フェイスドポーカー
紙の妖精さん
Faced Poker
200人を超える部員の中で、最強の名をほしいままにするのは籠鳥雲花。試合の始まりと同時に、彼女の目は鋭くなる。まるで研ぎ澄まされた刃のように、カードを操り、相手の表情を見つめる。
「……コール。」
彼女が静かに言葉を発すると、空気が一瞬張り詰める。相手の表情が微かに揺れた。迷いが生じたその瞬間、雲花はゆっくりとカードを伏せた。
「ストレート。」
淡々とした声。事実を告げる響きだった。
相手はカードを伏せ、肩をすくめる。静かなざわめきの中、試合は終わった。
試合後のポーカー部では、部員たちが机を囲み、持ち寄ったお菓子を広げるのが習慣になっている。雲花も自然と輪の中にいた。
「雲花、今日もすごかったね。」
女子部員が言うと、彼女は手元のトランプをシャッフルしながら、ぼんやりとした声で返す。
「ありがとう。」
その口調は試合中の鋭さとは違い、どこか淡々としている。彼女はさっきまでの勝負の熱も忘れたかのように、ふとトランプを一枚引いた。そして、静かにカードを並べ始める。
「……何してるの?」
隣の女子部員が不思議そうに尋ねると、雲花は真顔で答えた。
「お天気占い。」
女子部員たちの間に、一瞬の沈黙が落ちる。
「……え?」
「だから、お天気」
淡々と告げながら、また一枚カードを引く。その真剣な様子に、周りはどう反応すればいいのかわからず、戸惑いの表情を浮かべる。
「普通に天気予報みれば?」
ようやく別の女子部員がそう言うと、雲花は「あ、そっか。」と納得したように頷き、カードをしまった。
「雲花、今日の試合、最後のコールのタイミング、どうしてあそこだったの?」
ふいに、ある女子部員が尋ねた。部員たちの視線が、一斉に彼女へと向く。
雲花はポーカーチップを指先で軽く回しながら、チョコレートを一口かじった。そして、特に驚くでもなく、淡々とした口調で答える。
「相手の左手がね、一瞬動いたんだよ。カードを握る癖があるみたい。強い手のときだけ。」
その場が一瞬静まる。誰もが思い返すように試合を振り返るが、そんな細かい動きに気づいていた者はほとんどいない。
「……全然気づかなかった。」
「すご……。」
尊敬の混じった感嘆の声が漏れる。
「それだけで決めたわけじゃないでしょ? 他にも何か読んでた?」
もう一人が身を乗り出すように聞くと、雲花はちょっと首を傾げた。
「うーん……カードの流れもあるけど、あとは勘?」
「勘?」
「うん。相手が『そろそろ勝ちたい』って思うタイミングがあったから。そこに合わせただけ。」
まるで当然のように言う雲花に、周囲の女子部員たちは呆然とする。ポーカーは確率と論理のゲームだ。運も絡むが、ただの「勘」で勝てるほど甘くはない。しかし、彼女の場合、その勘が極めて鋭く、論理的な裏付けすら感じさせる。
「それが最強ってこと?」
女子部員がため息混じりに言うと、雲花は、ふと思い出したように言葉を継いだ。
「戦略ってね、考えすぎると見えなくなることもあるよ。」
「たとえばさ、カードを何パターンも考えても、結局、相手はそのとおりに動かないことが多いでしょ?」
「だから、逆に『動く理由』を考えるの。相手がどうしてそのカードを出すのか、どうして迷うのか。それがわかれば、どんな手を持ってるか見えてくるよ。」
淡々とした説明。しかし、それは彼女が無意識に積み上げてきた勝者の思考だった。
部室はしばしの沈黙に包まれた。誰もが考え込むように、雲花の言葉を噛みしめていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
数日後のある日、ポーカー部、コンピューターゲーム研究部、ボードゲーム部の三部合同で「決闘」が行われることになった。
それぞれの部員たちは学校のコミュニティルームに集まり、部の誇りをかけた試合を繰り広げる。一方、各部の部長だけは、雲花の一言で決まった「お茶室」での勝負に臨むことになった。
「本当にここでやるの?」
コンピューターゲーム研究部の女子部長は不安そうに畳を見下ろした。彼女は普段、キーボードとマウスを握ることが多く、和室に座ることなど滅多にない。
雲花は袱紗(ふくさ)を畳むような仕草でカードを切る。彼女にとって、この場所も勝負の場には変わりない。
「お茶室でポーカーか……。なかなか趣があるね。」
ボードゲーム部の女子部長は感慨深げに呟く。彼女は普段、欧米の戦略ゲームを愛好し、ポーカーのような運と心理戦のゲームにはあまり馴染みがない。
3人は畳の上に正座し、勝負が始まった。
最初の数ターン で、雲花はすでに手応えを感じていた。
コンピューター部の女子部長はコンピューターゲームの影響か、確率論にこだわる。しかし、彼女の計算は表面上の確率に過ぎず、プレイヤーの心理を読むことには慣れていない。
