うちのねこめいどが重すぎる

@soumiyaseiiti

第1話

今日は紗希の命日だ。

それで染谷士郎は墓参りの帰りだった。

冬の冷たい雨が降る中、傘を差しながら一歩一歩を、紗希との思い出を思い出しながらまるで地面を確かめるかのように一人歩いている。

染谷が差している傘は普通のより一回り大きい。

生地は漆黒の上に薄い白の和模様が描かれていて、木製の柄の部分には「Sirou S.」と刻まれていた。

この傘は紗希との思い出の品だった。

以前、横浜の赤レンガ倉庫にデートで訪れた際に、

二人でたまたま傘屋を見つけ、そこで購入したものだった。

染谷は当初、無地の黒色の傘がいいんじゃないかと選んで、手に取って紗希に見せたが、

紗希いわく

「そんな特徴のない傘じゃ、誰かが間違えて持って行っちゃうかもしれないでしょ。」

とのことなので、地味なのが好きな染谷はしぶしぶ、漆黒の上に薄い白色の和模様がある傘を選んだのだった。

黒色であるということは譲れなかった。

染谷の誕生日が近かったというのもあって、紗希が奮発してその傘をプレゼントしてくれた。

今まで、ビニール傘は数えきれないほど無くしてきた染谷だったが、この傘だけは今日まで無くさずに持っている。


水たまりを避けながら、ピンと背筋を張って、

右手に傘を持ちながら歩いている。

家まではあと10分ほど歩けば着くだろう。


一人で歩いている染谷は紗希との思い出に浸っている。

紗希は動物が好きだった。

特に猫が好きだと言うので、よく猫カフェに

連れて行かれた。

染谷は動物が好きではなかったが、紗希の喜ぶ顔を見たいという気持ちが勝って、あえてそういう事は言わずに、一緒になって楽しめるように努力した。

小さい頃からペットを飼っていない家庭で育ったことや、動物全般にアレルギーを持っていることがこの染谷の動物嫌いに関係しているのだが、

紗希の前では、動物好きな自分を演じた。

動物を好きになることは無かった染谷だったが、

動物好きな人間というものは好きだった。

動物を愛せる人たちは心が優しい人なんだなと思っていたからだ。

自分にはそれが無い。

染谷はなんだか羨ましかった。

猫カフェにいる猫というのは日々、大量の数の人間の相手をさせられるので基本的にはそっけない態度を取るというが、紗希はそれでも猫相手に明るく話しかけ続けていた。

本当に心から楽しそうだった。

その笑顔には一切の曇りは無く、まるで太陽みたいだ。

その笑顔があまりにも眩しすぎて、動物を好きになれない自分はなんて心の狭い嫌な奴なんだろうと返って自己嫌悪に陥った。

自分はなんて冷たい人間なんだろうと。

もう、猫カフェに行くことはこの先一生無いだろうなと染谷は独りごちった。


相変わらず雨は降り続いていて、今日はもう止みそうもない。

もうすぐ、家に着く。

染谷の家はかなり大きい。

屋敷と言ってもいいレベルで、この町の中では一番大きかった。

しかし、一人で住むにはあまりにも広すぎた。

高校生の頃、事故で両親を失った染谷に遺されたのはこの家と万が一のためにと両親が加入していた生命保険金だった。

社会人となり、毎日忙しく働いている染谷にとってこの広い家を管理するには至難の業で、

週に二度、お手伝いさんを呼んで家事をしてもらっていた。

両親はかなり高額の生命保険に入っていたらしく、

お手伝いを頼むぐらいは金銭的になんてことなかった。


家だけならば、お手伝いを呼ばなくても、まだ染谷一人でなんとかなりそうだったのだが、サッカーができるくらいの庭まであるとなればもうお手上げだった。

染谷の休日は芝刈りや畑の手入ればかりをしている。

西洋風のレンガ造りの塀が見えてきて、

ああやっと家に着いたかと思った矢先、

門の前に何かが置いてあるということに気付いた。

離れているうちはそれがなにかあまりよく分からなかったが、近づいていくにつれてだんだんそれが何か分かってきた。

段ボールだ。

配達なんて頼んだっけと記憶を辿ったが、思い当たる節は無いなと思いながら、よく見てみる。

すると、その段ボールが変だということに気付く、蓋が開いている。

家の前に一体何が置いてあるんだと訝しんだ染谷が近くでそれを確認した。

染谷はまず、驚愕し、そして困惑し、最後に思案した。

猫の死体が入っている。と思った。

なぜ、こんなところに?誰が?なんのために?これどうする?

