第299話

「そろそろ行くね……。今日は楽しかった」


「…―――俺も。楽しかったよ」





電話にメールに手紙。

いつかまた逢うだろう日のこと。


話したいことは延々あるのに、お互いに具体的なことは何一つ口にしない。



未来への約束なんて俺らには無意味だから。






「――またね、ジョウっ……」





微かに微笑んだ渚は、荷物をかき集めて羽が生えたかのように外へ飛び出して行った。


渚と入れ替わるように吹き込んだ風が頬を撫でる。

ドアの閉まる鈍い音が車内に響くと、張り裂けそうな胸の痛みに息が浅くなっていた。





身動き一つ出来ぬまま。

ミラーに映る渚の背中を追わないように重い瞼を強く閉じた。





渚が泣いていても、涙を拭ってやれないから。

大丈夫だと抱きしめてやれる自信がないから。





目を閉じてイメージしたんだ。

聞こえる足音に乗せて、背筋をスッと伸ばして凛として歩く渚の姿を。





なのに靴音が乱れる度に、心を痛めて泣く表情が浮かぶわけ。

それを掻き消して、何度も笑顔を思い描いて上書きして。




でもさ、やっぱダメだった。


靴音が遠のいて、消えると同時に浮かんだのは、渚が声を押し殺して崩れるように泣く姿だった。

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