第5話 粗末な仕掛けと紙遊戯

 イカサマとは、本来は「如何様」とかき、さもその様に見える、いかにも本物らしいという意味を持つ。古くは手品と同義で、カラクリ、仕掛けや小細工という意味もあった。それが今では、ゲームなどで行うトリックのことを指すようになっている事が多々ある。

 長々と話したが、重要なのは本来の意味ではない。ゲームで行うトリックの意味の方であり、それをルール的にどう見るかだ。

 イカサマとは、ずるい行為なのか?はずべき卑怯な行いなのか?多くの人がどう思うか走らないが、俺は思う。ひっかかるやつが間抜けなのだ。


 謎の自己紹介が終わり部室に静寂が戻った。俺は、持っていた学生カバンを近くの机に置き椅子に腰掛けた。彼女は、最初と変わらず文庫本に目を落としている。本にはカバーが付いているから何を読んでいるかは不明だ。彼女のような人間が何を読むか、少し興味があったため残念だ。彼女とは猫実 紡偽。この高校の1年生で俺の後輩。身長は女子にしては高く、髪は肩くらいまでのショート。制服は少し聞くづしているようだが、目立つほどではなく、端正な顔に黒縁のメガネを掛けている。どうやら外見と中身は表と裏の関係のようだ。それとも、出会った人間の油断を誘うための彼女の策略なのかもしれない。猫を被るというより、ルパン三世の変装用マスクを被るに近いかもしれない。実際彼女は、部室を出ればこの学校を代表する優等生様になるようだ。そんなことを彼女を見ながらぼんやりと考えていたが、すぐにやめた。俺は、自分の鞄からトランプを出した。別に彼女と仲良く遊ぶためにだしたわけではない。元来俺は、他の人間とは違い1人であらゆることを楽しむことができるコスパのいい男なのだ。だから、当然このトランプも1人で遊ぶために出したのだ。さて、このトランプで何をしようかとシャッフルをしながら考えていると彼女が文庫本を閉じてこちらを見ていることに気がついた。


「俺の顔におかしなものでもついているのか?」

「いえ、その場合は気づかれないようにします」


なんでだよ。そんな自信満々でいうことではないはずなんだが。


「トランプを出したから、なにかするとおもいまして」

「暇なのだったので、付き合ってあげようかと」

「なにかしようとしていたのは事実だが、なぜ2人でやる流れになっているんだ」

「先輩はおかしなことを聞くんですね」

「トランプで何かをするなら2人以上は必要じゃないですか」


一般的な生活を送ってきた人間の常識では、たしかにそのとおりだ。俺の常識がそれとは少しズレていることは知っている。さて、どうしたものか。俺は、彼女とトランプで遊ぶのはできることならさけたい。しかし、1人でやるといえば小馬鹿にしたような哀れみの目で謝ってくるのは目に見えている。どちらの選択を選んでも得をしない。見える未来は暗く閉ざされている。そんなことは、生きていれば飽きるほどやってくる。だが、その解決方法は未だに樹立されていない。我慢して仕方なくどちらかを選ばなくてはならないのだ。


「あ、もしかして、ひょっとして、そんなことないとは思いますが、先輩」

「1人でやろうとしていましたか?」


その問いに、その表情にYESということができる人間はいったいどんなやつなのだろうか。人生を諦めているのか、プライドというものがないのだろうか、それともあの表情に喜びを感じる変態だけであろう。俺はそのどれかに当てはまるか。


「そんなわけないだろう」

「この学校に友達がいないお前のために俺が気を使って遊んでやるだけだ」


答えはNOだ、俺はそのどれにも当てはまらない。どうやら選択肢は決まったみたいだ。


「本当ですか、ありがとうございます」

「ちょうどストレスが溜まったので、コテンパンにできる人を探していたんです」


コテンパンにできる人というのはもしかしなくても俺のことなのだろう。だが、それは大きな勘違いであり間違いだ。俺は、このトランプでささやかながら彼女に憂さ晴らしをしようとしている。3日前に感じた負け犬気分を彼女に味合わせることにしよう。俺は、机を2個くっつけて試合の場所を作った。ふと、窓の外を見ると、今日は雨が降っているみたいで暗かった。壁側の席に俺が座り、あとから彼女は窓側の席に座った。


「ババ抜きでいいか?」

「いいですよ、シンプルですが奥が深いゲームですから」


ババ抜きとは人生で誰もがやったことがあるゲーム。そのため、ルールの説明は不要だろう。非常に簡単なルールだが、心理的な要素が深いものだ。相手の表情や掛け合い、性格などあらゆる心理的要素で戦うのだ。まぁ俺は、人生でまともにババ抜きをしたことはないが。


