なゆちゃまの変な猫

紙の妖精さん

なゆちゃまの変な猫

菱田なゆ(ひしだ なゆ)は絵を描くことが好きで、部屋の中で一人で過ごすことが多い。しかし、学校に行かなくなってから、周囲との距離がどんどん広がっていった。クラスメイトたちは「なゆは絵描きだから」と言うけれど、それが彼女にとって特別な意味があるわけではなく、むしろそれが彼女を孤立させる一因にもなっていた。学校での人間関係がうまくいかず、心の中で何かが壊れてしまったように感じていた。


部屋にある、パソコンの画面を見つめると、何も考えずになゆは描き始めることができる。色と形を重ねながら、時折自分の感情や考えが絵に現れる。


彼女は、絵を描くことが一番の逃げ道だと感じている。外の世界がうまくいかないなら、せめてこの小さな空間の中で、絵を通してだけでも何かを表現したい。だけど、時々その絵を描く手が止まってしまう。頭の中には、描きたいものが浮かぶのに、それを形にするのが難しくなる瞬間があるのだ。


「今日は上手くいかないな」と思いながらも、なゆは静かにペンを握り直し、再びキャンバスに向き合う。


なゆは、いつものようにイラストを描く。描くキャラクターは、天使のような羽を持つ女の子。彼女はいつも、包帯を巻いて笑っている姿で描かれる。それは、なゆ自身の心の中で描かれたキャラクターで、悲しみや痛みを抱えているけれど、それでも笑顔を見せる強さを持っている。包帯は、心の傷を象徴しているのかもしれない。


イラストを描くたびに、なゆの手は自然に動き、ペンネーム「なゆちゃま」の文字がサインのように添えられる。その名前は、なゆがこのキャラクターを通じて世界に見せたい、自分の内面の一部を表現するためのもの。彼女にとって「なゆちゃま」という名前は、他の誰でもない自分を少しだけ外の世界に出すための、優しい鎧のようなものだ。


天使の女の子は、包帯を巻いているけれど、どこか儚く、けれども強い光を放っている。なゆが描くその笑顔は、見る人に少しだけ安心感を与えることができるかもしれない。だが、なゆ自身がそのキャラクターを描きながら、どこかでそのキャラクターに自分の未だ解けない心の傷を重ねていた。


このキャラクターがどこかで、なゆを救ってくれることを願いながら、彼女は今日も静かに絵を描き続ける。


なゆは、机の引き出しの奥に薬の瓶を隠していた。治療のために処方された薬。それは本来、彼女の心を落ち着け、世界とのつながりを保つためのものだった。


けれど、なゆにとってその薬は、別の意味を持っていた。彼女はこっそりと薬を貯めていた。飲まずに、ただ溜めていく。


「気晴らし」と呼ぶにはあまりにも危うい。けれど、なゆにとっては、それが唯一、自分をコントロールできる感覚だった。誰にも言えない秘密。誰にも気づかれない痛み。


天使の女の子が包帯を巻いて笑うように、なゆもまた、日常の仮面をかぶって静かに過ごしていた。けれど、机の引き出しの中には、いつでも「終わり」へと手を伸ばせる準備が整っている。


それが彼女の「安心」だったのかもしれない。


なゆちゃまの名前で投稿すれば、たくさんの「いいね」がついた。コメントももらえた。


「かわいい!」「なゆちゃまの絵、ほんと好き」「次の作品も楽しみ!」


なゆは、画面の向こうの言葉をじっと見つめる。イラストを通じて、誰かとつながれる気がした。ネットの中では、なゆは「イラストレーターの仲間」だった。


けれど──本当に、私は「仲間」なの?


