慧眼
@kinnikoushi
慧眼
「第113代総理大臣に榊清美君が指名されました」
会場に歓声と拍手が沸き起こった。
光司が
「榊さん、おめでとう。
とうとう成し遂げたね。光希の目は確かだった。
嬉しいよ」
と言って握手した。
「ありがとうございます。ひとえに皆さんのご尽力のおかげです」
清美は頭を下げると壇上に向かった。
胸の高鳴りと同時に頭の中でこれまでのことが駆け巡った。
まさか、こんな日が来るなんて……。
清美が自分の容姿が優れていると認識したのは
小学校高学年の頃であった。
身内から出る言葉は単なる親バカとわかっていたが赤の他人から度々可愛いと言われるようになったからである。
この時期は女性ホルモンと遺伝的な要素が出てきて容姿が徐々に変化する。
清美の両親は特に目立つ容姿ではなかったが、清美は良い部分を上手く受け継いだ。
自分の容姿は魅力的なのだと意識しても、用心深い性格の清美はそれを決して表に出さなかった。
一人娘の清美を溺愛していた両親は異性の存在が心配で中学受験し女子校に入るよう勧め、特に反発する気持ちもなかったので親の言われるまま猛勉強し名門と言われる女子校に見事に合格した。
名門女子校に入学しても清美の周りはまるで花に吸い寄せられる虫のように人が集まってくる。
同性といえどもやはり美しい者には惹かれるのだ。
清美はそばに寄ってくる者を決して拒まなかったが女子のグループという特殊な選別はクラスが変わるたびに入れ替わり最終的に秀子、優里、光希、そして清美の4人で過ごすようになった。
今までちやほやされてきた清美にとってこの3人は初めてあこがれの存在だった。
優里は母がデンマーク人、父が日本人で、道を歩いていると必ずスカウトから声がかかる美貌とスタイルの持ち主だ。
小さい頃から人形のような顔立ちで
「足が長くスタイルがよいね」
「顔が小さくて羨ましい」など同じ事を何百回も言われ本人はウンザリしているらしい。
ハーフゆえの苦労や悩みもあるようだが、光希から
「美を羨むのは人の常、あなただって自分が美人だとわかっていて今までずいぶん得してきたはずじゃない?」
と痛いところをつかれる。
光希は親しい友にはこのように遠慮なくものを言う。
光希は高名な議員の子で頭の回転が抜群で人を取りまとめるのが上手く生徒会長も務め、優里や清美とは違う意味で人気者だ。
秀子は寡黙な天才でダントツ一位、東大進学はあたりまえ、もっとその先を見ている。
我が道を行くタイプだが、光希とは幼稚園からの縁でいつも一緒にいた。
このメンバーに入っている清美はいつも不安だった。
私はなぜこの人達に受け入れてもらえたのだろう?
私はこの人達から見れば容姿しか取り柄のない凡人だ。
数合わせで偶然入れてもらったのだろうか……。
そろそろ進路の選択の時期になり毎日考えるようになった。
3人はもう大学も学部もとっくに決めている。
清美はまだ空白なのだ。
この3人といてもいつも話を聞くだけで、ほとんど自分から意見をいうことがない清美だが
とうとう勇気を出して聞いてみた。
「あの、みんなどうやって学部を決めたの?」
「清美はまだなの?」
「うん、何も」
「ふーん、まあそういう子はたくさんいるだろうね」
光希は
「ねえ、あまり難しく考えず得意教科で受けられる大学と学部を考えれば?」
「私……、おかしな事言うけれど3人と友達になれて本当に嬉しかったの。これからも3人と付き合っていくために何を目指せばいい?」
優里は笑って
「何、それ。清美はそんなに自分に自信がないの?
