後編+(蛇足編)

第17話 会長と尾緒神くん 鍵事件アフター

 放課後になって、俺達は改めて生徒会室に呼び出された。そこには、他の生徒会の面々はおらず。生徒会長と副会長だけが待っていた。


「まずは、謝罪をさせてくれ。2人とも、今回は本当にすまなかった」

 副会長から頭を下げて謝罪され、生徒会長も一緒になって謝罪をしてくれた。俺としてはそれでよかったのだが、赤堂さんは結局真相がどうだったのかを知りたがった。


「それで、いったい副会長はどうしてそんなことをしたのですか」

 そう聞いた赤堂さんに、副会長が気まずい顔をした。しかし、赤堂さんは譲らなかった。

「私達は、身に覚えのない罪を着せられそうになったんです。それくらい、聞かせて貰える権利はあると思います」

 何とも言えない顔になった副会長を横に、会長は俺の方を見た。

「尾緒神も、それを知りたいか」

「いえ、俺は別に」

「そうか。では、尾緒神は私と席を外そう。船坂にとって、それはあまり人に知られたいものでもなくてな。ただ、赤堂さんが言った通り、君達に被害を与えた以上、私としても説明をする義理が私達にはあると考えている。だから、求められた以上は答えるべきだ。だが、必要がないというのなら、船坂の気持ちもおもんばかって欲しい」

「はぁ、まあ。俺はそれでもいいですけど」

 横目で赤堂さんを見てみると、心配すんなという顔を向けられた。それならばと、俺は会長と一緒に席を外してしまうことにした。


「一応確認させてくれ。赤堂さんは、どこまで分かっているんだ」

「私達はー」

 赤堂さんと副会長の、そんな会話を耳に残しながら、俺は生徒会室を出た。


「まったく。やってくれたな。尾緒神」

 生徒会室の扉を閉めた途端、先導していた生徒会長から、そんなことを言われた。俺は、知らないふりをする。

「なんのことですか」

 俺の表情を、顔を横に、視線だけを向けていた会長が、再び前を向く。そして、溜息をついた。

「まあいい。場所を変えよう」

 そんなことを言って歩き出す会長に、俺は無言で付いて行った。


「意外と、君はここに来るのが初めてなのかもしれないな」

 連れて来られたのは、放送室だった。今日も部活がないのか、放送部の部員達はそこにいない。放送室は、一号館の職員室の直ぐ隣にある。きっと、教師が生徒を呼び出したりする際に移動距離を少なく済ませることが出来るようにだろう。

「そういえばそうですね。ここに来たのは初めてです」

 言われてみれば、放送室の中で使われている鍵が盗まれた事件なのに、俺がここに来た事がないというのは変な話かもしれない。でもまあ、現場を見る必要もなかったのだから仕方がない。

 生徒会長が、差し込んだ鍵をくるりと回して部屋を開ける。中は、防音設備のような壁に包まれており、噂の放送設備もしっかりとそこにあった。勉強机のようなフォルムの長机にはマイクの音量を上げる装置や、電源や放送場所を切り替えるボタンなど、様々な機械が卓上に存在していた。

 机の下には、例のガラス張りの両開き扉の付いた棚がある。その奥にはこの設備のメインコンピュータと思われるものが入っており、確かにガラス扉には金属式の鍵穴が付けられてあった。

 これが開かなくなったのか。


「会長、一番初め、俺達を放送で呼び出したのは、どうやったんですか。この設備は、鍵がなくて使えなかったんですよね」

「ああ。スペアキーを使ったよ。緊急時にも使われるものだ。何かあった時のために、それくらいは用意されている」

 やっぱりそうだったか。だから焦りはなかった訳だ。スペアキーがある以上、それを使えば問題なく放送は出来る。もしなにか、盗まれた鍵を使って悪戯でもされた時は、その時に悪戯をするために放送室にやって来た犯人を捕まえればいい。

