第17話 お風呂の残り湯を捨てなかっただけなのに……。
お風呂の残り湯を捨てなかっただけなのに…………。
一応弁明しておくと私の風呂使いが粗くて残り湯が汚いわけじゃないよ! それはアリエナイよ!
実際に私もこれまで通りなら私の前後に家族の誰がお風呂に入ろうと気にしなかったし、ぬるかったら追い炊きをする程度のことだったし。
ただこのサキュバスハーフに目覚めて体液にも”催淫”効果があるということを聞いてからは、ちゃんと意識してお風呂の湯は入れ替えていた!
でも私の体液がわずかに溶けだしたお湯が他者に影響があるかどうか、尾久さんにもリン母さんにも相談した結果「それぐらいなら大丈夫だと思います (思うよ~)」とのことで、異能対策課とサキュバスハーフ種なお母さんからのお墨付きももらっていた。
だからあくまでも私としては”念のため”であって、”万が一”を考えてであって、”もしかすると”だっただけで気にしすぎなぐらいだったはずで…………。
後日談的に宮浦ちゃんとお昼をしたあとのミドリの絶妙なフキゲンさ、もちろん翌日フォロー……ではないけど約束通りお昼を一緒にしてミドリも満更でなかったようで一安心。
一方でいつものお姉ちゃんの仕草にドキっと意識してしまうのは変わらずで、ここ最近は無意識に”
多分そういうのもお姉ちゃんは察していただろうけど私にも何も言わなくて、むしろそれが私にとっては後ろめたくなっていって。
そして翌日に両親同行での病院行き、心の準備的には尾久さんとリン母さんの話を聞いているのでまだマシだとは思う。
それでも病院に行くからと、私の秘密を知れちゃうぞ! 的にウキウキ具合で行けるぐらいに私のメンタルは出来ていない!
なので前日の夜はそれは緊張する、そしてなんか検査とかされるならなんとなく身体も念入りに洗っておこうとか、湯舟に長めに浸かっておこうとか考えちゃうわけで。
そして私は私の入浴後の残り湯をそのままにした。
あとで考えればそれぐらいしか思い当たる余地がない、むしろそれじゃなかったらいよいよ私の異能は無差別になってしまってこの国と私がアブナイ!
ともかくほぼデフォルトボディに戻ったまま数日を過ごせている私でも、サキュバスハーフな各種異能が目覚めたあとの私ゆえに改めて異能科を受診するべきだとは思っていて。
それもあってな明日の病院なんだかんだで緊張するな~と、趣味の時間も早めに切り上げて就寝タイムに移行することにした。
「(まぁすぐ眠れるわけじゃないんだけどね!)」
手元にあるスマホの誘惑。
こういう時は百合マンガ・小説を読んで自己回復してから眠るべきなのではないかと一瞬マンガアプリなどが入っているスマホに手が伸びる…………興奮して眠れなくなりそうだから、ナシナシ!
落ち着け私、病院に緊張して寝不足でしたなんて…………まぁみんな割とありそうだけど! 出来れば万全の状態で受診したいというか、寝不足というノイズで結果を乱したくないというか──
などと悶々としていると、横目に見た目覚ましの時刻からしてベッドに入ってから一時間近く経っている。
そんな時不意に私の部屋の扉をノックする音、深夜も〇時前に私の部屋を訪れる人物とは……家族以外いたらホラーというか事件なんだけど。
「ユリ、起きてる?」
その声の主はまさかのお姉ちゃんであった、下十条スズランこと私の実の姉でもあり腹違いの姉でもある人。
規則正しい生活をしているお姉ちゃんからすればこんな時間に起きていることも珍しいような、いつか「夜の十時には寝ているわ」と聞いた覚えがある。
なのでこの時間に起きていて、それで私の部屋を訪問するというのは何かしらの事情・訳ありとしか考えられなかった。
「はぁい」
「っ! 起きてるのね。ええと…………」
既に就寝の体制に入っていたのでタオルケットを押しのけて身体を起こして、ベッドの端に座るように体を動かすと自室の扉方向を見据える。
扉越しに私の返答に驚いたかと思うと、少し喋って言い淀むように言葉が止まった。
「お姉ちゃん?」
「……今日は一緒に寝てもいいかしら」
『一緒に寝てもいいかしら』、その時私が想像・思い出したのは小学校も中学年までは部屋が分かれていても私が甘えて・お姉ちゃんも甘やかしてくれての一緒のベッドに寝た記憶だった。
珍しい、というか懐かしい。
どういった心境の変化だろう? でもたまにはそういうのもいいかな、お姉ちゃんから甘えてくる (?) とか妹冥利に尽きますし? 嬉しいですし?
私の寝相の心配が残るけど…………だが、私はお姉ちゃんの提案を無下にする選択肢はないっ!
