでなければあのマーリンの嬌声はどう説明すればいいの⁉︎
同性で愛し合うのは無問題だ。
けれど、けれども! 好きな人を同じ仲間内で取られたというショックはあまりに大きくて、ワタシは逃げるようにしてその場から去り、宿屋の外へと出てしまった。
「はぁ……」
雲一つ無い夜空。
月光が辺りを広く照らすが、その光から隠れるようにして、ワタシは宿屋の建物の煉瓦の壁にもたれかかり、俯く。
「ねぇ、ノーナ。何してるの?」
「バニラ……?」
突然、月が陰り、明かりが暗くなったと思ったら、それはワタシの前に立つバニラの所為だった。
この娘もワタシと同じように水を飲みに出てきたのかな? なんて推測するのが愚かだというのは、彼女の険しい顔と声のトーンで分かった。
「ノーナ、どういうこと?」
「な、何が?」
「あんた……マルクと何してたの?」
「えっ⁉︎ 何のこと?」
「とぼけないでよ‼︎」
ワタシの顔横の壁に足裏を勢いよく押し付けたバニラは、汚物を見るような目でワタシを蔑み、戦いの時ですらしないような冷酷な表情で語る。
「あんたが部屋から出ていった後、外から変な声がしたのよ。……まさかと思って見たら、廊下を走るあんたの後ろ姿と、マーリンの部屋から聞こえる満足げな二人の声……」
「そっ、その声はワタシじゃなくて」
「イイ加減にして! 仲間に手を出すなんて!
しかも男子二人ともだなんてしんっっじらんない!」
そうすると、バニラは壁にくっつけた足を離し、そのままワタシの顔に横から蹴りをかましてくる。
「ぐぶゅっ⁉︎」
「よりによってマルクとなんて……許さない!」
締め忘れた蛇口みたいに、ツーっと鼻血が流れてきて止まらない。
ひどい! 女の顔を蹴るなんて……って相手も女だけどいやいやいや! それにつけても酷すぎる。女同士だとかそういう話ではなく仲間でしょう⁉︎ しかもこれ普段魔物に喰らわせてるレベルのだよね?
ライドンさん仕込みの格闘家の蹴りを人間相手にやるなんて……って怒りたいが、バニラはワタシが立ち向かって、腕力で勝てる状況ではない。この女が勘違いしているのは重々承知だが、だからこそワタシは涙目で、否定するのだ。
「バ、バニラがマルクのこと好きなのは知ってるよ! だからそんな」
「だから何⁉︎ だから先に奪ってやったとでも言うの?」
「違うよ! お願い信じて!」
「いい加減に……しなさいよ!」
だけれどバニラの憤りは収まらず、今度は拳が飛んできた!
寸前で躱したが、おかげで背後の壁にはあからさまなヒビが入り、もしこれを喰らっていたなら、と思うとゾッとする。
要するに彼女は、あのマーリンの嬌声を、ワタシとの行為の所為と勘違いし、ワタシがマルクを奪ったと思っているのだ。
「うぐっ……酷いよっ、酷いよバニラ!」
「酷いのはノーナよ……。あんたみたいな最低なヤツ、このパーティに要らない‼︎」
「───えっ?」
要らない。人生でそんなこと言われたのは初めてだった。それも、今まで信じ続けていた仲間から。
「パーティ、抜けてもらえる? あんたなんか、もう仲間じゃないから」
落ち込むワタシに更なる追い討ちを加えるかのごとく、バニラは顔を真っ赤にしてそう言うと、最後に一発、ワタシの腹に、突き破るが如き蹴りを入れてから立ち去った。
……To be continued.
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