司祭

「改めて、やぁ友人たちアミーゴス。まずは今朝、この場につどえた奇跡を神に感謝しよう」


 福音朗読の後、説教壇に立った西堀司祭は鷹揚に告げました。

 ここは教会の礼拝所、奥の祭壇では荘厳な燭台の灯が揺らめいています。ステンドグラスの煌めきを背に、薄紫のローブを羽織った西堀司祭は胸の前で十字を切ると『言葉の典礼』の締めの説教を始めました。


「さて、今朝も多くの方々の参列を得たが......忘れてはならない、我々の本質は血塗られた教会イグレシアなのだ」


 六十代ごろの、たっぷりとした白い顎髭が特徴の司祭様です。メキシコで生まれ育ったらしく、時折言葉の端々にスペイン語が混ざります。静謐な礼拝所に似合わぬ演説調の喋り方や、大音量のしゃがれ声も一度聞いたら忘れません。

 そして何より、時に冒涜的ともいえる個性的な説教。


「少しかみ砕いて話すとしよう……Blessingという英単語がある、これは “祝福” の意で――」


 説教壇を降りながら、西堀司祭は列席者の間を縫うように歩き出しました。老若男女を問わず、参加者の一人一人と目を合わせるのが司祭様のスタイルです。確かに威圧感はありますが、彼を知る人は口を揃えて、心根の優しい人物と評します。


「さて、ではこのBlessingの語源をご存じかな? 例えば――そこの高校生の方々、どうだろう?」


 そこで司祭様が、指を鳴らして私たちを示しました。予期せぬ不意打ちに思わずドキッとしてしまいます。


「――Blood、直訳は “血” です」


 その問いに、流暢に答えたのは氷見先輩でした。……どうでもいいですが、この人たち英単語マニアか何かでしょうか?

 因みに私たちで一番真剣に聴講してるのは、意外にも部長サマです。いつの間にかメモまで用意している模様。逆にバツイチの方は、薄暗いお御堂の雰囲気で既にいびきをかいていました。

 いや、あなた教師でしょう?


「素晴らしい、Blessing祝福の源は血。では何故この意を示すのか?」


 生き生きとした表情で礼拝所を見回すと、司祭様は少し声色を強めました。


「それは、十字架クルスで磔刑に処せられたキリストが人の罪を背負ったから! そこで流れた血の雫が、神の加護ベニシオン慈悲メルセトの象徴に転じたのだ。パンと葡萄酒の聖体は有名だが、その犠牲の下に今日の我々は在る」


 くるりと説教壇に戻りながらも、司祭様は身振り手振りを交えて滔々と続けます。その後ろ姿は敬虔な司祭というより、むしろ人々を扇動するアジテーターに近しいものを感じさせました。


「だから今日、我々が一堂に会した奇跡を喜ぶのだ! 老若男女、信仰の厚きも薄きも、主キリストの与え給うた機会の下に――もしくはそれをに、一団となる。会する場は教会でも『任性的人』の屋台でも良い。確かに我々は伝説の巨人の時代に生きる訳ではないが、心に棲む神の恵みを――たとえ神を信じなくとも、大切にすること。そして生まれる人とのえにし、謂わば隣人たちベシーノスを愛することだ!」


 最後を怒涛の言葉で締めると、西堀司祭は祭壇の前で十字を切り、一礼して列席者に向き直りました。


「これで説教を終わる」


 ――聖書の引用も、静謐さの欠片も無し。

 これぞ型破りな西堀司祭の在り方なのでした。




 ミサが終わり、列席者が退出する喧騒の中で、部長サマがポツリと言いました。


「もしローマ教皇の説教で寝たとしても、俺ぁ西堀司祭のじゃ絶対に寝ないな」


 どうやら部長サマと司祭様は波長が合うようです。これも彼が同好会に居座り続ける理由でしょうか?


「そいや、もし告解室で『神を信じません』って司祭に告白したら、どうなると思う?」


 この呟きに、氷見先輩が口を挟みます。


「問題ないよ。そも告解を許されるのは、洗礼を受けた人だけだから」

「じゃやっぱ、パンと葡萄酒愛好会員しか許されないんだな? そのくせ献金は募るってよ」


 不満そうに口を尖らせる部長サマですが、彼が言葉と裏腹に司祭様を慕ってたり、こまめに献金していることは誰もが知っていました。つくづく矛盾に満ちた面白い先輩です。

 因みにこう見えて、この部員にカトリック信者は一人もいません。私たちは、そんな立場でした。


「んん、ほわ~」


 その時、眠りこけていたバツイチがようやく目を覚ましましたのです。


「あー寝てたかぁ、どうだったミサ?」

「「「いや、あなた教師ですよね!?」」」


 間の抜けた声に、私たちは盛大にツッコむのでした。





*メイン・ヒロインは次回登場です

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