私は清美の顔が好みで声をかけたけど、中身がなかったら仲良くなんかしない」
光希も
「そうだよ。私も清美の顔と誰に対しても公正なところが好き」
秀子はその通りと無言で二度頷いている。
「私はいつも3人に比べてはるかに下だと思っていたの。みんながそう言ってくれてとても嬉しいけれど、何かアドバイスをもらえないかな」
光希が
「じゃあ、そんなコンプレックスの塊の清美に私の野望を話してあげるね。
私は日本初の女性総理大臣になろうと思っている。
そのためにとりあえず東大に入り最短で総理になる道筋を考えていくつもり。
今の総理は大体70歳前後でしょ。
私は50歳台でなって見せる。
もし清美が何も決まってないんだったら、議員になった時に私の政策秘書をやってよ」
「私を雇ってくれるの?」
「まだ先の話しだから確約はできないけれど、とりあえず政治や経済を勉強しておいてよ。一番に声をかけるから」
優里は
「女性の総理か。うん、いいね!私も応援する。
私は起業しようと思っているから、資金援助してあげる」
寡黙な秀子までも
「私は研究の道に進むつもりだからノーベル賞とったら光希を親友と宣伝するね」
と珍しく大口を叩いたものだから、それは最高とみんな大笑いした。
清美は
「わかった。じゃあとりあえずその学部目指してみる。
私目標ができるとやる気がでるの」
光希は
「そうそう、それでいいのよ。でも清美が大学に入って気持ちが変わっても全然かまわないからね」
2年後、光希と秀子は東大法学部、理学部に入学し清美は早稲田大学政治経済学部、優里は理工学部の建築学科に入学した。
優里が慶応第一志望を最終的に早稲田に変えたことは驚いたが、清美にとっては心強かった。
大学の雰囲気は高校とはかなり異なっていたが、講義以外は優里と一緒にいることが多かったので徐々に慣れていった。
優里はモデルのバイトを始め、あっという間に売れっ子になったが、授業にはちゃんと出席している。
清美は親からアルバイト禁止令がでていたため
合気道のサークルに入った。
幼少からピアノ、バレエ、水泳、そろばんなど一通り経験したが、大半は2〜3年で辞めてしまい唯一好きで続けられたのが合気道だった。
熱心に稽古し筋もよかったため二段まで最速でとり次は三段というところで中学受験と重なりあきらめたのでこのサークルを見つけた時は嬉しかった。
2年の部長榊聡介は五段の実力者で彼がこのサークルを立ち上げたのだ。
入学して半年たつと同じ学部の友達は何人かできたが、優里といると不思議なことに誰も寄ってこない。
美人二人は近寄りがたいからだとサークルの仲間から聞いた。
清美は女子校で6年間過ごしたせいで、異性には少し臆病になっていた。
光希や秀子は恋人はできたのだろうか?
優里はその手の話しは清美に絶対しない。
一度聞いてみたが、何人か付き合ったことはあるが今は好きな人はいないと言っている。
しかし最近清美の中で少し変化がおきていた。
サークル活動するようになり、榊が気になるようになったのだ。
こんな気持ちは初めてでわけがわからなかった。
それを優里はすぐ感じとって
「清美、もしかして好きな人できた?」
「なぜ?」
「雰囲気でわかる」
「私もよくわからないのに優里はすごいね」
「相手、紹介してよ」
「私が一方的に気になってるだけだから紹介しようがない」
「相手から何か言われたわけじゃないの?」
「そう、だからもう少し待って。結末は必ず報告するから」
「えーせめて誰だか教えてよ。私の方が男を見る目はあるから清美に相応しいかジャッジしたい」
「心配してくれるのは嬉しいけど、まだダメ」
優里は不満そうだったが、突っぱねた。
榊は3年の秋の大会で引退する。
あと1年でこの気持ちがどうなるのかわからないが、清美は毎日が楽しかった。
優里とはそれからも変わりなく一緒にいたが、この話題に触れる事なく、3年の秋になりいよいよ
榊は引退が迫ってきたある日話しがあると唐突に言われた。
「宝和さん、今誰か付き合っている人はいるの?」
清美は胸の高鳴りを抑え首を振った。
「サークル引退まで、我慢していたけれど君が好きなんだ。付き合ってほしい」
「はい」
あまりに早い返事に榊は頭を抱えて目をまん丸くし、一気に喋りだした。
