第4話 町
僕は一本道をひたすら歩き続けた。
魔物に襲われることもあったが『ファイアーブリット』で撃退した。途中でリリィからもらった木の実を食べて休憩を取り、またひたすら歩き続けた。丘の上から遠くの町の灯りが見えた時、指輪の制御をONに戻した。町の中で大きな炎を出してしまったら大変だ。
それからまた歩き続けたが、町は丘からかなり距離があったらしい。町に着いた時はすっかり夜になっていた。
門番がいる。
しまった。身分証はない。お金もない。この世界では町に入るのにお金を取ったるするだろうか?
ビクビクしながら門を通ったが、何も聞かれなかった。特にチェックはしていないらしい。
町に入って周りを見渡すがどこに行ったらいいかわからない。キョロキョロしているとさっきの門番が手招きしている。無視もできない。怪しまれても困る。
「どこか行きたいところでもあるのか」
「宿を探してます」
「それなら右の通りを行きな。奥の方に何軒かあるから」
「ありがとうございます」
頭を下げて、右の通りへ向かう。
だが行ってもしょうがない。金なんか持ってないから。けれど行きがかり上しょうがない。肩をすくめてポケットに手を入れると中に小さな包み紙がある。開けてみると銀貨が2枚。
きっとリリィが入れてくれたんだと思う。また、会いたい。
お金があるなら今日は宿に泊まろう。
教えてもらった右の通りに入る。前を歩いている人はいない。後からはコツコツと音がするから誰か歩いているんだろう。しばらく歩くと三軒の宿があるが、看板がものすごく派手だ。ちょっと気後れする。
「そこのあなた」
「はい」
声を掛けられた。
後ろを歩いていた人だ。身なりは良くて、感じは悪くない。とりあえず襲われたりすることはなさそうだ。
「何か困りごとでも?」
「宿を探しているんですけど、どこがいいのかわからなくて。手持ちも銀貨が2枚しかないもので」
「ふむ。それなら、もう少し行ったところに四つ角があります。そこを右に曲がったところにある『マリア亭』がいいと思いますよ。予算内で夕食も食べられます」
聞く限りなかなか良さそうだ。
いきなり会ったにしては親切すぎる気もするが呼び込みをしているようには見えないし、他にあてもない。嫌ならまた別を探せばいい。礼をいい、その宿に向かう。言われた通り角を曲がるとこじんまりとした宿屋が見つかった。落ち着いた雰囲気で看板には『マリア亭』とある。ここだ。
「あのー、泊まりたいんですけど。部屋は空いてますか?」
「空いてるよ。どこから来なさった」
「北門の一本道をずっと歩いて……」
「ここのことはどうして知ったんだい?」
ここを紹介してくれた親切な人の風体を説明すると「ああ、なるほど」と言い、部屋を用意してくれた。宿代は銀貨1枚と銅貨5枚。先払いなので、お釣りをもらって2階の部屋へ。荷物を置いて1階に戻ると食事の用意ができていた。
「外は寒かったろう。たんまりお上がり」
「ありがとうございます。いただきます」
宿のご飯はおいしかった。少しだけ、リリィの作ってくれたサンドイッチの具に近いような気がした。食べ終わると朝ごはんもつくから朝7時から10時の間に降りてこいと言われる。
ありがたい。朝一にいただいて職探しに行こう。
部屋に戻って、明日はどこに仕事を探しに行こうかと考えていると外が騒がしい。大きな音がするので何かあったのかもしれないが、部屋の窓から見える範囲にはおかしなところはなかった。
多少気になりはしたが、歩き通しで疲れていたのですぐに眠ってしまった。
翌朝、起きるとすぐに一階に降りて朝食にありつく。
他にも朝食を食べている人が何人かいる。ガヤガヤしていて意外にうるさい。テーブルに座ると女将さんが、朝食を運んできてくれた。
「何かあったんですか」
「ああ、大通りにある商店が崩れたらしいんだよ。瓦礫で馬車が通れなくなってて朝から大騒ぎさ」
「どうしてそんなことに?」
「それがわからないのさ。原因がわかるまでは、しばらく大変だよ。とっとと片付けて欲しいもんだけど、そっちのけになってる。あそこは大店で貴族にも顔がきくからね。犯人探しが先決だと言えば、誰も強く出られないのさ」
女将さんはそれだけ言うと調理場から「上がったよ」という声に応え、「あんたも気をつけなよ」と言って次の配膳に向かって行った。
僕は朝飯を食べお茶を飲んだ後、部屋に戻ろうとしたところで一人の男が駆け込んできた。
「朝から失礼する。この宿に泊まっているもんに協力願いたい」
「なんだい。あんたは」
「ミューゼル商会のものだ。人足がいる。報酬は最低銀貨5枚。10時までに店の前に来て欲しい」
宿の都合などお構いなしにその男は、大声でそう言った。客はみな胡散臭げに男の顔を見た。文句を言おうとした者もいたようだが、男の制服がミューゼルのものだと知ると何も言わず食事を再開した。
だが、女将は黙っていない。
「迷惑だよ。ウチはまだ朝食の時間帯さね。そんなところでドタバタされたら埃が飛ぶだろう」
「女将、そんなことを言ってもいいのか。ミューゼルを敵に回すことになるぞ」
「わかったよ。まあ、暇な奴がいたら話はしておくよ」
男は出ていった。
女将は配膳を済ませるとブツブツ言いながら、僕の前にきて「朝飯の時間にすまないね」と言った。