「先程溜めたストレスを更に貯めることになるだろうが、文句はないな」

「ええ、いいですよ」

「先輩も負けたからってすねないでくださいよ」


ーー1時間後


「イカサマですね?」


先程の余裕の表情とは打って変わって、明らかに不機嫌な顔を彼女はしていた。その表情は負けた屈辱、俺がなにかイカサマをしたという疑い、それに気が付けない悔しさが合わさったような感じだ。そう、あれから何度かババ抜きをしたが彼女は俺に1勝もしていない。彼女も最初は純粋に悔しがっていたがここまで俺が勝つと、異常と気づいたようだ。


「あらぬ疑いだ、心が痛んでしまうよ」

「何が、心が痛むですか」

「あきらかに、へんです」

「へんといわれてもな」


わからないと言う顔をしつつ心のなかでは、したり顔をしている。よし、勝った。くだらないトリックだが、それ故に気が付かないことは多々あることだ。人間というのは自分を過大評価する傾向がある。そのため、自分が騙されたときにこう考える。自分が騙されたのだからきっとすごい仕掛けがあるはずだ、と。だから、なかなか気付けない。くだらないトリックに。さて自尊心の塊のような彼女は、このトリックにあと何回で気づくのか。


「わかりました」

「なにがだ?」

「先輩のイカサマがですよ」

「こんな純情な私を騙すとは先輩は悪い人ですね」


驚いた、どうやら数秒目を閉じて考えただけで彼女は俺のイカサマがわかったらしい。本当ならかなりの頭の回転だと感心してしまいそうになる。それとも、ずっと考えていたのだろうか。しかし、関係ないことだが、彼女が純情と評価される世界は世紀末か何かだろうか。決して住みたいと思える世界ではないだろうな。


「なんのことかわからないな」

「反射ですよ」

「単純なことです、私の後ろの窓ガラスに写った手札を見ていたんですね」

「今日は雨で外は暗い、窓ガラスに映る私の手札はよく見えたことでしょう」

「気づけば、粗末な仕掛けですね」


どうやらイカサマがわかったという話は本当だったようだ。外が雨とわかったから俺が壁側に座ったこともわざと机に対して斜めに座り彼女もそうするように誘導し、手札が映るようにしたのもこれだとバレているみたいだ。そう俺ははじめからイカサマで勝とうとしているのだ。言っただろう、真面目にババ抜きをしたことはないと。


「それは、気が付かなかった」

「惜しいことをした気分だ」

「うやうやしいですね」

「仮に、その話が本当で俺が狙ってやっていたとしてもそれはイカサマではない」

「環境をうまく利用した戦術に過ぎない、この環境は俺が用意したわけでなく、前もって準備もできないからだ」

「たしかに、一理ありますね。私もこの環境を利用できた事も考えるとあくまで平等でしたね」

「そのとおりだ、だから、これはイカサマではない」

「そもそもイカサマすることは、悪くはないのだ」

「なぜなら、ルールで禁止されていないからだ」

「はー、ものすごい屁理屈ですが、そのとおりですね」

「イカサマは、ルールではなくモラルや常識でいけないことという共通認識はありますが」

「たしかに、ルール自体では、禁止されていませんし、罰則もないですね」

「ですが、私の腹が立ったのは事実ですので、次のゲームで負けた方は勝った方のどんな要求でも一度だけ叶えるというのはどうでしょう?」


急に何を言っているんだ?本来なら、このなんの脈絡もない提案にYESと答えることはないのだが、俺はどんな要求でもという部分に食いついていた。変態の諸君が誤解したのなら訂正するが、いやらしい要求をするつもりはない。例のボイスレコーダーのデータを消去させるのだ。そうすれば、彼女の持つ俺の弱みはなくなり、再び安寧の放課後が返ってくる。


「どんな要求というのは、なんでもいいんだな」

「ええ、先輩が日頃から溜めている欲求を晴らすために、どんなにいやらしい要求をしても私が負けたら叶えてあげます」

「そんなことには毛ほども興味はないから、体を手で隠す必要はないぞ」

「んー、のりが悪いですね」


なんののりだよ。痴女ののりなどあいにく俺は理解していないし、するつもりもない。そんなことより、言質は取った。彼女は、先程のイカサマの解説でいい気になり、見落としているようだが、俺の策は尽きていない、切り札は残ってある。否、残しておいたのだ。


「これで、窓はカーテンで塞いだので、先程のイカサマはできませんよ」

「あと、先輩はちょっと信用ならないので今度は私がカードをシャッフルしますね」

「まぁ、いいだろう」


シャッフル権を取られても何ら支障はない。しかし、この切り札自体確実に勝てるものではない、さっきのトリックのように。だから、俺はあえて賭けにのるかどうかをまだ明言していない。小狡いとかは気にしない。勝てばいいのだ。


「ちなみにですけど、カードを配る前に賭けにのるかどうかは決めてくださいね」


ちっ。気づいていたか。随分と小狡いことに頭が回ることだ。俺に残された切り札は確実に勝てるものではないが、勝つ確率が圧倒的に高いのは事実だ。考えているうちに彼女はシャッフルを終えて、こちらを見ていた。


「その賭けのってやる」

「わかりました。それでは」


笑みを浮かべた彼女はカードを配り始めた。配り終えたあとお互いに自分の手札を見る。彼女は運が良い。俺の手札にはジョーカーがあった。この時点で、俺の勝ちが決定的なものにはならなかった。そう実は2人でババ抜きをして、片方がイカサマをしてもイカサマをしている人間の方にジョーカーがあればどちらが勝つかはわからないのだ。イカサマをしていないほうがジョーカーを運良くひかなければ勝てるのだから。俺は、わずかに汗ばんだ手でペアのカード捨て始めた。


ーーーー


「はい、私の勝ちです」


俺は負けた。無様にも負けた。あれからお互いがカードを引いていったが、ジョーカーを彼女が引くことはなかったのだ。神という胡散臭いものがいたなら彼女に味方したのだろう。運のいいやつだ。忌々しい。


「ふふふ」

「何がおかしい」

「先輩、ひょっとして今、神様が私に味方したとか運が良かったとか思っていませんか?」


図星をつかれて少々驚いたが、こんな勝ち方をされたのだから誰でもそう思うことだろう。別に彼女が超能力に目覚めたわけではない。俺は彼女の目を無言で見ることで肯定の意思を表した。


「だから、先輩は負けたんですよ」

「なに?」

「私は、運なんて不確かなものに頼るほど、バカではありません」


勝って調子に乗っているのかと思ったが、頬杖をつきながら含みのある笑みでこちらを見ている彼女を見るとどうにもそうではないらしい。


「まさか、気づいていたのか?」

「はい、このトランプはマジック用ですね」


そう、このトランプはカードの裏の模様に細工がされており、表を見ずとも数字とスートが丸わかりなのだ。これが、俺の切り札というやつだったのだが、それをまんまと利用されたようだ。


「いつから気づいていた?」

「もちろん、最初からでしたよ」


さも当然のように彼女は答えたが、このゲーム以外では彼女は負けていた。もしや、わざと負けていたのか?


「変だとは思いませんでしたか?」

「いくらイカサマをしているとはいえ、先輩は2人でやるババ抜きで全勝したんですよ?」

「まさか」

「そう、私が負けるようにしていたんです」


そうか、もっと早く疑問に思うべきだった。偶然に勝つ確率は低いがないわけではない、いくらかやればその時はやってくるはずなんだ。しかし、そのときはやってこなかったんだ。何度も何度も何度も俺が勝ったのだ。不自然に思えるほどに。自分が仕掛けたと思っていたら実は仕掛けられていたのは自分だったみたいだ。ここまでわかれば、なぜ彼女がイカサマに引っかかったふりをして負けたのかは明白だった。すべては、俺にあの提案をのませるためだ。


「そして、ある程度負けたあとでわかりやすく、私にできない方のイカサマを説明しました」

「そして、もう一つのイカサマには気づいていないと先輩に印象付けたんです」

「俺にあの提案をのませるために」

「はい、切り札がある状態であの提案は魅力的に見えましたよね」


俺が、ボイスレコーダーの事を考えるところまで読んでいたのか。負けているときのあれも演技だったと考えるとほんとに恐ろしいやつだ。一体いつからこの作戦を立てたのだろう、彼女は本当に高校生で俺の後輩なのか?ひょっとしたら人間のふりをした妖怪かなにかなのではないだろうか?それなら、今よりも違和感は少ないだろう。


「シャッフルを提案したのも作戦か」

「はい、もし手札にジョーカーがあれば私の負けですから」

「シャッフルをするときに、ジョーカーを操作しました」


彼女がカードを配る前に賭けにのるかどうか聞いてきたときにも疑問を持つべきだった。なぜ、カードを見る前でなく配る前なのか、それはジョーカーの有無で、勝敗が分かれると知っていないと出てこないセリフだ。気づく機会はいくらでもあった、彼女の場合あえてつくっていたかもしれないが。どちらにしても俺が、間抜けだったらしい。


「先輩、私の要求叶えてくれますよね?」

「イカサマはいけないことではないんですから」


最後の逃げ道も塞がれてしまった。最初から最後まで、彼女の手のひらの上だったんだ。まんまとしてやられた。何が純情な私だ、騙されたのは俺で純情だったのも俺の方だったではないか。


「わかった、何なりと仰せのままに」

「せっかくですから、この要求は取っておきます」

「賞味期限が切れてからではおそいからな」

「面白くないですよその冗談」

「例えそうだとしても、そういう事は言わないほうが世の中楽にわたっていけるぞ」


俺は実践できたこともないアドバイスを彼女に上げることにした。彼女がこのアドバイスをものにできれば、俺にも利益があるからだ。少なくとも先程の場面では。


「それと、先輩」

「これ以上何かあるのか?」

「私、以外には騙されちゃだめですからね」


俺は、お前みたいな悪魔はそうそういねーよと思った。

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平穏の放課後 伊佐 隠 @A-nennerube

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