未タイトル
仲地ユウ
第1話 開幕
パソコンからあいみょんの曲が流れている。
推しということではない、特別な曲でもなくただ流れている。
時刻は街中が一日の終わりに向けていそいそと慌ただしくなる18時を少しまわったところである。
あいみょんからVaundyに曲が変わった。
さて、キーボードでこれから打ち込む物語だが…
僕自身のこれまでのストーリーと決して外には出さない内に秘めた想いや記憶である。そんなもの一体どこのだれが貴重な時間を用いて目を通すのだろうなんて考えたりはしない。
僕は自分の人生について、小学生高学年の頃から物差しにしているひとつの判断基準がある。
人生の途中過程で起こる様々なつらい出来事も耐え難い苦しみも最終死ぬ間際に「幸せだ」と思えれば自分人生の勝ち、だと。
だから、決して人に左右されず言い訳の種にせず物事や決定は全て自分自身に問いかけ対話しこれまでやってきた。
だから人生の勝敗はまだ決着がついていないままだ。
30歳、結婚当初は、こんな自分にも守るものができたのだという喜びと、これまで感じたことのない責任感と充足感で満ちていた。しかしその結婚生活は、のちに僕を大変苦しめた。
それも少しずつじわじわと押し寄せてくるものだから僕自身も全く気づけないまま自虐的に追い込まれ気づいた時には過去の自分がどんな人間だったかも見失うほどに。
それでも僕の人生の勝敗に未だ決着はついていない。
離婚してすでに6年と半年が過ぎた。
今の僕は幸せだと思う。
好きな仕事をして、その仕事で生計を立て、自由に生活し、夜には屋根の下で静かに布団に潜り込む。誰からも虐げられることもない、命を脅かされることもない。
好きな曲を聴き、好きなものを食べ、好きな家具を揃える。
まわりを好きで囲む日々。
少し幼少期の話をしよう。
僕の母親は、バツ4である。
人から言わせりゃ、パワフルお母さんだね!ということらしい。
確かにそう思う。
一度でもしんどい離婚を4度もしたなんてパワフルでしかない。
そんなパワフルな母親の子として生まれてきた僕は、沖縄本島で生まれ神奈川を転々としていた。
母の一度目の結婚がダメになった理由は知らない。
実父との記憶も全く何も残らない頃の出来事だし、今更興味も湧いてこない。
小学校に入学する前に突然「お父さん」ができた。
その突然を機に僕の日々は常に曇り空の下で必死に陽の光を探し求め途方に暮れる小さな影のカタチとなった。
週末になるとよく留守番をさせられた。寂しいとかそういった感情はない。
7歳の僕にとっては「羽を広げられる開放的な休日」でしかなく、飛び跳ねるように誰もいない家中を存分に駆け回った。
それでもお腹が空く頃には再び緊張が訪れる。
冷蔵庫や戸棚の中を物色し、絶対にバレない程度の口にいれられるものを慎重に探すのだ。その頃の僕は家の中で食事を出されることはなく、唯一のエネルギー補給は学校で出される給食だけが命綱だった。
理由は、僕が父の子ではないこと。
本当の子供ではないから仕方のないことだと幼い僕は受け入れていた。
父の気持ちや意見は正しいと思っていた。
だから文句なんてものは口に出したこともないし、学校でそのことについて話すこともなかった。しかし、休日になるとそんなことも言ってられない。
減る腹は減るのだから。給食のない日は僕にとってはいつにも増してつらい空腹との戦いだった。あまりの空腹に耐えられず、意図的に昼時前に近所に住む友達の家に「あ~そ~ぼっ!」と突撃することも何度かあった。あまりに毎回だと親同士の繋がりで父の耳に入ることを恐れて本当に耐えがたい空腹に襲われた時だけにした。
問題は夜である、おなかと背中がくっついちゃうよ…と何度も実体験を重ねた幼い僕は、皆が寝静まると足音を立てずに冷蔵庫を開けた。
暗闇の中放つ冷蔵庫の光は想像以上に明るく、おもわずひるむ。
食料調達に失敗した僕は、父から泥棒扱いを受けどこをどう殴られてるかもわからない勢いで罰を受けた。
それからは、見つかることを恐れて夜中の空腹や渇きを折り紙で作ったコップを片手にトイレに行きタンクに流れる水を汲み飢えを凌いだ。
こんなことはさすがにおかしいと幼い僕でも理解していた。
だから誰にも言わない。母にもだ。
きっと顔をしかめて汚いものを見るような目で僕を見つめるだろう、誰だってきっとそんな表情になるはずだ、そう思っていた。
それでもその頃の僕は、自分の人生が一般的な感覚の中の不幸な子供であることを理解していなかった。ただの日常に過ぎなかったのだ。
与えられた日常の中で、自分なりに工夫して知恵を絞り、人に(父)迷惑をかけないよう過ごすだけ。
さて、どうだろうか。
幼き僕の影は、おとなしく控えめで辛抱強くかわいそうに映っているかもしれない。
しかし、表面的な僕はそうではなかった。
学校生活では目立つほうであったし、おふざけが好きで、少々危険なくらいの身体全身を使うような遊びがとにかく好きな活発な子供だったような気がする。
そんな僕には、ひとつ上の兄がいた。
兄は僕以上に活発で、その域を超えたヤンチャなガキ大将的な子供だった。
そして兄は僕とは正反対で家庭内においても真正面から父に抗うようなタイプであったため、一層父からの暴力や暴言を浴びていた。
そんな兄だったから早々に施設に預けられることとなった。
実はその時、僕も小さな声をあげた。
兄がいなくなり、暫くしていつものように響き渡る父の怒声を浴びる中
父と母に、はじめて意思表示をしたのだ。
「お兄ちゃんと一緒に、施設で暮らしたい…。」
しかし、なぜだかその望みは叶わなかった。
実の子ではない、兄と僕がいる家の中よりも、新たに誕生していた小さな妹と父母の3人で暮らすことの方がごく自然で僕らがいる今のほうが不自然な気がしていたし、何より施設で暮らせば友達もたくさんできてお腹を空かせる心配もなくなる。夜になればあたたかい布団の中で安心して眠りにつくことができるのだ。
それはとても羨ましく、キラキラ輝いて見えた施設内の光景が思い浮かんだ。
味方のいない僕の人生はここから始まった。
未タイトル 仲地ユウ @yuuga1217
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