画面の向こうの人たちは、なゆのことを知っているのだろうか。なゆちゃまの絵を好きだと言ってくれる。でも、それは「なゆ」ではなく、「なゆちゃま」の絵に対しての言葉。


それでも、ネットに投稿すれば、誰かが反応してくれる。誰かが「好き」と言ってくれる。それが、なゆにとっての「生きている証」だった。


なゆのクローゼットには、白やピンクのフリルがたっぷりついたワンピースが並んでいる。レースの襟、リボンのついた袖、ふわっと広がるスカート。


夢可愛(ゆめかわ)ガーリーファッション。


着ると、なゆは少しだけ「別の自分」になれる気がした。


でも、なゆはその服を外で着ることはない。


学校には行かないし、部屋の中で一人。鏡の前でくるりと回ってみても、画面の向こうの「なゆちゃま」とは違って、ただのなゆが映るだけだった。


なゆはカメラのタイマーをセットして、部屋の隅に立つ。ふわふわの白いワンピース、レースの手袋、リボンのカチューシャ。


スマホのシャッターが切れる音がする。


画面には、天使みたいな少女が映っている。


でも、なゆは指に巻いた包帯をぎゅっと握る。少しだけ赤く滲んでいた。


「次はナイフを持たせよう」


そう思いながら、なゆは写真を元にペンタブを握る。


キャンバスの上で、「なゆちゃま」は今日も微笑んでいた。


スマホにネットのイラスト友達からメールが来る

「今度街に行こ」

「ごめ今月ピンチ」

「おけ」

メールを閉じるとあの子の最近のイラスト血だらけだったなと考えて、なゆは溜め息をはいた。


なゆはスマホをベッドに放り投げ、天井を見つめた。


「血だらけ、か……」


指先で包帯をなぞる。描いているのは、自分自身なのかもしれない。


なゆちゃまはいつも笑っている。でも、包帯の下には何がある?


夜が来て服を綺麗に畳むと部屋にあるパジャマに着替える、1階の冷蔵庫からモンスタードリンクを1本、 取ってくると部屋でその甘いコーヒーを飲みながらなゆはまたパソコンにイラストを描いた。


なゆちゃまの線をなぞる。


今日のなゆちゃまは、いつもより少し微笑んでいる。


髪の毛の流れを整えて、包帯の陰影をつける。


「……」


気づけば、モンスタードリンクは空になっていた。


時計を見ると、午前2時を過ぎている。


アプリを開くと、さっきの友達が新しいイラストを上げていた。


「今夜のなゆちゃまもかわいいね」


そんなコメントが届く。


指先が震えた。


「……かわいい?」


マウスを握り直し、もう一度なゆちゃまの笑顔を見つめた。


ネットのイラスト友達の絵は電動ノコギリを振り回してる少女達のイラストだった、なゆはいいねボタンを押す。


「いいね」ボタンを押した指が、しばらくそのまま画面に触れていた。


電動ノコギリを振り回す少女たちの瞳は、どこか無機質で、でも楽しそうにも見えた。


――バチバチッ


イヤホンから微かにノイズが走る。


なゆは一瞬、背筋がざわつくのを感じた。


机の上のペンタブを見つめる。


「……なゆちゃまは、何を持つ?」


手が勝手に動き出した。


なゆちゃまの手の中に、小さなカッターを握らせる。


白くてふわふわの袖口が、刃先の鈍い光を映していた。


カッターを首に向けようとした瞬間、スマホから新しいメールの通知が来た。なゆはカッターをゴミ箱に投げるとスマホを掴んだ。


画面には、イラスト仲間の名前が表示されていた。


「ねえ、なゆちゃま。今、何してる?」


なゆはしばらくその文字を見つめた。


指が震える。さっきまでの気持ちが、どこか遠ざかっていく。


カッターはゴミ箱の中で光っていた。


なゆはスマホを握りしめると、ゆっくりと返信を打った。


「絵、描いてるよ。」


イラスト友達は

「最近の洋服がダメすぎて資料にならー」と言う。

なゆは「そな」と打つとイラスト友達から画像が送られてきた。リスの画像だった。


なゆはしばらくスマホの画面を見つめた。


リストカットの傷跡が並ぶ腕。

赤黒い線が何本も交差している。


なゆは無意識に指を動かし、画像を保存する。


「えぐ」


そう短く打つと、イラスト友達からすぐに返信が来た。


「でしょ?なゆちゃまもやる?」


なゆはスマホを握りしめたまま、何も打たずにじっと画面を見つめていた。


なゆは今日の朝、リスした画像を イラスト友達に送る。


イラスト友達からすぐに返信が来た。


「いい感じじゃん」


なゆはスマホを見つめながら、どこか冷めた気持ちで指を動かす。


「そ?」


しばらくして、イラスト友達からまたメッセージが来る。


「この線、もうちょい深くてもいいかも。血の色も綺麗だし、イラストの参考にするね」


なゆはスマホを持ったまま、部屋の天井を見上げた。

薄暗い部屋の中、机の上に置かれたペンタブがぼんやりと光っている。


なゆはペンを手に取り、モニターに向かった。

画面には、いつものように包帯を巻いた天使の少女が微笑んでいた。


なゆはゴミ箱にカッターを取りに行くとカッターをゴミ箱から取り出し2階の部屋の窓からカッターを捨てた。それは 昨日の夜来た 変な猫の名前のメールのせいだと思った変な猫はメールは短った。「なゆさんこんばんは」