病院前日で緊張しているから、お姉ちゃんと一緒に寝れば気がまぎれる可能性がもしかしたらあるかもしれないという打算的なこともないわけでもない…………私はダメな人間です。
ともかく私は何の気も無しに二つ返事で答えてしまって。
「いいよ~、一緒に寝よ」
「……いいのね?」
そうしてゆっくりと扉が開く、そこには私の色違いのファッションセンターで買ったような花柄のルームウェアの色違い (お揃い!) に身を包んだお姉ちゃんが自分の枕を抱えていて。
いつも通りのクールでかっこよくてキレイなお姉ちゃん…………うん? なんか、風呂上り? 妙に艶っぽいような……?
なんかえろ────何を考えているんだ私は! お姉ちゃんだぞ! 実のお姉ちゃんに欲情するのか私は、いくら全国民調べなら九割九分が美人だと断言するレベルには美人なお姉ちゃんとはいえ!
この脳細胞か! この煩悩がいけないのか! いい加減冷静になれ私!
「なんか久しぶりだね~」
「……そうね」
ただ私も違和感に気づき出している、艶っぽいというか風呂上りで長い黒髪も湿っている気がするし、それは良いとしても妙に頬は上気している気がするし、少し粗目の息遣いも聞こえるしで。
お姉ちゃんの手元の枕が必要以上に抱きしめられていて形を歪に変えている。
そして不意に脳裏にちらつく光景は────あの日見たはずなのにすぐに忘却してしまったはずの夢で。
「……お姉ちゃん?」
どうしたの? 大丈夫? 的なニュアンスを含めて首を傾げた瞬間だった、お姉ちゃんは枕を床に落としたかと思うとすたすたと私の元にやってきて私が座るベッドの目前までやってきていた。
座る私を見下ろす目の据わった、全体的に湿度の高いお姉ちゃん──その様子は明らかに尋常じゃなくて、何もないわけが無くて。
「大丈夫──」
「ユリっ!」
ベッドに座ったままの私を押し込むように、押し倒すようにしてお姉ちゃんが私に顔横に腕をついて覆いかぶさってくる。
いつもより近い顔、その時思った感想はというと────お姉ちゃんの顔っていいなぁと。
はっきりとした目鼻立ち、目が冴えるような美人な顔がそこにはあって。
しなやかに長い黒髪がしだれてきて私の頬に触れる、私と同じシャンプーの香りがするはずなのに妙にドキっとする。
私をまっすぐ見た彼女の目が据わっている、逃さない・逃げられないような……いや、実際今の私は逃げられないかも。
「ねえユリ」
「は、はい」
お姉ちゃん。
優しいお姉ちゃん、私のことを可愛がってくれて、ずっとずっと憧れだったなぁ。
幼いころは一緒にお風呂に私から入りたがったりしたっけ、私が寂しがると一緒に手を繋いでくれたりもした、怖い思いをしたことを言い訳に一緒の布団で寝てくれた。
仲のいい──姉妹だと思ってる。
「今、付き合ってる子はいる?」
思わぬ質問だった、そんなことを実の妹に聞いてどうするんだろう。
でもその表情は真剣そのもので、茶化す気も冗談で済ませるような雰囲気ではないのはすぐさま理解して。
「い、いないです」
正直に言った。
今も昔も私には付き合っている子はいない、本当だ。
「好きな子とかはいない?」
「いないです」
お姉ちゃんが好きな子というのがはたぶん恋愛的に、ラブな意味なのだと思う。
今の私は誰かを愛せる自信も、自分が愛される自信もないと思っていて、私としては見ているだけで良くて眺めているだけで幸せだと思っていて──
なんだかいつものお姉ちゃんと違うグイグイと畳みかけてくる感じ、結論を急ぐような、結果を急いているような、そこに湿っぽさと余裕のなさと……どこか色っぽさがあって。
「お姉ちゃんは……ダメ?」
「えっと…………」
それはどういう質問だろう。
それは…………お姉ちゃんと付き合ってほしいとかいう意図で本当にいいのだろうか。
「ユリにとって私は家族としか見れない? ダメ、かしら…………」
その質問意図は勘違い上等で考えるなら、お姉ちゃんを私が恋愛対象として見れるかということかもしれなくて。
その質問への問いなら──恋愛対象として見たことが、つい最近まではなかったからわからない、が本当で。
でも心のどこかでお姉ちゃんが私にとってダメなわけがない、お姉ちゃんがダメな理由なんてない、とも思っていて。
お姉ちゃんがそれを望むなら私が拒む理由に”お姉ちゃん”だからというのは存在しない。
だからダメな理由は私にあって、それも身勝手な考え方で、お姉ちゃんは悪くなくて、でも即答が私にはできなくて……。
そしてお姉ちゃんは決定的な言葉を口にする。
「愛しているわ、ユリ。私の妹になったその日からずっと」
それは、えっと────そして夢の続きが始まる。
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