「信じられない!人生一度くらい勇気をだしてみようと告白したけど、絶対フラれると思っていた」
清美は笑って
「なぜですか?」
「君みたいな美人に相手がいないわけないと思ってたから」
久しぶりに容姿の事を言われた。
優里といると忘れてしまうのだ。
「私の顔が気に入って好きになったのですか?」
「顔というより、合気道をやってる君の美しい姿から目が離せなくなった。
合気道は人の内面がでるから」
それから交際が始まり、優里や光希、秀子にも報告した。
優里は
「まあ、彼なら認める。でも少しでも嫌なことされたら我慢しないで必ず私に相談してよ」
と言ってくれた。
榊と付き合うようになり、なんとなくわかってきた。
優里、光希、秀子になぜ強烈に惹かれたのか、
彼女達は人と比べないのだ。
極端に言うと他人に興味がない。
この先の自分の目標のため、今何をすべきか考えて突き進んでいる。
以前光希に言われたことがある。
「ねえ清美、人と比べるなんて無駄な時間だよ。物差しなんて人それぞれだから。
私には100年生きても足りないくらいやりたいことが沢山あるの。だからそんな事に時間を費やす暇はない」
榊も彼女達に似ている。
合気道を極めていくため、生活の糧として検事になるという明確な目標を持っている。
清美と付き合うことで活力にはなったようだが、彼女の存在で彼が目標を変えることはない。
でも榊は優しく恋人として不満はなかったし、こうやって流されていくのも悪くないと感じた。
3年後榊は司法試験に合格し、清美は厚生労働省、光希は外務省に入り、優里と秀子は大学院に進んでいた。
進む道は分かれたが、4人はいつも光希の呼びかけで定期的に会っていた。
それからまた3年後清美は榊と結婚し妊娠中でもうすぐ産休に入る予定だ。
光希はカナダに外務次官補佐として赴任している。
優里と秀子はアメリカの大学で学んでいた。
離れても光希と優里からは様子を伝えるメールがしょっちゅうきていた。
そして10年後
清美は厚生労働省でまだ働き、聡介は高知の検察庁に移動となって単身赴任している。
優里とは相変わらずまめに連絡しているが、光希は今まで定期的にきていたメールが途絶え、秀子にも一年以上会っていなかった。
ある日、秀子からいきなり電話がかかってきた。
「清美……、光希が亡くなったって」
涙声でつまりながらやっと伝えた。
「え?……まさか……」
「明日、通夜だそうで私はこれから飛行機に乗るから着いたら連絡するね。優里は携帯つながらなかったのでメールで伝えておいたから」
「うん、じゃあまた後で……」
電話を切った後も信じられず、実感が湧かなかった。
しばらくして
光希の死……そんな馬鹿な!
なぜ?なぜ?なぜ?
頭の中で堂々巡りして混乱した。
まもなく優里からも電話がかかってきて話したが混乱は同じだった。
翌日秀子と再会し通夜の会場に向かう途中
「私も最近光希とは話してなくて……。
光希のお兄さんが私の母に連絡してくれて知ったので詳しいことは何もわからないの」
久しぶりに3人で会っても光希を失ったという悲しみで皆言葉が出なかった。
焼香後おそるおそる見た光希の顔は綺麗でまるでただ眠っているようだった。
でも確かにここにいるのは光希だ。
光希の家族、引退した元議員の父、母、兄は皆大泣きしている。
その後、光希は体調不良がずっと続き病院で検査を受けたところ急性骨髄性白血病と診断され即入院となったが、あっという間に症状が悪化し1週間で亡くなってしまったと知った。
その日は3人ともただ茫然として帰り、翌日の葬儀で出棺の際にまず秀子が
「ひどいよ、幼稚園からずっと一緒の私に何も言わずにこんな姿を見せるなんて!」
つられて清美も
「私だって光希との約束を忘れずにここまで頑張ってきたのにどうして!」
優里は
「私に敗北感を負わせたままいなくなるなんて許さない」
一斉に3人で棺にすがって泣き出した。
もうこれで光希の顔も見ることができないと思うとたまらなくなったのだ。
それを光希の家族は見て同じように泣きながら
「皆さん、ありがとう。光希にこんな友達がいてくれて私たちも救われました」
こうして光希を失った3人はまた元の生活に戻った。
清美は完全に気が抜けて
私は何のためにに仕事を続けていたのだろうか?