 その証拠に、放送室には外付けの監視カメラが設置されていた。コンセントに差して使うタイプのものだ。しかし、事件が解決したからか、コンセントからは抜かれて纏められていた。


「そうですか。教えていただき、ありがとうござ」

「そんなことよりもだ。尾緒神。私は、お前と話しがしたい」

 放送設備の前に置かれた、ローラー足付きの背もたれのある椅子。会長は、そこに座って腕を組んだ。

「なあ、尾緒神。お前、船坂を停学させる気だっただろ」

「なんのことですか」

 ここまで付いて来ておいてなんだが、俺はとぼける。会長がどこまで知っているかなど、知ったことではない。今度は、赤堂さんの時のようなミスはしない。怖いのは、副会長のような、他人からの発覚だけである。だが、それすらも惚けてしまえる策は考えてあった。


 いつもと変わらない表情の俺を見て、会長は溜息をつく。だから俺は、いつもの声で言う。

「勘弁してください。もしかしてまた、俺に冤罪を掛けようとしています?」

 俺の言葉に、会長の表情が曇った。その表情を見て、会長はまだ核心を掴んではいないのではないかと思ったが、この人相手に油断は禁物であると心を整えた。どうやら、優等生ではあるみたいだし。


「ああ。そうだ。私は今回も、確信を得るものは掴んでいない。だけど、私の本能が言うんだ。お前は危険だと」

 顔を押さえながら、怖いものでも見るような目で生徒会長が俺を睨む。

「つまり会長は、根拠もなく当てずっぽうでまた俺を疑っているんですか。それは、俺に失礼だとは思わな」

「ああ。分かっている。みなまでいうな。でもな、尾緒神。私は、お前が怖いんだよ」

「……。」

 そんな、瞳の奥で怯えを抑えているような顔をされてしまうと、流石の俺にも堪えるものがある。いつもそうだ。こいつらは、自分がやる分には何も思わないくせに、俺がやると怖がって傷つけてくる。近づいてくるなと。そう言うように。


「本当は、私は自分が犯人だと名乗り出るつもりはなかったんだ。私はただ、事の顛末を見守るつもりだった。答えなんて出さずに、全部あやふやにしてしまいたかった。私はあいつの思いにも、この事件のメッセージ性にも何も気づかないことにして、この事件は終わって欲しかった」

「事件のメッセージ性?なんのことですか」

 俺がそう口にすると、会長は素直に口にした。

「俺がいる。船坂は、この事件を解決したら、私に告白をするつもりだったんだよ。落ち込んだ私を励まして、寄り添おうとしてくれていた。その為の過程がどうであれ、あいつは根本的には優しい奴なんだ」

「告白、受けたんですか」

「まあな。まさか、失敗してもまだ諦めないなんて。本当、馬鹿なやつだよ」

「付き合うことにしたんですか」

「いいや、断ったよ」

 そうか。やっぱり駄目だったのか。でもそれは、俺のせいなのだろうか。いや、きっと俺のせいなのだろう。それは悪いことをしたと、心では反省しておくべきなのだ。そうしておかないと、危ういことになる。

「なあ、尾緒神。ここまで話したんだ。お前も本当のことを言ってはくれないか」

「本当もなにも、俺は昨日も今日もやっていないとしか言えません」

 実際、俺は副会長を停学にはしていないのだから。現段階では。


「そうか。そうだよな。じゃあ、この質問には答えてくれないか。お前は、自分が殴られた映像を持っているんじゃないか。この事件が終わったあと、それを使って自らの冤罪を晴らそうと考えていた。違うか」

「どうしてそんな風に思うんですか」

「違う。とは言わないんだな」

 俺はその言葉に、沈黙で応える。肩を竦めることもなく、考えるような素振りだけしてじっと会長を見る。

 俺を見て、会長がどう受け取ったのかは知らない。

「お前みたいな手合いが、一番怖いんだ。言葉にして、感情に出して強く抗議するわけでもない。単純な暴力に訴えるわけでもない。その深い感情は悟られないようにして。ただ淡々と、こちらに気づかれないように私達を貶める算段を整えていく。私が気づく頃には、もう遅い」

