更生

 連れてこられたのはとある空き教室であった。昼休みだというのに閑散としている。


 「単刀直入に申し上げますが、有留珱さん。貴方、異性愛者ですね」


 教室に入って、扉を閉めるなり、ぴしっと指をさされる。


 「根拠。根拠はあるんですか?」


 はいそうですか、と認めるわけにはいかない。認めたら私の学生生活が終わる。

 え、既に終わっているようなものだろうって? ……いらんお節介だ。


 「根拠と言えるような大それたものはないですね」


 座った梅郷は小さな息とともにそう言った。


 「じゃあ」

 「ですが、さっきの有留珱さんの反応。同性愛者であるのなら、あの反応はおかしいですよね」

 「……あの反応?」

 「教室でのあの反応です。私が異性愛者であると叫ぶと脅したら。貴方は酷く動揺していました」

 「……」

 「動揺する。それ即ち、なにか不都合があるということに他ならないと思うわけです。それに私は貴方の異性愛者『かもしれない』という根拠には足らないですが、要素にはなり得るものは沢山持っていますよ」


 一枚の紙をぺらぺら揺らす。

 チラッと表が見える。そこにはびっしりと小さな文字で埋められていた。一瞬だったのではっきりとは見えなかった。だけれど『クラス内で交流を避けている』『百合行為に冷ややかな目を向けている』という二つを認識することができた。多分こういう感じの文言がだーっと羅列されているのだろう。一つ一つはたしかに弱い。それだけをポンっと出されたら、あれやこれやと言い逃れすることは可能だ。

 世の中には塵も積もれば山となる、という言葉がある。

 弱い要素であったとしても、集えば一つの強い要素になれる。


 つまり、だ。


 今私は結構崖っぷちにいる。


 「安心してください。そちらが変なことをしなければこちらも無闇矢鱈に有留珱さんが異性愛者であることを公言したりしません。私だって、同じ学校の生徒が陰湿なイジメを受ける。そんなこと望んでいるわけじゃありませんから」


 ニコッと微笑む。

 脅すように私の秘密をチラつかせたのに。よくもまぁ味方ですよ、みたいなスタンスでいられるなと思う。


 私は……騙されない。


 「目的は? 私になにをして欲しいんですか。お金ですか、お金を渡せば良いんですか」

 「カツアゲしようとしているわけじゃありません」

 「じゃあ……私のことを襲おうと?」

 「……それは百合の教義に反するので絶対にありえません」

 「私は都合の良い下僕として扱おうとしてるとかですか」

 「どこの世界の話ですか、それ」


 どれもこれも瞬時に否定されてしまう。


 「じゃ、じゃあ……なにか。なにが目的でこんな」


 私を脅して、こんな人気のないところに連れ込んで。

 それでいてなにもない。それはさすがにないだろうというのは私でもわかる。

 なにかはある。

 だから警戒する。


 「良くぞ聞いてくれました」


 ふふーんとドヤ顔を見せてくる。なんだか嫌な予感がした。睨むように彼女を見る。


 「有留珱さん。今日からこの学校で不自由なく暮らしていけるよう『百合教育委員会』委員長であるこの私が責任を持って、貴方を更生させます!」


 声を大にして宣言された。


 それは私を百合に染め上げる。という宣言に等しい。

 背筋が凍る。ぞわぞわと悪寒が走った。


 私の人生が大きく変わる。同性相手に恋愛感情を抱くように更生すると宣言されているのだ。


 ……。


 とりあえず間違いなく言えるのは一つだけ。

 静かで平穏であった私の学校生活は今音を立てて崩れた。


 「……覚悟していてくださいね」


 という梅郷絵美の言葉に戦慄した。

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