と考えてしまう日々だった。
それから3ヶ月過ぎた頃光希の兄光司が清美を尋ねてきた。
「すみません、突然で驚いたことと思います」
光司は光希より10歳年上で祖父の代からの地盤を引き継ぎ今は中堅議員として活躍している。
「私と光希は本当に仲がよくてね、彼女は政治家になるために生まれてきたような子でした」
「はい、私も光希の夢を聞いて生まれて初めてワクワクしました。だから冗談でも秘書をやってと言われた時自分の未来が開けたような感じがしたのです」
「私は父が引退した時、地盤は光希が引き継ぐべきだと考えましたが男子継承の古い慣習に逆らうことはできなかった。
でもそれならばこの道に進み上を目指し将来光希の助けになろうと考えたのです。
そして光希にようやくチャンスがまわってきたところで……残念です」
「私も光希の政治家としての姿を見たかったです」
光司はじっと清美を見て
「高校を卒業してから光希が貴方のことをよく話すようになった。
貴方には政治家の資質があると光希が言ってました」
「はぁ?意味がわからないのですが」
「そのままです。
確かに光希は総理大臣も目指せる器だった。
政治家としての確たる理念を持ち話術にも長けている。
その光希が羨んでいたのが貴方だった」
「いったい何を羨むのですか?」
「その容姿です」
「まさか、容姿なんて」
「光希は小学校の時、生徒会長に立候補して大差で負けたのですよ。いつも教師から学級委員に指名され自信満々だった彼女のプライドはズタズタです。
その相手はやる気もないのにただ皆から持ち上げられ立候補してしまった学校一の美少女でした。
それで思い知ったのでしょう。
実力など目に見えないものより、この世はやはり見た目が一番なのだと」
光司は一息つくと
「すみません、話しの意図がわからないでしょう。
ここからが本題です。
〇〇市の現市長が病気を理由に辞職し、選挙が行われます。
それに立候補していただきたいのです」
この人は突然何を言いだすのだろう。
凝視するしかなかった。
「光希が出馬する予定だったのです。
やっと夢の第一歩というところで病に倒れてしまった。無念だったことでしょう。
亡くなる前日に、もし自分が出られなかったら
貴方を説得してくれと頼まれたのです。
でも私も悲しみから立ち上がるのに時間が必要だった。
その間失礼ですが貴方の事を調べさせてもらいました。
光希の見込んだ通りの方だった」
「私の何が政治家に向いているというのですか」
「先ほど話したとおりまずその容姿、そして学歴や職歴も申し分ない。結婚して子供もいる。全ての条件が揃っています」
「買いかぶりです。私は今子育てと仕事で精一杯の毎日で、こんな私が政治家なんて目指せるわけないじゃないですか」
「なぜ決めつけるのです。光希から秘書と言われ頑張ってきたのではないのですか?」
「私は支える側になりたかっただけです」
「榊さん、もう一度ご自分の心の中を探ってみてください。そして光希が何故貴方を代わりにと言ったのか考えてほしいのです。
1週間後にお返事聞かせてください」
帰り道、ここまでの人生を振り返ると清美は自分で選んできたというより親や友達に方向を指してもらい歩んできたのだ、
光希を亡くすという人生最大の悲しみは経験したが、それまではなんの迷いもなく進んでこれた。
するとさっきまで断ろうと思っていた気持ちが少しずつ薄らいできた。
光希は自分がいなくなる前に私に道標を立てたのだろうか。
でも……、もし聡介さんに反対されたらやめる。
やはり今は家族が第一だ。
翌日、聡介に話してみると
「君がやりたいなら反対しない」
とあっさり言われた。
「え?本当にいいの?」
「俺は、高知にいるから協力はできないけれど
光司さんが助けてくれるのだろう?
