乙女ゲーに転生した私は攻略対象の王子に求婚されたが悪役王女に「ちょっと待った!」をされた話
皇冃皐月
短編
私は乙女ゲー『ラブハート』のヒロインに転生していた。前世の記憶を駆使し、これでもかってくらい攻略対象とイチャイチャしながら過ごしていた。
そして、今日。
「ヴィオラ・リューズ・アーデルハイト。俺は貴殿にこの公式の場を持って求婚する。どうか、俺とこの国を良い方向に導いて欲しい。君と俺ならば……絶対にこの国をよりよいものにできる」
私はこの国の王子である、ヴィクトール・フォン・ルーベンシュタインに求婚された。ゲーム的には攻略完了。エンディングだ。
とはいえこの世界は現実。これではいおしまいというわけじゃない。それに一つだけ私の知っている展開とは大きく異なることもあったりするのだが、ここまで辿り着いた今、その大きなことでさえも些細なことと思えてしまう。
なにはともあれ。
王子様であるヴィクトールに求婚された。一番難易度の高い攻略対象を陥落させた。ここからの私の人生はイージーモード。
いやー、勝ったね。勝った。私の大勝利。
この場を一瞥する。
国の公の社交界。王族はもちろん貴族の方々もいらっしゃっている。
ここでのヴィクトールの発言も、私の発言も、すべてが公のものになる。言ってしまえばある種の既成事実。ヴィクトールが私に求婚したという事実は捻じ曲げることは既にできない。そして私が返事をすれば、婚姻が結ばれたことをまた捻じ曲げることができない。
「ヴィクトール第一王子殿下。まずは求婚、大変感謝いたします」
スカートの裾を掴んで、丁寧にお辞儀。
「このような格式の高い貴族の生まれでないわたくしでありますが、ヴィクトール第一王子殿下が……それでもわたくしが良いと。そう仰るのであればそのお話ぜひ――」
「ちょっと待ちなさい!」
きんきんした声。その声の主の方へ目線を向ける。金髪くるくるカールでやけに豪華な服装を身に纏う女性の姿があった。私は思わず舌打ちをしてしまう。
「ヴィオラ!? 舌打ち。舌打ちが出ているよ」
ヴィクトールは苦笑しながら、こそこそっと指摘してくれる。
そんなのわかっている。わざとしたのだから。
この場に割り込んできたのは、ラブハートにおける悪役令嬢。いいや、悪役王女とでも言った方が良いか。この国の第一王女エリザベート・フォン・ルーベンシュタインであった。ゲーム内ではことあるごとにヒロインの邪魔をして、攻略対象の好感度を下げてくるお邪魔キャラクターであった。最終的には諸々の悪事がバレて処刑されたり、国外追放されたり、ざまぁ展開になるのだが。
今回はならなかった。それどころか私の邪魔を全くしてこなかった。そもそも顔を合わせたことさえ数回しかない。
あまりにも静かで、知っている展開とは異なりすぎて、なにかあるんじゃないかと警戒していた。危惧していた。
まさかここでアクションを起こしてくるとは思わなかった。
「その婚約、わたくしは反対いたしますわ!」
なにを言い出したかと思えば、悪役王女さながらのセリフである。
「なっ、姉さん。なにを突然!」
私よりも先にヴィクトールが驚いた。目を見開き、絶句したと思えばハッと我に返って叫ぶ。
「ヴィクトール。隅に置けませんわね。ですが、ヴィオラを選ぶその慧眼、さすが家族といったところかしら」
「な、なにを……姉さん。まさか」
「ええ、そのまさかよ。ヴィクトール」
オーッホッホッホと高笑いを挟む。
悪寒が全身を襲う。上手く言葉にはできないのだが、嫌な予感。それが私を支配する。
「ヴィオラはわたくしと結婚するのよ!」
高らかに第一王女からも求婚された。悪役王女として設定されている彼女はヴィクトールよりも強引。
ぴぃーっ! と指笛を鳴らすと、どこからともなく彼女直属の騎士団が現れて、私のことを担ぐ。そして颯爽と走り去り、会場を後にした。バタバタ抵抗しても、日頃訓練を積み重ねている騎士には抗えない。
「諦めてください。ヴィオラ様」
と、諭される始末だった。
◆◇◆◇◆◇
連れてこられたのはエリザベートのために作られた別棟であった。
「お待ちしておりましたわ。ヴィオラ。わたくしの未来のお嫁さん」
「か、帰して。私を帰して」
「あら。ここまでしたのにわかりましたと帰すわけにはいきませんわ。わたくしにも面子というものがありますの」
「……」
「叫んでも無駄ですわよ。なにせここは別棟。離れ。誰も助けには来ません。だから……わたくしはヴィオラ、貴方を全身全霊で愛しますわ」
と、王女様にお姫様抱っこされた。
ぐいっと顔が近付く。
