交錯する闘いと祈り ー旅の神官と暗殺者ー

あかつきりおま

第1話 旅の経緯

 

 光である「ジュルレ」の宝玉が闇に飲まれた。


 闇は虎視眈々とその機会を長年に渡ってうかがっていたのだ。

 ゼスト山神殿に安置されていたジュルレは、長年持ち主を定めず、力を失いかけていた。


それを知っていた闇は、世界を全て我が物とするために


 光の元を闇に取り込んだ。


 世界は闇へと転じ始めた。


 清らかな風は澱み

 青き空は陰り

 善良な心は荒み


 世界のあらゆるものから光が段々と消えていく。



 ゼスト山神殿に勤める神官、レイミア・ユウは自らの使命感と大司祭からの命をを受け、『闇を光に』して世界を救うとされる存在、『黒の騎士』を探すために下山する。


 だがろくに旅をしたことのない若き女神官は、早々危険な目に遭うのだった。


 そこへ通りがかった、覆面で黒ずくめの男がその窮地を救う。覆面から覗く冷たく憂いを帯びた碧い眼差し。目の前で行われた命を絶やす行い。恐怖におののきながらも彼女の口から出た言葉は


「旅の護衛を……お願いできませんか?」


 その黒ずくめの男の名はシャルヴィム、と言った。『黒の狼』の二つ名を持つ暗殺者。標的の血を流すことで食いつないできている。シャルヴィムは意外にもレイミアの申し出を受け、着いていくことにしたのだった。覆面を取ってみれば、レイミアとそう大きく年は離れていないように見える。だが、レイミアにとってはなぜか大きな年齢の差を感じていた。


そんな彼らは『黒の騎士』を求め、この世界の大多数が信仰するワーズナ教のかつての聖地、コンプリカタウンを目指して旅を始めたのである。その道中でまずは王都クランブルクへ立ち寄ることになった。





「……すごい。なんて活気のある街!」


 レイミアは思わず声を上げた。今までいた大陸には無い規模の広さであったし、勿論店の多さも人の多さも、今まで見た中で一番であった。そして暮れ行く街の中に見出す巨大な城、それが王都たる所以の場所であるのは間違いなかった。


シャルヴィムはそんな港の様子を別段気にも留めず、レイミアの先を行こうとする。レイミアは周囲をきょろきょろと見回している間に、シャルヴィムとの距離をあけられ、慌てて追いかけた。一つの大きな三つ編みに束ねられた金色の髪が背中で跳ねる。


「す、すいません!つい珍しくて」


「急がないとこの辺は暗くなる。街の散策は明日でもいいだろう?」


 その通りだわ、とレイミアは謝りながらついていく。シャルヴィムは慣れた足取りで迷うことなく街の中を進んでいった。早めの歩調は、夜の風景にいとも容易くその黒いターバンとマント姿を溶かしてしまいそうである。


クランブルクの街は広く、どこまで歩いても街の明かりが煌々と点き、人々もたくさん出歩いている。レストランや宿も多く、泊まる場所には困らなさそうであった。その繁華街の真直ぐな道の先には壮大な石造りのクランブルク城が堂々とそびえ立つ。


シャルヴィムは歩いていたその足を止め、くるりとレイミアのほうを振り返った。あまりにも急で、レイミアは自分よりもかなり上にある顔を慌てて見上げる。その顔はいつもと変わらない無表情。冷たい、突き刺すような碧眼。


「この辺が中心地になるな。休めるところを探すといい」


「あ、はい。シャルヴィムさんは……?」


「まだ街を見てくる。明日の朝にはここに戻るつもりだ」


 どこへ行くんですか? と言いたいのを抑えてレイミアは頷く。頷いたのを見てシャルヴィムは黒いマントを翻し城の方へと向かっていった。あっという間にシャルヴィムの姿は人にまぎれて見えなくなってしまう。


レイミアは仕方なくまずはワーズナ教の教会を探すことに決めた。これだけ大きければ教会に宿泊できるだけの場所はあるだろうし、安く泊まれるだろう。


 幸いなことに、教会はレイミアが1人になったところからそう遠くは離れていなかった。ゼスト山の神殿には及ばないが、大きな街らしく、千人は収容できそうな大きな礼拝堂が建っている。その敷地内に聖職者達の事務所のような建物がいくつかあった。レイミアはその門を叩く。






「それは大変でしたね」


 お茶を机の上に出しながら女性の神官は答えた。レイミアよりは年もいき、神官としての仕事も長年こなしているようである。黒髪を一つにまとめ上げ、服装も1日が終わるというのに綺麗に保たれている。きっちりとした雰囲気の神官はモディナといい、レイミアがゼスト山からここに来るまでの話を親身になって聞いてくれた。