ただし英のことだけは今まで以上に気遣ってやってほしい、単身赴任の俺が言えた義理ではないが」
中学2年の英は両親に似て穏やかな息子だった。
立候補の件を話すと
「その友達はよほどお母さんのことが好きだったんだね」
と意外なことを言った。
「確かに高校では仲がよかったしアドバイスもたくさんしてくれたけど、大学からは時々会う程度だったのよ。友達として私も大好きだけれど、それでなぜ私に後を任せたいのかはわからない」
「でもやろうと思ったんでしょ?お母さんも」
「そうね……お母さんて情けないと思うかもしれないけど人が道標を立ててくれるとやる気が出てくるの」
「情けなくなんかないよ。お母さんはどんなことも一生懸命だもの」
「私やお父さんにとって英が一番だから嫌だったら出ない、正直に言って」
「僕だってお母さんがやりたいことを止めるのは嫌だよ。だから好きにして」
「受けてくださったことには感謝します。
さてこれからですが、貴方は出馬によって今の職歴を捨てなければならない。
もし落選すれば無職となります。
その覚悟はありますか?
誘った私が突き放すようなことを言って申し訳ないがリスクを伴うことを確認しておきたいのです」
「今の職は少しでも光希の役に立てばと選んだもので彼女を失った今なんの未練もありません。
それに当選する確率は少ないこともわかっています。
私はここでやらなければ後悔すると思ったまでです」
「これから貴方はとても忙しい日々を送ることになる。
私と二人でこうやって話すこともしばらくないでしょう。
光希と考えた未来のシナリオを今話しておきます。
これは貴方の頭の隅に留め家族にも決して口外しないようお願いします。
まず市長選で勝利→問題山積の市を立て直し市民の信頼を得て名を轟かす→都知事選に出馬して勝利→ここでまた手腕を発揮する→新党結成→国政に打って出る→党首の貴方は連立野党で過半数を取り総理になる。
ざっとこんなところです」
清美はポカンとして
「はあ、あまりに壮大で……。
私は目の前にある課題をこなしていくだけです。
あとは光司さんや周りの方の判断におまかせします」
光司は笑って
「それがいい、光希と私の夢を知っておいてほしかっただけですから」
こうして清美は市長選に向かって動きだし、新たな仲間として選挙コーディネーター圓子寅雄が加わった。
圓子は光希の東大の同級生で彼の統計解析の才能を見抜き清美と同様に自分の夢の実現のため勧誘した人物だ。
彼は大学を卒業しても就職せず、海外を放浪していた。
変人でほとんど友達もいないが、光希は彼にとって唯一心を許せる相手だった。
日本に戻ってからも定職につかずバイトで暮らしていたが、いよいよ光希が活動を始めることになり光司に圓子を仲間に加えたいと要望したのだった。
光司はまず実力を知るため地方で行われる選挙の候補者を紹介したが、面談した圓子は自分に値する人物ではないと断ってしまった。
はたして圓子は本当に役立つのか疑問を感じたが光希の勘を信じて清美に会わせると、即引き受けたのだった。
そして無所属で立候補した清美は知名度ゼロからのスタートだったが、圓子が立てた戦略通りに選挙活動を行うと大差で勝利した。
ここから清美の快進撃は始まる。
開かれた市と銘打ち市民の声を常に聞き、魅力的な街作りを進め企業誘致にも成功した。若い世代の人口は増え15年ぶりに財政黒字を成し遂げた。
市民から絶大な支持を得ると4年の任期満了とともに勇退し都知事選の準備に入った。
功績を上げたとはいえ、全国的にはまだ無名の清美だったが、これも圓子の緻密な戦略と市長時代に知り合った仲間の協力で下馬評を覆し僅差で当選を果たしたのだった。
「バンザイ!バンザイ!バンザイ」
選挙事務所は熱気に包まれている。
メディアや記者であふれかえり今清美のインタビューがおこなわれるところだ。
隣には聡介と英がいる。
後ろには圓子と応援してくれたサポートの人達が並んでいた。
それを離れた目立たない場所から優里が感慨深く見ていた。
優里はサウジアラビアのホテル王の息子サルマーンの妻になっていた。
アメリカ留学時に知り合いずっと熱烈なプロポーズをされていたらしいが優里を知る誰もがまさか受けるとは思ってなかった。