「うん」

「なゆさんイラスト描くならリスは辞めないと」

なゆは笑って「そな」 と打ち返した。


なゆはカッターを窓から投げ捨てた後、手のひらを窓枠に置いてしばらく外を見つめていた。夜の静けさが包み込む中、空気がひんやりと感じられた。


「リスは辞めないと」


変な猫の言葉が耳に残る。なゆは目を閉じ、深く息を吐き出した。


「そんなのわかってる」


そう呟いて、再び部屋に戻る。


パソコンの前に座り、キーボードを打ちながら、考え事をしていた。イラスト友達の返信、そして変な猫からのメール、それぞれがなゆの心の中で絡み合っていた。


でも、心の奥底では、少しだけホッとした気持ちもあった。カッターを捨てたことで、何かが軽くなったような気がしたから。


「私はまだ描けるんだ」


そう呟いて、画面に向かって手を動かし始めた。


なゆは変な猫のメールに返信するようになった。

変な猫のメールは深夜が多い。

「なゆちゃま」

「 なに? 」

「なゆちゃまってなんでそんなにはキュート? 」


なゆはスマホを見つめながら少しだけ笑った。変な猫のメッセージが、心の中で軽く響く。


「キュートだなんて笑」


その返事を打ちながら、なゆは少し考えた。普段、自分のことを「キュート」だとは思わない。でも、変な猫がそう言うことで、なんだか少しだけ気恥ずかしくもあり、また嬉しくもあった。


なゆはスマホの画面を眺めていた。こんなやりとりが、少しだけ自分を軽くしてくれる。


変な猫のメールが続く

「最近、お食事にお魚が出ないんだ。だけど…」


「?」


「頑張って生きようと思って」


「笑笑」


なゆはスマホを握りながら、変な猫の言葉に少し心が温かくなるのを感じた。


「頑張って生きようと思って」


その言葉が、どこか胸に響いた。なゆは普段、そんなふうに自分に言い聞かせることはないけれど、変な猫の言葉には素直に感じるものがあった。


「偉いね」


その一言を打ちながら、なゆはほんの少しだけ、自分の言葉が誰かを励ます力になるんだと思った。


「ありがとう、なゆちゃま」


変な猫からの返事を読んで、なゆは変な猫のメールのフォローボタンを押した。変な猫からフォローされたからである。


なゆはしばらく画面を見つめ、変な猫の言葉に少しだけ戸惑いを感じた。


「気を使わなくていいのに?」


変な猫の言葉が、どこか気を使っているようにも思えた。なゆは小さく息をつき、画面に指を動かして返信を打つ。


「気を使うよ」


そう打った後、送信ボタンを押す前に少しだけ考えた。自分が気を使う理由が何か、というわけでもなく、ただその言葉が自然に出たからだ。


送信ボタンを押すと、スマホの画面に変な猫の返信が表示されるのを待った。


「なゆちゃま」

「 ん?」

「 私、寝るから、ちゃま、おやすみ」

「おやすみ」

なゆはスマホを眺めて電源をセーブモードにした。そして、なゆはスマホを机に置き、静かな部屋の中で一人、しばらくそのまま座っていた。部屋の明かりがほんのりと照らす中、眠気が少しずつ訪れていた。眠ることができるという安心感と、目を閉じた後に広がる漠然とした未来への不安が交錯していた。


心の中で何かが静かに動いているのを感じながら、なゆは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。静かな夜が訪れ、おやすみなさい、と自分に向かってささやき、なゆは穏やかな眠りへと落ちていった。


