ここじゃない

期待していない訳ではない。それどころか、信頼もしていた。ただ、

「ここじゃない。」

「え?」とぼける谷本を背に俺は、地面に落ちた煙草の吸い殻を踏み消した。

「ここじゃないんだよ。ここはお前の居る場所ではない。」渋い顔をしていたのだろう。俺は、それを察し、慌てて元の顔を作り直す。

「なんでそんなこと言うんですか。酷いですよ、村田さん。」

谷本は、いつもと変わらないおどけ顔で答える。そう、あのときと同じように。


俺たちは、警察官だった。ついこの間まで。

3年前、俺は一回り下の後輩である谷本と共に張り込みを行っていた。この時代に合わない仕事内容について来れる若者は、数ある後輩の中でも谷本だけだった。

その後、マルヒの家を家宅捜査するよう指示が出てマルヒの家のインターホンを押した。何度か押したが返事はない。車に戻ろうとした次の瞬間、隣にいた谷本が倒れ込んだ。よく見ると下腹部の辺りが紅く染まっている。刺されたのだ。それも、この家の主人であるマルヒだった。俺は、ただ無我夢中でマルヒを押さえ込み逮捕に追いやった。上からは、表彰された。「よく、感情に左右されず犯人を捕まえた。」と。

しかし、俺はそんな自分の判断を恨んだ。酷く憎んだ。俺は、後輩を殉職させてまで表彰されたかったのか。あのとき、すぐに救急を呼べば、谷本は助かったのではないか。そんな気持ちが頭の中を掠め、ぐちゃぐちゃに混ざる。やがて、爆ぜる勇気もないまま、消えてなくなる。

葬式には、行かなかった。いや、行けなかったのだ。谷本には勿論、谷本の親族に合わせる顔がなかった。結局、日々増えるのは後悔と煙草の吸い殻だけだった。


あれから、もう3年が過ぎようとしていたある日。業務がやっと終わり、疲労困憊のまま帰宅する途中だった。ひとつのサッカーボールが目の前を通り過ぎた。そのボールが道路に飛び出し、続いて男の子が道路に飛び出した。トラックが来る。血の気が引いた。気が付いた時にはもう体は動いていた。サッカーボールを蹴飛ばし、男の子を近くの芝生に放り投げた。プーーーというクラクションが最後に聴いた音だった。


目を覚ますと、全体が樹木に囲まれていた。森?

奥に進むといきなり道が開け、奥に橋が見える。横に立っているのは、渡り守か。さらに、進む。もしかしてこれが、三途の川なのか、、?ん?


まさかの再会だった。目の前にいたのは、紛れもない俺の後輩、谷本であった。

「谷本?」俺は感動と驚きと少しの困惑を含んだ声色で訊ねた。

「村田さん!やっと会えた、、。ずっとここで村田さんを待ってたんですよ!」「ちょっと、待って、、」状況を整理する。

ここは、三途の川。そして、目の前にはそれを渡る橋がある。その渡り守に、谷本。

なるほど、こいつならやりかねない。

「いや、また会えて嬉しいよ。もう、二度と逢えないと思っていた。」自然と眼から大粒の雫が溢れる。溢れる。

「そうだ。お前に会ったら、伝えたいことがあったんだ。」そうだ、そうなんだ。

「なんですか?」昔と変わらず明るく、自然と人を魅了させる声だ。

「あの、、えっと、コホン。すまん。本当に申し訳なかった。俺のせいでお前は、」

「違いますよ。」

「それは、違います。俺が死んだのは、村田さんのせいじゃない。本当に村田さんは、正しい判断をしてくれました。」いや、と言いかけるも谷本が続ける。

「俺、あいつと面識あったんですよ。高校の同級生で、正直言って俺に金を借りてました。それで、最近、連絡したらもう返せないって来たんで、ムカついて責めたんです。金借りてる分際で偉そうなこと言ってんじゃねーぞ。って。それで、この結果です。本当に村田さんにはご心配お掛けしました。こちらこそ、すみませんでした。」

頭を下げる谷本の胸ぐらを掴もうとした。俺がどれだけ悩んで、自分を憎んだか。それが、自分のいざこざ。知るか!ふざけんな!

だが、胸ぐらを掴む前に谷本は溶けて消えた。


これで、悔いはない。成仏できる。


 了

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