歩きスマホ「デスゲーム」

渡貫とゐち

分かっていれば簡単だ


 手元のスマホを見ながら歩く人がいる。

 というかそういう人ばかりだ。

 朝の通勤ラッシュ時。

 駅構内は人でいっぱいだった。

 今にも溢れんばかりの人、人、人……

 これが毎朝となると、サラリーマンをやっている人は慣れてくるのだろうか。


 手元のスマホを見るサラリーマン(……に限らずだけど)たちは手慣れているのか、言葉なきコミュニケーションなのか――肩と肩がぶつかることなく、それぞれが己の道を行くようにスムーズに駅構内を進めている。

 トラブルもなく……。

 目の前で見るとすげえと思う。

 戸惑うのは僕くらいなものだった。


「……よし、いこう」


 デスゲームに巻き込まれた僕は第一 関門ステージを言い渡された。


『朝の通勤ラッシュ時を再現した駅構内だ。キミにはこのエリアで誰にもぶつからずに出口を探してもらいたい。出口は隠しているわけではない、そんないじわるはしないさ。駅構内の案内図を見ればすぐに見つかるだろう……、簡単かな? ならばやってみせてもらおうじゃないか』


 音声のみだった。

 映像はブラックアウトのまま……スマホの画面はうんともすんとも言わなかった。


 当然ながら声も変えられていて――くぐもった声で相手の正体は分からない。

 男性か女性かも分からず……ただ、サラリーマンっぽいとは思うけど。

 じゃないと再現度高く、このステージを作ることはできないだろうし。


 駅構内へ足を踏み入れる。たったそれだけで、人の熱気、圧が押し寄せてくる。

 通勤ラッシュを体験したことあるけど、僕が考える通勤ラッシュは優しい方だったと今なら分かる。東京の中心はやっぱり人がすごかった……。

 僕にとっての大都会は全然、人がいないっぽいなあ……。


「…………うぇ、隙間がないよぅ……」


 人と人がくっついているみたいに。まるでサッカーボールを肩と肩で挟んで落とさないように並走しているみたいな人ばかりだ。

 この中を、誰にも触れずに……? いや、触れずに、じゃない。触れずに、というのは不可能だ。僕に与えられたミッションはぶつからずに、だ。


 歩きスマホをしている人を避けてゴールを目指せ――それだけのこと。


「大丈夫、歩きスマホをしている人は絶対に僕を避けない。それが分かっているなら僕が避ければいいだけなんだ……それなら、気が楽だ」


 相手も自由に動いていたらきっとクリアは無理だっただろう。僕が右に避けたら相手も同じ方向に避けて、どん、とぶつかってしまう可能性がある。

 だけど歩きスマホをしている人が直線しか歩かないのであれば、僕が左右に揺れたらいいだけだ。

 注意するところは「避けたところに人がいないか」――「人が歩くルートではないか」――「ルートだとすれば避けられるか」……だ。


 視野を広く。

 後ろも気を付けないといけない。


「たまに顔を上げるから、それがルート変更の予兆かな……」


 視線の先がルートとなる。

 俯いている人たちは正面にしか進まない。予兆もなく方向を変えるような人は今のところ見ていなかった。

 ゲームマスターは「いじわるはしない」と言っていた。信じていいものか……だけど、信じてもいいだろう。ゲームマスターが嘘をついたらゲームが成り立たなくなる。

 破綻したゲームは運営も観客も面白くないだろうしね。


 覚悟を決めて飛び込む――通勤ラッシュ時の駅構内。


 案内図は上にある。出口は複数あり、方角が分かっても距離までは分からなかった。

 南口へ向かえばすぐ出口だったのに、東口へ向かったから倍以上も歩いた、という可能性もある。――って、考えても距離が分からないならいま気にすることではないだろうね。

 探しても手がかりはないんだし……。


「おっと」


 前を見ていない(だってスマホを見てるから)サラリーマンが突っ込んでくるので横へ避ける。避けた先に女性がいて、もちろん避ける気がなくキャリーケースを引いているのでさらに避けて――――避け出したら終わらない。

 一旦、壁まで逃げて、呼吸を落ち着ける。

 ぶつかったら殺されるデスゲーム……緊張感がすごいな。


 歩きスマホをしている人がみな、処刑人に見えてきた……。

 実際、今回に限ればそうなのだろうけど。


「もう運かな……、『北口』へいこう」


 理由はなんとなく。

 北口のイメージは人が少なさそうだから。


 寂れた商店街に出そうなイメージなのだ……失礼かな?

 ともかく、行先を決めて歩き出す――――



 順調に進めている。

 歩きスマホは前しか進まないから、意外と簡単だった。


 人が多いことにびくびくしてしまうけど、つま先の方向へ歩くことは分かっているのだから避けることは難しくない。

 それに、ぶつかってはいけないのであって、肩が擦れるのはいいのだ。どん、とぶつからずとも、しゃしゃ、と服と服が擦れるのは避けた内に入るらしい……助かった……っ。


 進んでいると、人が少なくなってくる……あ、もしかして当たりかな?

 さっきよりも人と人の隙間が広くなって、避けるのが簡単になってきた。

 これなら、少し早歩きになっても充分に避けられる範囲だろう。


 歩きスマホを追い越すように小走りで向かい――北口へ繋がる階段へ。

 そこで、下ってくる人と出会った。その人はスマホを持っていた。

 横へ避けると、その人も横へ避けた。――あ。

 どん、と、僕たちはぶつかった。


「な……なんで!?」


「えっ、プレイヤー……?」


 少女が僕を指差した。

 彼女が持つスマホには『ゲームマスター』の文字。


 彼女は、つい今、ゲームマスターからルールを言い渡されたばかりなのだろう……。デスゲームのプレイヤー……つまり、なのだ。

 歩きスマホをしない人、しても避けてくれる人……でも。


 今回の場合、その気遣いは命を刈り取る死神の鎌だった――――



『おふたりさん、ミッション失敗だね』



 ゲームマスターの声だった。

 今度は若く、少年のような声だった。


『駅構内にいる全ての歩きスマホ――「執行人サラリーマン」がキミたちを襲うだろう……、逃げられるかな?』


 スマホが震えた。

 僕たちに渡されたスマホが示すのは、本当の出口までのルートだった。


 ……安全地帯が表示されている。

 決められたレールを外れなければ、捕まることはない……?



 今度は、僕たちが歩きスマホをする番だった――――




 …おわり

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歩きスマホ「デスゲーム」 渡貫とゐち @josho

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