「あれは誰なんです」
「あんたミューゼルを知らないのかい? 王国全体に幅を利かせている大商会さね」
「それが、崩れたビルの経営元なんですね」
「ああ、そうさ。昨日崩れたのは表通りにあるパールミューゼル商店のビルなんだが、その経営をしているのがミューゼル商会なのさ。大方片づけに人を募集してるんだろうが、あまり評判の良くない連中でね」
「そうなんですか。僕は仕事を探しているので、さっきの話どうしようかと思ってたんですけど、やめた方がいいですかね」
「いや、まあ2、3日瓦礫を片付けるだけなら問題ないだろう。大した金にならないだろうけどね。ただ、あいつらが猫撫で声で美味しい報酬をぶら下げてきたら、断るこったね。ロクなことにはならない」
僕はその話を聞いてどうしようか悩んでいたが、この騒然とした町で他の仕事を探すのは大変だろうと思い、今日のところはミューゼル商会の店に行ってみることにした。
部屋に戻っても何もすることはない。まとめるほどの荷物もない。少し早いがチェックアウトすることにした。
「お世話になりました」
「ミューゼルのとこ、行くのかい?」
「はい。稼いだらまたここに泊まりにきますから」
「ありがとう。待ってるよ」
宿を後にして、通りを進んでいくとガヤガヤと声がする。随分と人が集まっているようで、恐らくそっちに目指す商店があるんだろう。探す手間が省けた。
大通りに出ると列がいくつもできている。最後尾に係員がいて、人手を募集していると大声で叫んでいる。
「あのー、瓦礫の撤去ぐらいなら手伝えるんですが、どの列ですか?」
「どの列でも同じだ。仕事が何になるかはわからん。こっちで適性をみて選り分けるからな」
「あんまり面倒なことはできないんですけど」
「あー、心配するな。ほとんどは肉体労働の日雇い人足だ。それでも銀貨5枚だし悪くない」
一瞬迷いはしたが、自分が取り立てられるとも思えない。変に注目されても良くないと思い、リリィの作ってくれた杖を上着の内ポケットに挿しておく。大人しく並んで今日一日汗を流して、厳しかったら別の仕事を探せばいいと割り切り、列にそのまま並ぶことにした。振り分けはすぐに終わるらしく、列はどんどん進み僕は店の中の瓦礫を撤去することになった。
9時になり仕事が始まった。宿では「10時までに列に並んで欲しい」と言っていたが、全員が10時から仕事をするわけではなく、早く始まる組もいるとのことだ。仕事時間が長いと損するような気がするが、伸びた分は報酬が上乗せされるらしい。その辺はちゃんとしているのか。
9時に仕事を開始した組は、10時半に休憩が入る。
その直前に悲鳴が聞こえた。ビルが揺れ、全員の作業の手が止まる。このビルを崩れた後、安全に作業するために補強が入っているが、この振動ではまた崩れるかもしれない。
「ロックラビットだあ!」
作業していた全員が出口に殺到する。
ロックラビットは洞窟などにいる魔獣だ。岩の中に潜り込んで壁や天井を崩し、押しつぶされた人や動物などを食う危険度の高い魔物なのだが、まさか町の中に入っていたとは。このビルが崩れたのはこの魔物で間違い無いだろう。
何mもある岩盤を崩すことができるロックラビットにとってビルの壁を崩すことなど容易い。
突然、目の前に瓦礫が降ってきた。埃が舞い上がり、その中に赤い目をした岩が歩いている。これがロックラビットだろう。
すぐに装備を整えた男たちが走り込んできた。腕っぷし自慢が討伐を引き受けたようだ。全員が特殊なズタ袋を持っているのはロックラビットを捕まえるためなのだろうが、そいつは無謀ってものだろう。
近寄って袋を被せようとしたが、吹っ飛ばされて大怪我を負った。ロックラビットは見た目は小動物だが、その名の通り岩の強靭な体を持っているのだ。他の男たちは捕まえるのは諦め、討伐しようとしたが、手にあるのはツルハシやスコップ。魔物相手には分が悪い。おまけに元々うさぎから変異した個体なので、すばしっこいと来ている。
そこに身なりのいい大男が現れ「早く殺せ」と言った。隣にはローブ姿に杖を持ったお抱えの魔法使いが控えている。どうやらこいつがこの商会のお偉いさんなのだろう。自ら魔物の前に出てくるとは度胸だけはあるのだろうか。
「バリアを張ってから、広域魔法を使えば仕留められると思いますが」
「馬鹿者。転がってる店の品物にはまだ売れるものがある。そいつを全部無駄にしろ、と言うのか!」
なんてガメツイヤツなんだろう。そう思った僕には油断があった。赤い瞳に目が合った瞬間、魔物が突っ込んできた。幸運だったのは指輪を外していたこと。制御のことは考えなくていい。杖を取り出し呪文を唱えた。
「『ファイアーブリット』」
ほとんど真っ白に見える高温度の炎の弾丸が赤い目の悪魔に突き刺さった。
ギィャャアアア
恐ろしい岩の兎の瞳から光が消えた。
ロックラビットを仕留めることに成功したのだ。
何人もの作業者が駆け寄り、僕のことを讃えた。商会のお偉いさんもボーナスを弾むとご満悦だ。
だが、それから起こったことは僕にとっての成功とはかけ離れたものだった。
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