寂しがりな君に奏でる円舞曲

桜月夜宵

前編

踊れ、踊れ、踊れ。

軽やかに、されど荘厳に。

ワルツのリズムに身を委ね、鮮やかに舞い踊れ。

華やかなパーティーにしよう。

どうか、貴方が楽しい時間を過ごせますように。



キィ、キィ……

ゼンマイを回す音が響く。

淡々と、一定のリズムで、ゼンマイが軋む音が続く。

「…………」

ふとか細い音が鳴り止んで、代わりに拙いメロディが辺りに広がった。

その拙いメロディに、相模原悠美は目を覚ます。

いつも通りの白い天井が目につく、いつも通りの白いベッドの上。

ゆっくりと上体を起こすと、向かいのベッドの上にいるほっそりとした美少女が目に入った。


「……今日は、なんだね」


悠美がそう声を掛けると、先程までゼンマイを回していたのであろう彼女はニコリと笑った。

「おはようございます、悠美さん」

「おはよう、真那ちゃん」

「そうなんです、今日は、彼が踊りたがっていたから」

そう言って、真那──三枝真那は、愛おしげに手に抱えたオルゴールを見つめた。

未だ拙いメロディを流すオルゴールの台座の上では、中世の貴族的な衣装に身を包んだ青年がクルリクルリと踊っていた。

どちらかと言うと青っぽい衣装を身に纏う彼のことを、真那はと呼んでいる。

(……とても古い品らしいと言っていたけれど)

生憎、悠美にはその良さがあまり理解できなかった。

確かに、人形の造りは精巧で本物のようだし、関節部も動かせるようになっている。また、台座も華美ではないもののとても美しい。

が。

いかんせん、メロディがおかしいのである。

いや、正直メロディと言えるかも怪しい。流れてくる音色は──悠美は音楽経験者ではないので詳しくは知らないが──イマイチ綺麗とは言いがたい。


だが、真那はいつも、朝になるとこのおかしなメロディを奏でるオルゴールを鳴らすのだ。


今日は伯爵の日だったが、公爵の日や騎士の日、侯爵夫人の日といった日もある。

彼女の持つオルゴールは全部で十個。全て貴族を模した人形飾りが取り付けられていて、音は音色こそそれぞれ違うがお世辞にも綺麗とは言えない。


それでも、真那はそれらを愛している。


「……ぁ、止まっちゃった」

寂しげに呟いた真那は、伯爵のオルゴールをサイドテーブルの上に置いた。豊満な体つきの美女──伯爵夫人の隣りである。

「……そういえば、悠美さん、今日は検査の日でしたっけ?」

「そうなんだよねー。午後はまるっと潰れちゃうかな」

ハハハと乾いた笑いを浮かべると、真那は同情するような表情で答えた。

「そうですか……。面倒ですね」

悠美は苦笑に切り替える。

「もう慣れちゃったけどねー」


ここは


悠美と真那は、同じ部屋に隔離されているルームメイトであり、いつか外の世界へ出ることを願う仲間同士だ。

「……もう慣れたって悠美さんは言いますけど、悠美さんは発病せずに三年も経っているんでしょ?……もう外に出してくれたって良いじゃないですか」

「両親たっての希望なんだよ。感染者で発病の可能性がある以上、自分たちに近づけたくないみたい」

真那は顔を曇らせて言葉を詰まらせた。


『後天性心理異常症候群』という病気がある。


通称『奇病』と呼ばれるそれは、精神的なストレスが悪化して、身体的にも何らかの異常が出る病気の総称だ。人によって症状は異なるが、最悪の場合は命を落とすケースもある。

例えば宝石の涙を流す『星屑病』。天使の羽が生える『天使病』。

根本が心理的な問題なので、特効薬がないというのも特徴だ。

また、最近明らかになったのは、奇病は感染性であるということ。

発症するかどうか、どのような症状かはその人の心理状態次第だが、感染者の側にいると感染りやすくなると考えられている。

残念ながら、例外も数多く存在するが。


「……悠美さんは、ご両親に思うところはないんですか?」

真那に問われ、悠美は唸った。

「んー……まぁそりゃ、外に出たいとは思うよ?けど、奇病患者を警戒する気持ちも分かるし、仕方ないなって。……ガラス越しの面談くらい、来てくれても良いのにとは思うけど」