王族なだけあって容姿はかなり整っている。王女で美人。だから甘やかされて育てられ、悪役王女になってしまったという経緯があるのだが。顔が良いのも考えものだ。とはいえ本当に良い。ほんのり紅く染まる白い頬も、かさつきが一切ない潤っていて血色の良い唇も、触りたくなるほど長いまつ毛も。
ヴィクトールの姉なだけある。
じゃなくて。
「ヴィオラ。ここがわたくしたちの愛の巣になるのよ。覚悟なさい」
悪役王女に攫われた。
◆◇◆◇◆◇
攫われてから何週間かが経過した。
楽勝だと思った人生に陰りが見えた。勝ち確だと思ったのに。と、別棟の城で悶々とする。
とはいえ、私は比較的自由に動けている。手枷みたいなのはない。密室に閉じ込められているわけでもない。
逃げようと思えば逃げられる……。
「じゃあ逃げようかな」
「隠密部隊がヴィオラ様を常に監視していることをお忘れなきように」
私の影からすーっと現れた、エリザベート直属の隠密部隊に釘を刺された。
エリザベートは公務から帰ってくると、真っ先に私の元へやってくる。そして私のことをお姫様抱っこをして愛でる。頭を撫でて、頬擦りをし、街で買ってきた洋服を着せ替え人形のように着せ替えてくる。
いつもそうだ。
私の知っているエリザベートとは雲泥の差がある。私の知っているゲームのエリザベートだったら私のことを目の敵にして、殺すんじゃないかという勢いさえあった。
なのに今の彼女からはそんな殺気は微塵も感じられない。
愛を感じる。
「ヴィオラ。今日は似合うと思ってこのアクセサリーを買ってきましたの。ぜひ着けてくださいな」
と、やけに高価そうなアクセサリーをプレゼントされたり。
「ヴィオラ。今日はこれをプレゼントしますわ! 下町で話題のスイーツだそうよ」
と、スイーツを買ってきてくれたり。
「ヴィオラ。今日わたくし貴族派閥の争いの仲介をしましたの。さすがに精神的に疲れましたわ。ヴィオラパワーが不足していますの。チャージさせてくださいな」
と、私の承諾を得ずにぎゅーっと抱き着いてきたり。
「ヴィオラ。今日はお父様からお叱りを受けましたわ。頭を撫でて欲しいですわ」
と、子猫のようにおねだりをしてきたり。
「ヴィオラ。愛してますわ!」
と、直球にアプローチされたり。
私の知らないエリザベートばかりを私に見せてくるので、いつもペースを乱されている。
そして私は私で段々と、この生活、この環境、なによりもエリザベートに対して、悪くないかも……と思い始めていた。
エリザベートが完全休日のとある日。
彼女は今だと言わんばかりに私へベッタリしていた。
彼女に対して嫌なイメージしかなかった私であるが、さすがにここまで愛されていると、そのイメージも払拭される。
「エリザベート様。質問があるのですが」
「ヴィオラ?」
「どうして私はこんなにも自由なんですか。一応囚われの身……ですよね」
ずっと気になっていたことであった。
隠密部隊が常に私を監視しているとはいえ、あまりにも自由すぎる。リスクがあるのでやらないが、逃げようと思えば逃げて助けを求めることくらいできる。それが今の環境。
「わたくしはヴィオラを閉じ込めて幸せにしたいわけありませんから。ヴィオラを攫ったやり方は無理矢理でしたけれど、それはそうするしかなかったからであって、本来はただヴィオラを幸せにしたいだけ……それだけですの。ですから、ヴィオラに一切の自由を与えない。それはありえないことですのよ」
悪役王女とは思えないセリフだった。
心が揺れた。
◆◇◆◇◆◇
攫われてから数ヶ月。私はすっかりこの生活に慣れていた。
悪役王女であるエリザベートに尽くされる生活を堪能し、まぁずっとこのままでも悪くないかなと。
そんな時だった。
「ヴィオラ! 助けに来たぞ!」
聞き覚えのある声が響く。
別棟にヴィクトールが乗り込んできた。
彼は私へ手を差し出す。
「大丈夫だったかい? 痛いことはされなかったかい? 辛くなかったかい? 苦しくなかったかい? でももう大丈夫。俺が助けに来たから。さあ、ここから逃げ出そう」
手を掴め、とそう目で訴えかけてくる。
手を伸ばす。
同時に脳裏に駆け巡るエリザベートとの思い出の数々。
日数にすればさほど長くない。だけれどとても濃密な時間で、簡単に切り捨てられるものじゃなかった。
むしろ、居心地が良く、私自身楽しんでいたのかもしれない。
……。
あ、あぁ。そうか。そうなんだ。
「私は……エリザベートと死ぬ覚悟ができてる」
そう言って、ヴィクトールの手を取らなかった。
◆◇◆◇◆◇【完】◆◇◆◇◆◇
乙女ゲーに転生した私は攻略対象の王子に求婚されたが悪役王女に「ちょっと待った!」をされた話 皇冃皐月 @SirokawaYasen
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