第10話 涙の後の語り合い

食事が終わって食器を片付け終わってからも、夏音が寝る前にいつも飲んでいたらしい蜂蜜入りのホットミルクを飲みながら話は続いた。

因みに、夏音は頭痛がよく起きて、特に人ごみの中だと辛いらしい。周りからの圧迫感があるんだとか。

そういえばホットミルクには頭痛を和らげる効果もある、なんてことを家庭科の先生から聞いたことがあった気がする。夏音が飲んでいたのもそのためかもしれない。私もたまにホットミルクを飲むけど、リラックスできるし寝る前にはぴったりの飲み物だな、と思った。


話してるうちにだんだんと気づいてきたことだけど、夏音と私は意外と似ていることが多かった。数学が苦手なこと、肉よりも魚派なこと、海が好きなこと、夏が好きなこと……挙げればキリがなくて。


見た目も似ていないし、出自だってもちろん違う。生まれてきてからそれぞれ違う道を歩んできたけど、こんなに同じことが多いなんて、やっぱり神様が私たちを引き合わせてくれたんじゃないか、なんて私らしくもない詩的な言葉が頭をよぎった。


「…………えっと、あの人ごみの中で頭痛薬が切れてからは、もう限界で……あそこで倒れてたんだ。」

「なるほどね…………話してくれてありがとう。」

「こちらこそ、聞いてくれてありがとう……ねえ、良かったら貴女の話も聞かせてくれない?」

「私?私の話、か……」

「あ、話しづらかったら話さなくてもいいよ……」

「ううん、そうじゃなくて……私って一人暮らししてる以外は、なんというか、『普通の女子高生』だから、そこまで特別なこともないし……話すこともないからつまらないよ?」

「ううん、私も貴女のことならもっと知りた……じゃなくて、ほら、私って田舎の学校に通ってたから都会の学校のことを知りたいんだ……」

「そっか……うん、分かった、えっと……」


私の今まで生きてきた人生の中で、話のタネになるような事なんてない。それこそ、夏音と出会ってからの一日は今までの私の人生の一年間くらいの濃さがあった。


それでも、夏音は『普通の女子高生』を知りたがっているし、どっちにしろそのことしか話せないから、飾らずそのまま私の人生を伝えた。


生まれてから小学校に入るまでは特に代わり映えもない普通の子供だったこと。

小学校に入ってからも、ある程度の関係の薄い友達がいて、中心でも端でもない、どっちかというと端寄りの立ち位置にずっと居続けていたこと。

変わらなきゃとも思わず、なんとなく中学校に入学してからもあまりそれは変わらなかったこと。

そして、中学三年生の時にようやく変わらなきゃと思い始めて、いつの間にか決まっていた第一志望に受かったら一人暮らしをさせてほしいと家族に頼んだこと。

無事志望校に受かって一人暮らしを始めてからは少し日々に面白みが出てきたけど、結局何でもない私なことは変わらないから変わろうとしていたところに夏音と出会って、一気に『普通じゃない人』になれたこと。


そんな中身のないことを一通り話し終わって、ホットミルクを一口飲んでのどを潤してから改めて夏音に言う。


「えっと、こんな感じかな……ね、やっぱり面白くなかったでしょ……?」

「ううん、私は普通を知らなかったから、面白かったよ……それに、私も貴女のためになれてたってことがわかって、嬉しかったんだ……ほら、私って貴女からいろんなものを貰ってばっかりじゃない?だから、少しでも貴女の為になれてたことが嬉しいんだ……」

「……っうん、ありがとう、貴女は私の為になってるよ……」


……笑顔とともに放たれたその言葉は、私の心に不思議な感情を抱かせるのに十分な威力を持っていた。

私の心はすっかり動揺して、もっと気の利いたことだって言えたかもしれないのに、よくわからない返事しかできなかった。

きっと私の顔はいま熱を持って、さらに桃色に染まっているだろう。

私は持ったことのない感情。それでも、これはあまり人に知らせるべきではないものだということは分かる。

少なくとも、夏音には知られないように。私はこの想いを心の奥に押し込んで自分を落ち着かせることに苦労することになった。



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