第2話 彼の影を探して

 それから毎朝、レイミアは教会の仕事を手伝い終えると街中へと向かう。その頃には既に日は高く昇り、人々のにぎわいも結構なものである。その中をレイミアは辺りを見回しながら歩いていた。


街の中心を貫く大きな通りには、道の両側に店が並んで立っている。野菜や果物を並べている店、珍しいアイテムを売る店、日用品を売る店、様々なものが並び、どの店にも人々が集まっている。その中から一人を見つけるというのは簡単ではない。レイミアは店で売られているものには目もくれず、ひたすら通り過ぎていく人たちの顔を目で追っていた。


(それにしても人が多いわ。昨日よりも多い気がする)


 と、レイミアは困惑しながら道を進む。その先には大きな石造りの城がそびえており、存在感を放っていた。大通りは王宮に向かっており、やがて大きな円形の広場となる。そこから道は枝分かれし、直線でつながっているのが王宮への道だった。王宮への道は立派な門がつけられており衛兵がそれを護る。一般市民はそこからの出入りは禁止されているようだった。


(すごい……こんなに大きな広場!それにお城……本当に立派だわ)


 レイミアは広場に立ち尽くし、眼前の城を見上げる。目もくらみそうなほどに大きな城から目をそらすと、レイミアは改めて辺りを見回した。


レイミアは店を見てみようと建物に近寄る。店も広場の景観に合うように作られ、大通りほどの派手さは無いが中はたくさんの物が売られているようだった。レイミアが近寄ったのは武器専門の店のようである。窓には大きな剣が何本か飾られていた。


(ここも人がいっぱい、探すに探せないわ)


 自分には縁の無い店に入るのをためらったレミアはやれやれ、と窓から中をうかがう。店の中は客が何人かおり、入念に品定めをしているようだ。だがはっきりとは見えず、そしてシャルヴィムがいるような感じでもない。レイミアはあきらめて歩き出すと、店の壁に張ってある一枚の紙に目を留めた。


「『第7回クランブルク闘技大会』、クランブルク・コロセアムで開催……」


 そんなものがあるのか、とレイミアはため息をつく。そこへ店から出てきた2人の男がなにやら楽しそうに話をしながらレイミアの横を通っていく。


「おい、本当らしいな噂は」


「やたら強い奴が今回はいると聞いていたが……賭けはそいつに決まりかな?」


(賭け事、そういうモノなのね)


 レイミアは眉をしかめながらその男達の会話を横目で感じる。


「さぁね、案外弱くなっているかもしれんから一度試合を見てみるべきだな」


 男のひとりは意地の悪い声でそう言う。もう1人は負けじと楽しそうに言い返した。


「だが今のところ負けなしなんだろう?」


「他の奴が弱すぎるのかもな!最終戦ではどうなるか」


「お前はよっぽどそいつが気に食わんらしいな!」


 当たり前だ、と言われた男は真剣な顔になる。


「俺は前回準優勝だったヤツに賭けてんだ。あいつは今回すごく強くなっているって聞いて……それがそんな久しぶりに現れた『黒狼』なんかに優勝を奪われてたまるかってんだ!」


(『黒狼』ですって!?)


 レイミアは鮮明に聞こえてきたその単語に思わず男達の方を振り返る。だが、男達は楽しそうに話しながらすでに遠ざかっていた。追いかけようとしたが足は止まり、頭の中に先ほどの男が放った単語が駆け巡る。


(『黒狼』……まさか……でも確か他の村でもそう呼ばれていた気がするわ。偶然の一致かもしれない。でも、ここまで不自然に姿を現していないのだとすると、例え人が違っていてもその闘技会に出ている可能性だってある……)


 レイミアは顔を上げると大通りの元来た道を帰り、教会へと急いだのだった。






「コロセアム?」


 息を切らせて帰ってきたレイミアの問いに、モディナはそのまま問い返した。手にしていた本にしおりを挟むと静かに閉じる。


「……ええ、『闘技会』があると街の張り紙にあったのですが、ご存知ですか?」


「知っていますが……何故?」


 レイミアはふぅっと息を一息はく。


「護衛をお願いしている人が、それに出ているかもしれないんです」


 ああ……とモディナは納得した声を出す。


「闘技会はここ10年ほどで始まったものなのですが、今ではクランブルクの有名な催しとなっているのですよ」


 モディナはレイミアに座るよう促した。レイミアは先ほどとは違って静かにゆっくりと席につく。それを見計らってモディナは言葉を続けた。


「腕におぼえのある剣士が戦い、その年の優勝者を決めるのです。かつては単純に強い剣士が見たいというような感じでしたが、最近では賭け事の対象になっていると聞きますし、ならずものの観戦も増えているといいます。そのせいかクランブルクの治安もあまり良いとは言えなくなってきました」


「……賭け事の話をしている人を見ました」


 ええ、とモディナは頷く。


「どういう試合形式かは知りませんが、毎年大いに盛り上がっているようです。なんでも上位の勝者には結構な額の賞金がもらえると、もっぱらの噂です」


「賞金……」


 レイミアはシャルヴィムの行動を思い出す。どこかの街でも不意にいなくなって『資金稼ぎをしてきた』と現れたことがあった。金が目的であれば闘技会に出ている可能性は高い。


(私が前もって報酬を支払うべきなのかしら……)


 なかなか姿を見せない理由にレイミアはそれを思い浮かべた。


「ですからコロセアムの近くにはあまり寄らない方がよろしいですよ。気がかりなのはわかりますが、貴方の身に危険が及ぶかもしれませんから」


「そ、そうなんですね」


 レイミアはそう言うと目線を下に落とした。モディナはそんなレイミアを見て小さくため息をついた。


「姿をここに見せたことが無い人だというのに、信用されているのですね」


「……するしか、ないですから」


 ため息混じりにレイミアは言った。


「こういうのもなんですが、試合に出られるほどの腕はあるようですが、完全に信用するのは危険だと思います。大体素性もわからず、コロセアムに出入りするような人……用心なさった方がいいかもしれませんわ」


 はい、とレイミアは力なく頷く。確かにクランブルクで別れてからというもの、シャルヴィムは一向に姿を見せないし、怪しまれて当然の部分もある。それ以前に彼は暗殺の仕事を請け負っていたという裏社会の存在であった。いつ何があってレイミアの命が脅かされるかという危険は常にある。


それでもレイミアは頼むしかないのだ。黒の騎士を探す旅は、もはや自分の力だけでは乗り越えてゆくことの出来ない所にまできてしまっている、と感じているからだ。


「一週間、そう言われたんです。それまでは待ちたいと思います。それがダメなら……その時に考えます」


 モディナは静かに頷くだけだった。レイミアは静かにモディナのいた部屋を出て、ゆっくりと泊めてもらっている部屋へと帰っていく。顔はうつむいたまま、ため息が不意にこぼれる。


(わかってる、モディナ様の言うとおりだもの。でも……私がお願いしたこと。私にだって責任があるはずよ)


 レイミアは部屋に入りドアを閉めると、そのままその場に座り込んだ。


(だからこそ……もう一度会って真意を)





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