第一章 旅立ち

1. 決意

学校の帰り道、門の前で弟と妹を待つ。

目の前に広がる学校は、いつ崩れてもおかしくないほど古いが、それでも崩れずにいるのは、巨骸の欠片が建材に混ざっているからだと聞いたことがある。

木造にしか見えないが、木造とは似て非なる建物ということなのだろう。

夕方の乾いた風に巻き上げられた砂埃を避けようと門の外に顔を向けると、夕飯の材料を手にした母親が、迎えた子どもと手を繋ぎながら歩き出していた。


「にいちゃん!」

先に見つけたのは妹のメリルだった。

小さな肩に布の鞄を掛け、腕を大きく振りながら駆けてくる。

足元の影が揺れ、彼女の白い頬に夕陽の色が滲む。

その声に遅れて、弟のニールがゆっくりと歩いてくる。

近くまで来ると、おつかれさま、と妙に大人びた言葉で声をかけてきた。


「聞いて! 今日ね、テストで百点とった!」

メリルは息を切らしながら、胸を張った。

すごいね、と頭を撫でると、くすぐったそうに笑う。

「今日の晩ごはんは?」

今まで黙っていた弟が、ふと思い出したように話しかけてきた。

「お肉がいい!」

すぐにメリルが口を挟む。

僕は少し考え、

「うーん、お肉は特別な日じゃないと……」

と言うと、メリルは頬を膨らませた。

ニールは何も言わず、ただ僕を見ていた。


家に着くと、玄関の隅で巨骸の欠片がほのかに光っていた。

光はゆっくりと鼓動しながら、大きくなったり小さくなったりを繰り返す。

小さな玄関には十分な照明だった。

靴を脱いでからメリルに声をかける。

「手、洗っておいで。」

うん、と大きくうなずいたメリルは元気よく洗面所へ駆けていった。

ポストを見てから部屋に入って来たニールは、手紙が来てたよ、と僕に手渡した。

手渡されたそれは何かと思えば、政府の紋章が刻まれた通知書だった。

普段はなかなか来ない手紙と初めて見るデザインに違和感を覚えながら、ニールに声をかける。

「ありがとう。ニールも早く手を洗っておいで」

ニールが部屋を出ていくのを見届けてから、ゆっくりと封を切った。


――『維持薬の配給枠:5 → 4(世帯納税額未達)』――

配給枠が減った。

文字を追うたびに、脳の奥がじんと痺れた。

しかも、次回の配給までタイムリミットは1ヶ月しかない。

心臓の鼓動が、大きく響く。


「にいちゃーん! おなかすいた!」

手を洗い戻ってきたメリルの明るい声が、僕を現実に引き戻す。

急いで手紙を折り畳み、できるだけ普段と変わらない声で返す。

「ちょっと待ってね、今作るから。」


玄関から外に出て、家の横にある小さな畑に向かう。

土はところどころ乾き、ひび割れが走っているが、混ぜ込まれた巨骸の欠片が作物に必要な養分を与えていた。

「今日も野菜スープかな......」

独り言をつぶやきながら必要最低限の量だけを収穫し、メリルに文句を言われながら晩御飯の準備に取り掛かる。

リズムよく包丁で野菜を切り、鍋のお湯の中に沈めていく。

湯気の向こうで、鍋の中の野菜がゆっくりと形を失い、静かに溶けていった。


夜遅く、玄関の扉が軋んだ。

ニールとメリルはすでに布団に入り、寝息を立てている。

「ただいま」

母さんの声は、疲れていた。

父さんは無言のまま、壁に寄りかかるようにして靴を脱ぐ。

「おかえり」

僕がそう言うと、母さんがゆっくりと目を向ける。

「今日、手紙が来たよ」

そう言って、机の上の通知書を指した。

母さんが手に取り、内容を読んでいる間、父さんは黙って立ったまま、目を閉じていた。

「……うそでしょう?」

母さんの声が、ひどく小さくなる。

父さんがゆっくりと母さんから手紙を受け取り、目を通してから低い声でつぶやいた。

「しょうがない。」

焦りを隠せない母さんは、落ち着かない様子で言葉を返す。

「でも、どうするの? これじゃ……」

母さんは、ぎゅっと両手を握りしめた。

「僕が15歳になったからかな」

僕の声に、母さんははっとして僕の顔を見た。

「そんなこと……」

静かな沈黙。

母さんが、息を詰めるように口を閉じた。

「今夜はもう休もう。どうするかは、明日また考えよう。」

結論を避けるような父さんの言葉で、僕の決意は固まった。

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