頭の中で色々な疑惑が浮かび、そして、それを頭をフル回転させ、一つずつ解決していく。

町内会の奴らの嫌がらせか?回覧板を回すこと拒否したぐらいでここまでするか?

ロードキルか?いや、それなら段ボールに入っている説明がつかない。

誰かが拾って貰えることを期待して、この町では一番大きい家のうちのまえに置いて行った?ここなら面倒見てもらえるとでも思ったか。それならなぜ死んでる?

市役所に電話したら引き取ってもらえるのか?でももうこんな時間だしやってないよな。

流石にゴミ袋に詰めて捨てたらまずいか。法律的にそれはどうなんだ?

などなど、色々なことを考えたが、染谷がこの子猫を死体だと思ったのも無理はない。

その黒い小猫は背中から血を流し、ピクリとも動かない。そして、この雨だ。

…ひどいことするやつもいるもんだ。

ちょっと他の場所に移動させて知らんぷりしようかなとも一瞬思った染谷だったが、

きっと紗希だったらそんなことはしないだろうなぁとも思い、

染谷は門の前に置いてある猫の死体を段ボールごと持って家に入る決心をした。

傘を差したままでは段ボールを持てなかったので、傘は畳んで、肘に引っ掛け、

両手で段ボールを持った、

動物嫌いの染谷にとって、それはとても嫌な気持ちがするものだったが、

天国で紗希が見ているかもなぁと思うときちんと対処しなくてはと思い直したのだ。

ドアを開け、家の中に入り、電気を点け、もう一度よく確認しておかなくてはなと、直視することを避けていた段ボールの中をよく見てみると、驚いたことに僅かに体が上下しているではないか。

