第3話 旅立ち
翌日からファイアーボールの練習が始まった。
基本的には『ファイアー』の延長線上にある火魔法だが、違いは火の玉を作るために一瞬魔力を溜めること。そして、それをある程度のスピードで打ち出さないといけない。
「最初、魔力は溜めないでやってみましょう。あなたの場合、それでも十分な威力になると思う」
「わかりました」
指輪の制御はONのまま、僕は魔法を唱えた。
「『ファイアーボール』」
パチンコ玉ぐらいの小さい炎が10mぐらい飛び、岩に当たって弾けた。
「悪くないじゃない。指輪の制御を外してみましょうか」
「はい」
再度、魔法を唱える。指輪の制御はOFFだ。あれっ? ちょっと魔力多いかな。
「『ファイアーボール』」
ボォォーーーーー
ズガァァン
直径50cmの火の玉は、途中から右を曲がってさっきとは違う岩に当たった。
岩が砕け、火は飛び散り周りの草が燃えていた。
「『まずいわ! ウォッ、ウォーターストーム』」
魔法使いのお姉さんは、杖から渦巻く水流を呼び出すと、それを空中で操り岩に叩きつけた。岩は割れ、あたりは水浸しになった。
「すいません!」
「大丈夫よ、一応準備はしてたから……。でも、あれだけ曲がるとなると問題ね。魔力を溜めなくてもあの大きさの火玉が出るとは思わなかったわ」
「どうしましょうか」
「そうねぇ。今の指輪で制御をONにすると魔物相手には威力が足りない。OFFだとコントロールが効かない………。指輪を作り直して、制御力の少し弱いものにしようかしら」
問題はあの火の玉の大きさだ。
あれだけ大きいとどうしてもコントロールが甘くなるし、スピードも緩かった。あれでは相手に当てることはできないし、逃げることもできる。
「あのー、さっき水流を絞って岩にぶつけてましたよね。あれを火の玉に対して行うことはできないんですか?」
「できなくはないと思うけど……。やってみましょうか」
「はい」
何となく上手くいきそうな気がする。指輪の制御はOFFのままでやってみよう。
僕は何度か頭の中で火の玉を絞って打ち出すイメージを固め、それから杖を握りしめて呪文を唱えた。
「『ファイアーボール』、行けぇーーー」
大きな火の玉は瞬時に絞り込まれ、三つの小さな光る弾丸になった。炎の色は赤みを帯びたファイアーボールのそれではなく、白く眩い光の弾と化していた。それを打ち出すと以前とは比べ物にならない速さでとび、目標の岩の中心に着弾した。
ズゴッ
炎の弾は完全に岩を貫通した。
「凄い……わね。威力は十分よ」
「僕もびっくりしました」
「問題は呪文を唱えた後、飛ばすのに掛け声をかけないといけないことね。でも、何とかなるような気がするわ。あれだけの魔法を具体化させたと言うことは何か近いイメージがあったんじゃない?」
思い当たるフシはある。絞り込んだ火の玉の大きさは銃の弾丸のようだと思ったのだ。そう、思った途端、それを銃弾のように飛ばすイメージもできていた。
「はい。あれは僕のいた世界にあった『銃』という機械のイメージです。打ち出された弾は弾丸というのですが、それをイメージした途端、あのスピードで飛ばすことができるようになりました」
「真っ直ぐ飛ばせるようになったのはなぜ?」
「それは恐らく銃という機械の筒にはライフリングという弾を真っ直ぐ飛ばすための機構があるんです。それをイメージしたからじゃないか、と」
「なるほどね。だとすると、これはもう新しい魔法と言っていいと思う。だから新しい名前が必要よ。あの炎弾に因んだものがいいのだけれど……
そう言われた時、僕の頭にはいくつかの名前が浮かんだ。銃弾だとするとバレットまたはブレット。ただ、問題はハンドガンはいっぺんに三つの弾を撃つことはない。マシンガンとも違うし、散弾銃というわけでもない。
でも、どちらにしても銃弾を撃ち出すことに変わりはない。拳銃で一発撃つイメージができていれば、炎の弾を打ち出すことができそうだ。
「あります。いい名前が。『ファイアーブリット』と言うんですが」
「そう。それは一旦溜めを作らずに撃つイメージに繋がるの?」
「はい」
それから、僕は『ファイアーブリット』の練習を積んだ。
まず、呪文を唱えた途端に弾を撃ち出すことができるようになり、頭に連射が可能な高性能な拳銃のイメージが固まってからは、思い通りの威力と正確さで連続して岩を穿つことも可能になった。
「凄いわね。半日足らずでこれほどとは……。これがあれば、もう魔物を相手にしても安心ね。ひとまず、お昼にしましょうか」
「はい」
彼女は昨日とは違う種類のマルファルファと飲み物を用意した。
「今日は、リンプルの実とフレテルストのお肉を使って見たの」
「飲み物は何ですか? コーヒーみたいに見えますけど」
「コーヒー? それは知らないわ。これはラルパーニュと言うのよ。少し苦い大人の飲み物よ」
僕はサンドイッチとカップを受け取った。食べてみるとそれはまるでツナサンドに砕いた胡桃が入っているようなものだった。日本ではない組み合わせだが、悪くはない。マヨネーズの代わりに入っているのが昨日と同じブラウンソースなので、それがこの二つを調和させているのかも知れない。
そして、飲み物は……まんまコーヒーだった。
「これ、コーヒーだ」
「へぇ、君の世界ではこれをコーヒーって言うんだ」
「はい。僕は大好きなんです。1日に何杯も飲んでました。これがあるならこの世界でもやっていけそうな気がします」
「……そう。それは良かった。食事が済んだら、早く出発した方がいいわ。この時間なら暗くなる前に町に着けると思う」
えっ、今日で彼女とお別れなの?
長く厄介になるつもりはなかったけど、こんな急に切り出すとは思わなかった。
なぜ、彼女は僕を早く送り出そうとするのだろう。
「今日、町に行くことになるとは思いませんでした」
「私ももう少しかかると思っていたわ。でも、今の君なら大丈夫……。ここにはね。あんまり長くいない方がいいと思うの。だから力を付けた君は町に向かうべきだと思う」
僕はなぜかと聞きたかったが、彼女の様子からそれは許されないことなんだろうな、と思った。
食事が終わると彼女は小さな背嚢に水筒と木の実が入った包みを入れて渡してくれた。
「これでお別れね」
「お世話になりました」
「元気でいてね。もう、会うこともないとは思うけど」
寂しい。
こんなに唐突な別れとなるとは。
まだ、名前も知らないのに。
「ところで、お姉さん。名前はなんと言うんですか」
「私? 私の名前はリリィ・フォルブランド。でも、覚えていてくれるならリリィとだけ。お願い」
「……わ、わかりました」
僕は動揺していた。
日本にいた時、隣の家にいたあのお姉さんの名前は丸川百合香。
花の名前でこの魔法使いのお姉さんに繋がっていたとは。
もう少し、リリィと話をしていたい。隣にいた百合香さんとは話せなかったから。
「今までお世話になりました。僕はもう一度リリィと逢うような気がする。またね」
そう言って、僕は町に向かって歩き出した。
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