「泊まるところは心配しないでください。部屋は余っていますからそのお連れの方も泊まっていただけますよ」


「あ、ありがとうございます!」


「今日はもう大司祭様はお帰りになられたので、また詳しいお話は明日聞かせていただきますね」


「はい、その時にゼスト山神殿からの書面をお見せいたします」


 と、レイミアはまた深く頭を下げた。話を一通り終え、モディナは席を立つとレイミアを宿泊する部屋へと案内する。


「レイミアさんはお幾つでいらっしゃるの?」


「あ、はい、私は18になりました」


 まぁ、とモディナは微笑んだ。


「私も確かこの仕事を始めたのが貴女位の年でしたわよ。とても懐かしいわ」


「そうなんですか? モディナ様はずっとクランブルクの教会に?」


「ええ。私はずっとここに住んでいるの。他の町に住んだことはなくて……一度だけコンプリカ大聖堂へ訪れたことはありましたけれど、昔の話ですね」


 モディナは苦笑しながらそう言った。


「コンプリカ大聖堂……どんなところなんですか?」


 ワーズナ教の聖地、コンプリカタウンはワーズナ教に関わる人たちにとっては憧れの地であり、いつも各地からの信者達が祈りを捧げに訪れてきている場所であった。それだけにクランブルクに次ぐ規模の都市にまで発展していった。


「大聖堂はとても素晴らしいものですよ。水の気と風の気で護られ、光が礼拝堂に満ち……聖地と言われるわけがすぐにわかりました。街としてもとても魅力的で、クランブルクに負けないほどでした」


 そう言ってからモディナはことばを止めた。それにレイミアが怪訝そうにモディナの顔を見る。


「……ですが今は聖地としての役割は、最早果たせないほどに荒廃したと聞いています」


 レイミアもはっと思い出して表情を曇らせた。


「レイシェル様がお亡くなりになられて以来、ですね」


「ええ……」


 しばらく二人はことばを交わすのをやめた。


無理も無い、聖地コンプリカは盗賊団の大規模な襲撃によりその街はことごとく破壊され、水と風の気で護られている大聖堂も無傷ではなかった。女性聖職者の最高位である巫女長のレイシェルは、その野蛮な刃に倒れたのである。それ以来コンプリカ大聖堂は無人の聖地と成り果てた。


それから会話はそこそこに、モディナは宿泊できる場所をレイミアに案内した。安心して眠れる場所が久しぶりだったので、レイミアはすぐに深い眠りへと落ちる。





 翌朝、夜明けと共に起床したレイミアは、朝の支度を一通り済ませると、シャルヴィムと別れた場所へと足を運んだ。街は既に店の開店準備で動き出している。到着したのが夕方だったので場所を正確に覚えられなかったレイミアは、大通りをきょろきょろしながら歩く。だが、すぐに黒衣の男を見つけると真直ぐに歩き出した。


「おはようございます」


「……ああ。宿は取れたのか?」


「はい、クランブルク教会の施設をお借りできました。シャルヴィムさんのお部屋も用意してくれています」


 シャルヴィムは答えずに頷いた。


「それなら大丈夫のようだな。多少治安は悪くなっているが問題ないだろう」


「お部屋……行きますか?」


 レイミアの問いにシャルヴィムは返事を躊躇してから、短く答える。


「まだ、いい」


「そうですか……」


 どうして、と聞きたいのをレイミアはぐっとこらえる。おそらく聞いたところではぐらかされるだろうと考えた。


「武器や道具の調整で一週間ほど滞在することになるが、構わないか?」


「え? あ、はい……私も教会で黒の騎士に関係する文献を探したいので……大丈夫です」


 意外なシャルヴィムからの提案にレイミアはキツネにつまされたような顔になる。そして何も考えずにそう返事した。


「ならいい」


 それだけ短く答えるとシャルヴィムは踵を返す。状況のつかめないレイミアは慌てて声をかける。


「え? あの……」


「お前は教会にいるんだな?」


「い、いますけど、シャルヴィムさんは?」


「用事がある。お前には関係の無いことだし、首を突っ込むべきではない」


 ぴしゃりと言われ、レイミアは首をすくめる。シャルヴィムは少しだけ振り返り


「用が済めば教会に行く。それまで待っていろ」


 と、足早にまた街の中へと消えていった。レイミアはただ呆然と街の中で立ち尽くし、その背中を見送ることしか出来なかった。








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