こいつ、まだ生きてるのか。

外は暗かったし、黒猫ということもあって死体と見間違えるのも無理は無かった。

ふう。いっそ死んでおいてくれた方がまだマシなものだな…。

そこからの染谷の動きは早かった。

急いでタオルを持ってきて、濡れた体を拭き、救急箱からアルコール消毒液と包帯を取り出し、応急手当をした。

黒猫の目は閉じたままだ。

いかん、体が冷え切っている。体を暖めなくては。

染谷は暖炉に薪を焚べる。近すぎて火傷をしない程度の場所に子猫を置き、毛布をかける。

何か食べ物を与えなくては。

家にペットフードなどあるわけもないので、牛乳を皿に注いで子猫の前に置いておく。牛乳を飲まないかもしれないので、水も皿に注いで横に並べて置いておくことにした。

今は寝てるようだが、目が覚めたら飲むだろう…。

その時、染谷の頭の中にはこの子猫がもし生き永らえたらどうするか。

里親を見つけるか、役所で引き取ってもらえるのか。それなら明日は会社を休むかなどということも頭の片隅で同時進行で考えていた。

と、同時にこの家で飼うことは絶対に無いなということも考えていた。

「動物は嫌いなんだ。」

と言いつつ、近所の24時間やっているスーパーに子猫用のペットフードを探しに出掛けた。


家に戻ると、なんと驚いたことに子猫が牛乳をペロペロと舐めていた。

子猫は、染谷に気付くと、顔を向け、にゃあと泣いた。

よし、死んでないな。

染谷は安心した。と、同時にこの先、めんどくさくなるなぁとも思った。

猫があちらこちらに移動せず、じっとしていることを確認して、

棚から皿を出し、先ほど購入したペットフードを入れる。

皿を子猫の前に置き、自分は近くのソファに腰を掛け、見守る。

最初はじっと、皿を見ていた子猫だったが、徐々に近づいていき、ペットフードを食べ始めた。

どれがいいか分からんかったから、とりあえず一番高いやつを買っておいたんだが…食べれるようならよかった。

食べ始めたことを確認した染谷は減った分の牛乳を補充して、とりあえずの急場は凌いだなと安心した。

カリカリとペットフードを食べている子猫を見ながら、染谷は今後の事を思案する。

「おい、頼むから元気になっても壁を引っかいたり、壺を倒したりするなよ。

お前は明日役所に連れて行くか、里親を見つけて引き取ってもらうからな。」

言葉をかけることに意味は無いと理解しつつも、ついそう声をかけてしまう。

「仏教では、人間以外の生き物は全て畜生というらしいぞ。

俺は無宗教だがな。悔しかったら次は人間に生まれてくるんだな。」

こんなひどいことを言ってもこいつには何も意味が理解できない。

哀れだ。

そういえば、紗希がお前って呼ばれることをすごく嫌がっていたな。

「ふん、明日までお前の名前はネコだ。」

そう言って、染谷はもう一度、ソファに深く座ると今までの緊張と疲れもあってか寝息を立て始めてしまった。

…紗希と違って俺は子猫に明るく優しく声をかけるなんて出来ない。

でも、最低限やれることはやったぞ。ほら、死んでないし、

明日はこの子猫の引き取り先を見つける。たとえ役所でもな。

紗希…これでよかったのだろう?…


目が覚めた時、既に日が昇っていた。

ソファで寝てしまったせいで体の節々が痛みを訴えて来る。

眠ってしまったか…。

暖炉の火が消えていることを確認する。

寝る前に暖炉の火も消さずに不用心なこったと反省する。

ふと、足首に、重さを感じた。

黒い子猫が頭をもたげて横になっている。

そうだった。昨日厄介な面倒ごとを背負ってしまったんだ。

ポケットからスマホを取り出して、連絡帳から会社の上司の名前を索引して、電話をかける。

「お疲れ様です。染谷です。すみません、こんな朝早くに。

実は祖母が今朝亡くなったと親族から連絡がありまして、ええ。

私は両親がすでに他界している関係で、喪主を務めてくれとのことのなので、本日は有給休暇を取らせていただければと、はい。明後日のことも分かり次第連絡致します。

頼まれていた書類は昨日デスクの上に置いておきましたので、確認してください。では、よろしくお願いします。では、失礼します。」

そう言うと、スマホを耳から外し、画面を見て相手の方から電話を切ったことを確認する。

これで祖母が亡くなったのは4回目ぐらいだろうか。

部署が何度か変わっていることもあってこの嘘もなんとか通ったみたいだ。

さて、この後は引き取ってくれる自治体を探したりするか。

いや、監視カメラを確認して警察に来てもらうかなどを考える。

染谷の家は大きすぎて、監視カメラが設置されているのだ。

しかし、この子猫、厄介なことに怪我をしているんだよなぁ…。

応急手当はしてあるが、一応、獣医に診てもらうか。

染谷は病院に行くのが嫌なので、知り合いの獣医に連絡し、家に来てもらうことにした。

診てもらったところ、傷はそこまで深くなく、カラスかなにかにやられたのだろうということだった。

気は進まなかったが、傷が癒えるまではこの家で面倒を見ることにした。