次の朝、なゆは変な猫から送られた画像を見た。その画像は綺麗に半分に切られた、みかんが大量に青空の下で天日干しされてる、意味不画像だった。


なゆはスマホの画面をじっと見つめ、ふっと笑みをこぼした。変な猫から送られたみかんの画像に、心のどこかで安堵感が広がる。


「なんだこれ…」と思いながらも、笑いながら返信を打つ。


「すごいね、これ。みかんが天日干しって、どういう発想なんだろう…?」


なゆは少しだけ考えてみたが、結局答えは出ないまま。けれど、変な猫とのやり取りが今は少し楽しいと感じていた。


「ありがとう」とだけ打って、送信ボタンを押す。


変な猫からのみかん画像のプレゼントだったらしい。なゆはイラスト友達にみかんの画像の話をした。

「みかん?」

「 うん」

「 なゆはその変な猫と付き合ってるの?」


なゆは少しだけ考え込んだが、すぐに頭を振って答えた。「付き合ってるわけじゃないよ。ただ、面白い人なんだよね。」


イラスト友達からは、少し不安げな声が返ってきた。「変な猫って…ちょっと怖くない?」


なゆはその言葉に少し戸惑いながらも、続けた。「確かに変な人だけど、面白いし、なんか安心するんだよね。変な画像送ってくれるし…。」


「気おつけてね。」イラスト友達の声には、どこか心配の気持ちがこもっているようだった。


なゆは「ありがとう」とだけ言って、画面の向こうの友達に向けて微笑んだ。それでも、少しだけ心の中で変な猫とのやり取りが続いていくことを期待していた。


なゆは夜に変な猫からメールが来ていることに気づくと慌てて、スマホを見た。

「ちゃま、こんばんは」

「ちゃまのイラストが上手すぎてズルイ」

「そんなことないよ」となゆは笑う。

「ちゃまは プロのイラストレーターなるの?」

「うーんわからない」

「そか」


メールを送った後、またイラストを描き始めた。


なゆはイラストを描き疲れると部屋の隅で泣いた。その後イラストをネットにアップロードすると、いまからパキリますと入力した。 すると変な猫からメールが来た。


なゆは、変な猫のメールを見て、少し驚いた。変な猫は、なゆが送ったメッセージに反応しているようだった。


「ちゃま、どうしたの?」と、変な猫からのメールが表示された。


なゆは、深呼吸をしてから返信を打った。


「大丈夫だよ。ただちょっと疲れちゃっただけ」


変な猫は少し心配そうな言葉を送ってきた。


「無理しないで。」


「ありがとう…」と、なゆは素直に返事をした。


なゆは変な猫のパキるのは止めて と言うメールを見て手にしていた 錠剤をゆっくり机にしまった。


なゆは、夜の静けさの中で目を覚ました。部屋の隅に置かれた時計が、わずかな音で時を刻んでいる。眠たげな目をこすりながら、布団から出て、窓のカーテンを少しだけ開けて外の空を眺めた。外は冷たい風が吹いていて、月の光がその流れを映し出していた。


そのまま、部屋に戻り、鏡の前に立った。鏡の中の自分を見つめながら、軽く髪の毛を整える。ちょっとだけ伸びた前髪を指で押さえ、少し笑ってみた。「そんなに悪くないか」と、自分に言い聞かせるように。


その後、部屋の音楽プレーヤーをオンにして、いつもお気に入りの曲を流した。音楽のリズムに合わせて、身体を少しだけ揺らしながら、手元にあるペンを見つめる。描こうと思うけれど、心の中には別の思いがぐるぐると回っていて、なかなかペンが紙に向かわない。


「明日になれば、きっと」


そう呟きながら、なゆはふと部屋の隅に目をやり、また少しだけ深呼吸をした。


なゆは夜中にまたベッドで泣いていた。なゆはスマホを握ると変な猫のメールにいいねをつけた。

変な猫からメールが来る。


「なゆちゃま元気?」


「うん」


「落ちてた?」


「ちがうよ」


「ちゃま?」


「?」


「私、ちゃんと生きる、だから」


「うん」


「ちゃまも」


「…………」


「…………」


「…………」


なゆは、スマホの画面を眺めながら、少し涙がにじんだ目をこすった。




その日、なゆは朝からスマホの画面を見つめながら、目の前の通知を目で追った。最初は、まさかという気持ちが強かったが、通知に記された内容が確かなものであることを理解するまでには時間がかからなかった。