 それだけを聞くと、悪人のようだと思ってしまう。その前に自分達が牙を向けて来たことを、この人は忘れてしまったのだろうか。

 それに、俺は大した策は講じていない。俺が貶めたのではなく、そっちが勝手に首を絞めていっただけだ。それを俺が悪いように言われても困る。

「尾緒神、対話をしよう」

「何を言っているんですか、生徒会長。俺は、こうして話をしているじゃないですか」

 会長は、静かに俺を見る。求められる顔をされても困る。

 会長は、俺から目を外した。

「私も今朝、あの場所にいた。お前達が船坂に話しかけたところから、全部見ていた」

 まあ、そんな気はしていた。優秀らしいこの会長のことだ。副会長が痛いミスをしないように、何かしらの援護に立ち回っていたのだろう。例えば、外で中の様子を撮影している相手側の味方がいないのか。なんてことを。

 でも、そんな人間はいなかったことだろう。そんな奴がいれば、会長は根拠を持っている状態の筈である。でも、そうではない。

「お前が薫陸くんりきに殴られた時のことだ。どうしてかな。私はお前が、わざと殴られに行ったように見えてしまったんだ」

 薫陸くんりきとは、陸上部先輩のことだろうか。知らない名前を出されても困る。でもそうか。やっぱりあの時のことか。素直に殴られるかどうか、少し考えてしまったことが、会長の中での違和感に繋がってしまったのかもしれない。

 でもそれがなんだ。それだけの違和感には、何も出来ない。


「そう見えただけ、ですか。それだけで会長は」

「それだけじゃないんだ。私は、その時思い出してしまった。お前が言った言葉の詳細を。お前は私にこう言った『俺達が冤罪を被せられることにさえならなければ、あとはどうでもいい』と。それで私は安心した。お前に渡した紙のせいもあるのかもな。お前はこの事件の真実を公表せず、赤堂にはこの謎が解けないと思った。だから私は、安心してしまっていた。そのまま進めば、意見は纏まらず、鍵の行方も分からずにこの件は有耶無耶になると。実際、お前の言葉でそうなりかけていた。でも、そうはならなかった。まさか、船坂があんな強引な手に出るとはな。私は、あいつの熱意を見誤っていたよ」

「はぁ、そうですか」

 もしかして俺は、惚気話を聞かされているのか。

「それでもいいと思った。そこまで私を想ってくれているのは嬉しいことだ。それなら、そういう関係になってもいいのかもしれないと思った。船坂は、私の想像を超えたんだよ。私は、その結果を受け止めようとした」

 だったら、そうなれば良かったものを。

 会長は、副会長の告白は断ったと言っていた。

「でも、船坂はお前を越えられなかった。あいつを私の事件に巻き込めば、あいつも私の前からいなくなってしまうかもしれない。私は、それに怖くなったんだ」

「人を、凶悪犯みたいに言わないでください」

「はは。そうだな。でも尾緒神、今朝のあの状況は、『お前が冤罪を被せられない』ものではなかったんじゃないか。そしてお前は偶然にも、上級生から暴力を受けた。という事実を手に入れてしまった。本当は、ただ冤罪をふっかけるその瞬間を捉えられれば良かっただけなのに」

 会長は、心のどこかが壊れかけているのかもしれない。被害妄想が激しいというか、自分が傷つく状況になることを酷く恐れているようにみえる。そのせいで、警戒心が強くなり過ぎてしまっているのではないだろうか。まあ、それは俺も同じ様なものなのだが。

 そうしてそういう被害妄想は、得てして真実たり得てしまう時がある。


 俺は苦笑いした。


「考え過ぎですよ、会長」


 俺はとても、誰がいなくなられたんですか。なんて聞けなかった。初めは、それを聞き出すつもりで付いて来たというのに。


 今はとても、そんなことを聞ける空気ではないと。そう思った。

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