ところかまわず糞尿を垂れ流されても困るので、ペット用のトイレを買いに行き、猫砂を撒いたり、破ってもいい段ボールを設置したりなどをして、その日は過ぎて行った。

次の日はペット系のYoutubeの動画を見ながら勉強し、子猫にトイレを覚えさせ、

湯で洗ったりなどした。

そのまた次の日は子猫用のおもちゃで遊んだりした。

そんな日々が続いて、一週間も経つとだんだん子猫に愛着が湧いてきて、別段、

誰かに引き取ってもらわなくていいんじゃないかと思い始めて来ていた。

「いかん、いかん、明日こそは役所に連れて行くぞ。分かったか?ネコ

もう明日でさよならだ。なんかこのまま一緒に暮らしてもいい気がしてきていたが、やっぱりだめだ。俺は動物が嫌いなんだ。アレルギーの値も他の人に比べて高いんだ。」

思い直した。染谷は自分にも言い聞かせるつもりで、きっぱりとネコにそう言った。

ネコはただにゃあと鳴くばかりだった。

そうして、染谷はベッドで寝始めた。すると、ネコはそこが定位置とばかりに染谷の掛布団の上で寝始める。

2日目以降、ネコは染谷の上で寝ることが決まりかのように毎回その場所で眠るのだった。

染谷は子猫のうちはまだ軽くていいが、大人になって、でかくなったらもう重くて寝苦しくなるだろうなと思いながら、深い眠りに落ちていく。

まあ、明日でお別れだからそんなことを考えるのは杞憂だな。


翌朝、染谷は体にのしかかるとんでもない重みが苦しくて、うめき声をあげながら起きた。

お、おも…な、なんで?

ふと目を開けると誰かが上に乗っている。

が、そう。そう表現した理由は人間がのしかかっていたからだ。

「うわあああああああああ!」

あまりの恐怖に思わず大声を出してしまう。

あ、ありえない。

パニックを起こしながらよく見てみると、黒髪ショートの美少女が俺の上すやすや寝ている。しかも、裸で。

「う、うぅーん。どうしたんですか。ご主人様ぁ。」

眠そうな声を出しながら、目をこすってその美少女が声をかけてくる。

「お、おまえ!どこから入ってきやがった!この不審者め!警察にたたき出してやる!」

「けいさつ?けいさつってなんですかご主人様ぁ。それに、私の名前はお前じゃなくてネコですよ。ネコ。そう名付けてくれたじゃないですか。」

「何をわけのわからないことを!そうだネコ!ネコはどこだ!どこにやった!」

「だーかーらー私がそのネコだって言ってるじゃないですか。」

この意味不明な不審者の言うことを真に受けていてはおかしくなる。

そう思い、染谷はネコを探して、あちこちに目を配る。

あいつは俺が責任を持って、どこかに押し付けるんだ!

勝手に居なくなっては困る!!

パッと見ても、部屋にはこの全裸の頭のおかしい女しかいない。

この部屋のドアは猫では開けられないようになっている。

この部屋のどこかに居るはずなのだ!必ず!

ベッドの下をのぞき込んで見るために女の背後に回る。

ベッドの下は足を向けている方向からしか見えないのだ。

そして、背後に回って、しゃがもうとしたときにあることに気付く。

女の背中にはえぐれたような傷跡があったのだ。

「お、お前。その背中の傷どうした。」

すると、女は不思議そうな顔をして、

「あの恐ろしいカラスにやられたんですよ。でも、ご主人様が手当てしてくれたじゃないですかー。もう忘れちゃったんですか?」

まじか。

この部屋にいるはずのネコが居ない。そして、目の前にいるこの全裸の頭のおかしい女の背中にはネコと同じような傷がついている。

導き出される答えは…

「ご主人様が動物は嫌いとよくおっしゃっていたじゃないですか。畜生はひどいですよ。畜生は。だから、人間になっちゃえばいいんだと思ったんです。」

うーん。さっぱり分からん。

俺はきっと疲れているんだ。それか、夢を見ているんだ。

そして、全裸を見続けるのはあまりよろしくない。

これは早急に処理したい。

染谷はちょっとここで待ってろと言って

お手伝いさん専用の部屋へ向かうとクローゼットの中から一着のメイド服を取り出した。

それを持って寝室に戻ると、メイド服を手渡し、

「とりあえず、これを着ろ。」

「え、なんですかこれ。見たことありません!かわいい!ありがとうございます!」

勝手がわからないのかもたもたしながらメイド服を着始めたことを確認して、

染谷は言う。

「なんで見たことが無いんだ。それはメイド服だ。そして、」

染谷は混乱する自分の脳内を整理しながら自分を落ち着かせるように息を吐いてからこう続ける。

「俺にとってネコは子猫であり、お前ではない。とりあえず、すぐに警察に突き出すことはやめてやる。だから、話をもっと聞こうじゃないか。それまでの間、

お前の名前はネコ(仮)がメイド服を着ている。つまり、」

染谷は今日から毎日あの重みに耐えながら寝なくちゃいけないのかなぁと思いながら、覚悟を決めて、こう言った。

「ねこめいどだ。」






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