今では子供も一人いて彼と共に世界を飛び回る生活だ。
そんな彼女だが、都知事選には応援に駆けつけ
資金も援助してくれた。
「光希みてる?私達の清美が都知事になったよ。
清美は今一直線に光希が目指した道を行ってる」
優里は学生時代の光希に思いを馳せていた。
光希が進路で迷っていた清美に誘いをかけた時点で優里は負けた。
優里と光希は清美が好きだった。
でも光希の好きは優里とは違う。
光希は総理になるまでずっと清美を側において彼女の美しい容姿を利用することを考えていたのだ。
確かに清美は映える。
政治家といえども顔は大事だ。俳優上がりの大統領が他国にいるように民衆は顔、声、スタイルなど中身よりそのスター性に惹かれてしまうのだ。
光希は清美を政策秘書という名目でこの世界に引き込みいずれは政治家にさせ、自分が総理になった時官房長官として横に置きたかったのではないだろうか。
それに比べ優里はもっと純粋に好きだった。
清美のそばにいたい……その思いだけで大学も志望校を変えた。
榊と恋に落ちてもノーマルな清美はいずれこうなることはわかっていたので受け入れられた。
ただこの先清美と道は別れる。
このままでは光希に負けたままだ。
それなら今は一旦清美と離れようと大学院を卒業すると留学した。
この留学先で今のパートナー、サルマーンと知り合ったのだ。
彼は出会った半年後からラブレター付きのプレゼントを頻繁に送ってきた。
優里がキッパリ断ると次は仕事を一緒にしないかと誘われた。
彼が任されたホテルのインテリアデザイナーとしての仕事だ。
動機はともかくこれは優里にとって自分の実力を発揮できる願ってもないチャンスである。
迷うことなく引き受けインテリアデザイナーとしての一歩を踏み出し、そのホテルが優れた内装部門で賞を受けた。
サルマーンは
「ほら、君の才能を見抜いた僕はすごいだろう?
優里、君をもっと高みに連れていけるのは僕だけだよ」
と自信満々に言う。
その通りかもしれない。光希が清美を利用して高みに登ろうとするならば私もこの人を利用して高みに登ればよいのだ。
サルマーンは生まれながらの大富豪という環境に甘んじることなく留学し学生と実業家の二股でも首席を維持した努力家である。
一夫多妻制の国ゆえ、もうすでに親の決めた妻が1人いて子供もいるらしいが優里はそんな事は気にならなかった。夫とベッタリ一緒にいる夫婦生活など望んでいないし、むしろ優里の求めるパートナーとしては理想的だ。
清美をまたこちら側に振り向かせるチャンスがあるなら世間からどう思われようがかまわない。
優里はサルマーンのプロポーズを受けた。
そこへ光希の突然の死の知らせである。
清美を巡って張り合ってたライバル兼親友を失ってしまった。
光希、秀子、清美と4人で過ごしたあの時がダイヤモンドのように光輝いて今でも脳裏に焼きついている。
喪失感でしばらく引きこもっていた時、清美から市長選に出馬すると言われ光希からしっかりしろとビンタを喰らったような感覚だった。
光希は清美を政治家にする野望をあきらめていなかったのだ!
もう私に清美の道を変えることはできない。
そして今流暢に演説する清美を見て出会った頃からは想像もつかないこれが本来の清美の姿なのだとわかった。
「ここに今私がいられるのは、私を政治の道に誘ってくれた友、サポートしてくれた家族やスタッフの方々、そして何より選んてくださった都民の
皆様のおかげでございます。
ここからは期待に応えるべく同じ目線に立って
精一杯努めますのでどうぞよろしくお願いいたします」
清美は都知事任期4年をつとめると再選され8年目になった時に光司や考えを同じくする仲間と共に新党「翼」を立ち上げた。
自分と光司そして15名の同志を任期満了に伴う衆議院選挙に出馬させ、全員当選という快挙を成し遂げたのである。
新風を巻き起こした翼の党はその後も議席数を増やし清美は57歳になった時、翼の党の党首として国会で過半数の議席を得て内閣総理大臣に指名されたのであった。
「
慧眼 @kinnikoushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます