わたしを捨てないでください

川詩夕

お誕生日おめでとう

 初めての出会いはあなたが三歳の誕生日を迎えた日でした。

 プレゼントの包装をめちゃくちゃに破り捨てる音が聞こえてきた後、暗闇の中へ眩い光が差し込んできました。

 あなたは小さな両手でわたしの身体を掴むと勢いよく持ち上げました。

 じっと私の瞳を見つめた後、可愛い可愛いと何度も言って抱きしめてくれました。

 あなたの無邪気な温もりを身体いっぱいに感じることができて凄く嬉しかったです。

 一緒に遊んで、一緒にお茶会をして、一緒に眠りました。

 お家からお外へお出掛けする時もわたしを連れて行ってくれました。

 どこかで引っ掛けてしまったのかは記憶が定かではありませんが、気が付くとわたしのお洋服が破れていました。

 あなたは泣きながらママに破れてしまったわたしのお洋服を見せました。

 ママは大丈夫と微笑みながらわたしのお洋服を丁寧に縫ってくれました。

 わたしの破れたお洋服が元通りになると、あなたは笑顔でママの周りを飛び跳ねて喜んでいました。

 私も嬉しくて思わず笑みが溢れました。

 雨上がりにお外にある砂場で一緒に遊んだ後、あなたとわたしは泥んこになりました。

 そんな時はママがお風呂まで連れて行ってくれて、パパが石鹸を使って一緒にキレイに洗ってくれました。

 ぽかぽかのお風呂に入った日はあなたと一緒のベッドで眠れなかったけれど、わたしは幸せで胸がいっぱいでした。

 わたしはあなたのおかげで素敵な日々を過ごすことができました。

 わたしはあなたが大好きです。

 わたしはあなたのママが大好きです。

 わたしはあなたのパパが大好きです。

 わたしはあなたの優しい家族が大好きです。

 *

 星は巡り月は瞬き、あなたが七歳の誕生日を迎えたあの日のことが一時も忘れることができません。

 わたしは二階にあるあなたの部屋のベッドでうつらうつらとしていました。

 時折、あなたのママとパパがはしゃいでいるような声が聞こえてきました。

 お昼頃、あなたのママとパパはあなたのバースデイケーキを作っているようでした。

 二階にある部屋の中まで、微かに甘い香りが届いてきたのを覚えています。

 夕方頃、突然あなたのママの悲鳴が聞こえました。

 お皿が何枚も割れる大きな音も聞こえました。

 どたばたと騒がしくなり、何か暴れているような音、床を踏み鳴らす音が聞こえてきました。

 今度はあなたのパパの怒鳴り声が一度だけ聞こえました。

 わたしは驚きのあまりに目が覚め、ベッドから飛び起きました。

 部屋から出ると二階から恐る恐る階下を見下ろしました。

 廊下に異変はなく、リビングの方から何かを引きるような音が聞こえました。

 その後、玄関の扉が勢いよく開き、小学校規定の帽子を被ったあなたの姿が見えました。

 あなたは鼻歌まじりにリビングへ繋がる扉を開きました。

 二階からはあなたの姿が見えなくなりました。

 直後にあなたの絶叫が家中へと響きました。

 わたしは慌てて階段を下りようとして、足を滑らせてしまい階段から転げ落ちました。

 急いで立ち上がり廊下を進みリビングへと入りました。

 そこには見ず知らずの背が高い女性が居ました。

 台所であなたのママが血を流して倒れていました。

 リビングであなたのパパが血を流して倒れていました。

 背の高い女性は手に血まみれの刃物を持ち、汚れた靴を履いたまま、あなたのお腹を容赦なく何度も踏ん付けていました。

 あなたは涙を流し、苦しげな呻き声を発していました。

 わたしは台所のテーブルに置かれていた包丁が目に入りました。

 きっとあなたのママがバースデイケーキにフルーツを盛り付ける為、準備していたのでしょう。

 わたしは包丁を手に取り、背の高い女性に向かって投げつけました。

 包丁は背の高い女性のお尻に突き刺さった後、そのまま貫通してリビングの真っ白な壁に突き刺さっていました。

 綺麗な壁を血で汚してしまって、ごめんなさい。

 背の高い女性は甲高い悲鳴を上げて後ろへと振り返りました。

 背の高い女性はわたしの姿を捉えると一直線に近付いてきて、血まみれの刃物をわたし目掛けて振りかざしました。

 わたしの右手は一瞬にして吹き飛ばされて中身の綿があらわになり、右目のボタンは削ぎ落とされ見失ってしまいました。

 わたしは残された左手で台所のテーブルの上に置いてあった生クリームの付いたパレットナイフを持ち、背の高い女性の首元を狙って投げつけました。

 パレットナイフは背の高い女性の首に直撃して首がごろりとげました。

 テーブルの上に置かれていたあなたのバースデイケーキの上に、背の高い女性の首がイチゴみたいにずぶりと乗っかりました。

 台所に背の高い女性の血の雨がざあざあと降りました。

 わたしはリビングで仰向けに倒れているあなたの元へと駆け寄りました。

 あなたは返り血を浴びてズタボロになったわたしを見つめた後、気を失ってしまいました。

 *

 それから何日が経ったでしょうか……。

 あなたはビニール袋に詰められた血まみれのわたしを一目見てこう言いました……。

「いらない」

 あなたが大好きです……。

 あなたのママが大好きです……。

 あなたのパパが大好きです……。

 あなたの優しい家族が大好きです……。

 わたしが取った行動は間違っていたのでしょうか……。

 わたしのことを可愛いと言ってください……。

 わたしのことを抱きしめてください……。

 わたしを捨てないでください……。

 わたしをどうか……。

 わたしを……。

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わたしを捨てないでください 川詩夕 @kawashiyu

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