悠美はあえて明るく続けた。

「……そもそも、あたしが花食べちゃったのが悪いんだしさ!仕方ないんだよ」

真那は目をパチクリさせた。

「花⁉︎……ですか?」

「……あれ、言ってなかったっけ?」

悠美が首を傾げると、真那は何度も頷いた。

「その……花を食べたってどういうことですか?」

「いや〜……その、中学校の同級生にさ、『花咲病』っていうのを発症した子がいてさ」

「……」


「その子が髪に咲かせたバラを食べたんだよね」


真那はドン引きといった表情を浮かべた。

「……それはその、なんで……?」

「その子はさ、とある男子生徒Aからちょくちょくイジられててさ。男子生徒Aはただ好きな女の子にかまってほしかっただけらしいんだけど」

「ガキですね」

辛辣な真那に、悠美は苦笑いした。

「で、女の子の方は小学生の頃にイジメを受けていたというトラウマがあって、恐怖が爆発。その結果『花咲病』を発症して、トゲのある花で身を守ろうとしましたと」

真那は、辛そうな顔をして相槌を打つ。

「それで、女の子がパニクっちゃって、さらに花が暴走しちゃってね。だからあたしは……怖くないよって言いたくて……」

「だからって花を食べますか普通」

「必死だったの‼︎」

悠美がムキになってそう言うと、真那は微笑した。

「まあ、方法はおかしいと思いますけど……悠美さんは昔から優しかったんですね」

「一言余計じゃない?」

悠美のジト目を受け流して真那は続けた。

「それで、その女の子はどうなったんですか?」

「男子生徒Aが謝ってハッピーエンド」

真那はホッとしたように呟いた。

「……良かった」

そして、ハッとして部屋の時計を見た。

「もう8時ですね。朝ごはんを食べに行きましょう」

「そうだね。今日の朝ごはん何かなー」

「デザート付きだと良いですね」

いつも通りの無意味な雑談をして、二人は笑い合った。



二人が収容されているのは『隔離棟』の五階で、食堂は一階にある。

また、この隔離施設にいるのは、


1.奇病の発症者であり、療養が必要な者

2.発症者ではないが、感染の疑いがある者

3.それ以外の、精神的疾患がある者


のどれかであり、かち合うことがないようにそれぞれ食堂や娯楽室を使える時間帯が決まっている。

悠美と真那が該当する2番の患者は、時々別棟での検査等があることを除いては、普通の寮生活とあまり変わらない生活を送っていた。

「あっ!プリン食べれるって!」

「嬉しいです」

ある程度の娯楽はあるとしても、隔離施設であるここでは、食べ物が大きな楽しみの一つとなる。

「プーリンっ、プーリンっ!あー、今日の検査頑張れそう」

「ふふ、単純ですね」

「真那ちゃんこそ、目ぇキラキラしてるじゃん」

「バレましたか。甘いものは大好きなので」

「おかわりもできたら良いんだけどね」

もし仮に普通の生活を送れていたとしたら、悠美は高校二年生、真那は中学三年生のはずだった。

甘いものが好きなお年頃である。

(そういえば……真那ちゃんはどうしてここに来たんだろう)

真那がここに来たのは一年前。

そういうデリケートな話題を他人が振るのは良くないと思って尋ねたことはなかったが、やはり気になる。

一年経っても解放されないということは、悠美と同じような事情があるのかもしれない。

(……ま、深入りすることでもないよね)

悠美と真那はルームメイトであり仲間だが、あまり込み入った話はしない。

悠美視点では仲は良いと思っているが、真那は踏み込まれるのをあまり良しとしないタイプに見える。それは、慇懃な話し方に表れているだろう。

真那の嫌がることはしたくない。

「……悠美さん」

真那に声を掛けられ、悠美はプリンを頬張る手を止めた。真正面に座る真那の手も、完全に止まっている。

「……真那ちゃん?食欲ないの?具合でも悪い?」

真那は首を傾げた。

「……そういうわけじゃないんですけど、その……未来のことを考えて、ちょっと」

悠美はキョトンとした。

「未来?」

「……言いにくいんですけど」

「うん」


「……悠美さんのご両親は、たぶん、悠美さんを迎えに来ないでしょう?」


怖々とした様子で、真那は上目遣いに悠美を見遣る。

「……そうだね、来ないと思う。元々、妹の方が可愛がられてたから」

静かな声でそう応じると、真那はホッとした様子で続けた。

「だとしたら、悠美さんは成人するまではここにいる。……けど、成人したら出ていく、ということですよね?」

「そうだねー。保護者の意向だからってことでここに住まわせてもらってるけど、発症する様子はないし。施設もいい加減迷惑してるだろうし。成人したら、仕事でも探してここから出るかな。……まあ、義務教育すら途中で受けられなくなった人間を誰か雇ってくれるなら、の話だけど」

軽い口ぶりで言って、悠美はプリンを一口食んだ。

「……その、私も、似たような事情だから」

真那は目を伏せる。

「……私、将来どうなるのかなって」

か細い声の真那を元気づけようと、悠美は明るく言った。

「大丈夫!真那ちゃん、あたしより年下のくせにしっかりしてるし、大人びてるし。真那ちゃんなら、一人でもやっていけるって!」

「!……」

真那はバッと勢いよく顔を上げた。

悠美は思わず息を呑む。

(……どうして、そんな泣きそうな顔)

何か気に障ることを言っただろうか。ただ励ましたかっただけなのだが。

「……一人でも、やっていけるでしょうか」

「あたしはそう思うけど」

真那は笑った。

「ふふ、ありがとうございます。なんか、どうにかなる気がしてきました」

泣きそうな顔のまま。

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