「イラスト友達が死んだ。」


リスカとODによる致死多量出血と急性薬物中毒の複合死。友達のアカウントにメッセージがひとつ、またひとつと届き、さらに追悼の言葉やイラストが次々に送られていった。


友達のアカウントに届く数々の絵は、どれも涙をこらえているように見えた。描かれたイラストたちは、彼女との思い出、楽しい時間、共に笑い合った日々を象徴していた。


なゆの目から涙が流れ始めた。心の中でいろんなことを考えたが、答えは出なかった。なゆは、画面を見つめたまま何もできずにいた。心の中でその喪失を感じることしかできなかった。


なゆは手元のパソコンに向かっていた。部屋は静まり返り、ただ彼女の指がキーを叩く音だけが響いていた。心の中にある重い感情をどうしても言葉で表現できず、絵を描くことでその気持ちを吐き出すしかなかった。


彼女はイラスト友達のことを思いながら、ペンを動かしていった。紙に線を引き、色を塗り重ねるたびに、その思いが少しずつ形になっていく。しかし、手元は震えていた。涙が自然に流れ、キーボードに、モニターに落ちていった。落ちた涙は、モニターの光でキラキラと輝いて、まるでその涙が生きるための光だったかのように見えた。


画面に映るそのイラストは、何度も何度も描き直され、消され、また描かれた。線が重なり、色が重なり、悲しみとともに、なゆの心の中の痛みもまた、少しずつ描かれていった。その絵が完成するころには、涙が彼女の頬を伝い、何度も拭うことを繰り返していた。


その後、完成した絵を画面に映し出すと、なゆはしばらくそれを見つめていた。涙で滲んだ視界で、どこか遠くの思い出のように、イラスト友達の姿が彼女の中に浮かび上がった。


なゆは夜中、変な猫からメールを見ていた。

変な猫のダイレクトメールが青い。


「ちゃま無事?」


「?」


「なゆちゃまが泣いてる夢見た」


「イラスト友達がね」


「うん」


「死んだんだ」


「…………」


「ちゃま?」


「…………」


「大丈夫、ちゃまは、強い」


「…………!」


「猫?」


「?」


「猫は頑張って生きるって言ったよね」


「うん」


「約束だよ」


「なゆちゃまも生きるよね」


「うん、がんばる、涙」



なゆはゆっくりと息を吸い込み、心の中で繰り返した。「うん、がんばる」と。涙が頬を伝い、キーボードの上に一滴、また一滴と落ちていった。彼女はその涙を拭きながら、再び生きることを誓った。



季節が二つ過ぎた。夏の終わりから秋、そして冬が過ぎ、春がやっと訪れた。なゆは、新しい学校で新しい制服を身につけ、制服の袖を気にしながらも、校庭の隅に座っていた。空は青く広がり、心地よい風が彼女の髪を揺らしていた。目の前に広がる風景を、慎重にスケッチブックに描いていく。今日は猫のデッサンをする日だ。


なゆの高校には猫たちが住み着いていて、まるで校庭が彼らの王国のようだった。茶色の毛の小さな猫や、白黒の大きな猫、そして長い毛のふわふわとした猫も。なゆはそのすべてを丁寧にデッサンしていた。猫たちは、なゆが描いていることに気づいているのか、時折視線を送りながらも自由に歩き回ったり、日向ぼっこをしていた。


デッサンが終わり、なゆはスケッチブックを閉じて、スマホを取り出す。数枚撮影した猫のデッサンを、彼女に送るためにスマホの画面をタッチした。写真を送信した瞬間、ふと笑みがこぼれた。変な猫、あの不思議なメールのやり取りから始まった奇妙なつながりが、今では少しずつ大切なものに変わっていったのだ。


送信した画像を確認して、なゆは少しだけ照れたような表情を浮かべる。そのまま、スマホの待ち受け画面を開くと、そこに映し出されたのは、変な猫の笑顔。画面越しに、まるで彼女がそばにいるかのような感覚に包まれる。


なゆは画面にそっと手を添え、画面の中の変な猫にキスをした。彼女の唇は、指先のように軽く、でも確かな気持ちを込めて、その虚構の世界に触れた。


そして、なゆは静かにスマホを置くと、空を見上げた。猫たちは依然として自由に歩き回っている。風がやさしく髪を揺らすその時、なゆはただひとつ確かなことを感じていた。


もう少しだけ、この新しい世界に居たい。


真新しい制服。変な猫と私がいる、この世界で…………。

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