ボードゲーム部の女子部長はボードゲームの知識から、慎重に手を進める。しかし、ポーカーは「完全情報ゲーム」ではない。彼女は情報の欠落に対する対応が苦手だった。
結果、雲花は淡々と相手の癖を見抜き、読み、動きを封じる。
「……おかしいな。こんなに早くチップがなくなるなんて……。」
コンピューター部の女子部長が呆然とし、ボードゲーム部の女子部長も困惑した表情を浮かべる。
雲花はポーカーチップを指で弾き、静かに勝利を宣言した。
一方、コミュニティルームでは熱戦が繰り広げられていた。ポーカー部、コンピューターゲーム部、ボードゲーム部の部員たちはそれぞれの戦術を駆使し、互角の勝負を展開していた。
「意外とポーカーって戦略性あるんだな……!」
「ボードゲーム部、強くないか?」
「コンピューターゲーム部、データ分析で対抗してる!」
女子部員たちはそれぞれの部のプライドをかけ、白熱した戦いを見せた。
そして、決闘の結果が発表される。
『「部長戦は、ポーカー部の勝ち。」』
『「コミュニティルームでの試合は、ほぼ互角。」』
最後に、コンピューター部の女子部長がぼそりと言った。
「……でも、結局、私達、部長が負けたから、ポーカー部の勝ね……」
「うん」
雲花は淡々と頷き、お茶を一口すする。
3つの部の戦いは穏やかな余韻を残して幕を閉じた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日、雲花は普段の学校の制服ではなく、少し違った装いで登校していた。着ていたのは、妹の人伊からもらった「リロルポルシェット」という服。ポルシェが手がける高級ブランド服「リロルポルシェット」のトップスは、シンプルでありながらも贅沢な素材が使われていた。深いネイビーブルーのサテン地が光を反射し、優雅さを醸し出す。肩部分はラウンドカットで、ほんのりとしたドレープがボディラインに沿って流れ、動きに合わせて、そのシルエットが際立っていて胸元には、細いシルバーのラインがアクセントとして加えられ、控えめながらもリロルポルシェットらしい高級感が漂う。袖口はフレアスリーブで、シンプルな中にも遊び心が感じられる。ボトムスは、トップスに合わせたネイビーブルーのハイウエストパンツで、しっかりとした生地感が足元に向かって少し広がるシルエット。裾にはわずかなカットが施され、足元が軽やかに見えるように計算され素材はサテンと微細なストレッチが効いており、動きやすさと快適さを両立し全体的に、リロルポルシェットの洗練されたデザインと高級素材が見事に融合し、シンプルながらも上品でモダンな印象を与えいた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「今日、すごいおしゃれな服だね。」
登校して教室に入ると、すぐに友達の一人が声をかけてきた。周囲の何人かが雲花の服に目を留めているのがわかる。
「そうかな? これは妹からもらったんだけど。」
雲花は少し照れながら答えた。普段の服よりも少し豪華に見えるその服に、クラスメートたちは驚きの声を上げる。
「それ、ポルシェのブランドの服だよね?」
「ポルシェって車のメーカーだよね? どうして洋服作るんだろう?」
教室の中がざわつき始め、ポルシェのブランド名を聞いたみんなが一斉に反応する。ポルシェというブランド名が洋服に使われていること自体、驚きだった。雲花にとっては、妹から「着てみて」と言われたから素直に着てきただけで、特に特別な意識はなかったが、周囲の反応はかなり大きい。
「ほんとにポルシェが作ってるんだよ。」
「え、車のメーカーが洋服作ってるなんて… すごいね。」
「リロルポルシェットって、ポルシェが手がけたブランドだよ。」
周囲の反応を見て、雲花は少し戸惑いながらも、そう説明した。その服が他の子たちにとっては、ただの「服」ではなく、高級感のあるブランド品であることを改めて実感する。
「雲花、その服めっちゃ素敵だね! 写真撮ってもいい?」
「撮影会しよう!」
写真を撮りたいという声が上がり、クラスメートたちがスマートフォンを取り出して雲花を囲む。まるでモデルのように、雲花はポーズを取ったりしながら、次々とシャッター音が響いた。
雲花は少し恥ずかしながらも、周囲の子たちが楽しそうに写真を撮る様子に、雲花も次第にその状況を楽しむようになっていた。
「すごいよ! ポルシェの服なんて、なかなか見ることないよ」 「ほんと、おしゃれだね! 今日の雲花、めっちゃかっこいい!」
雲花は照れながらも笑顔を見せ、「妹に着てって言われたから着てきただけだよ。特に変じゃないよね?」と答えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ある日、雲花のもとに一通の手紙が届いた。手紙の宛名は「雲花様」、差出人は下級生である糸という名前だった。
手紙の内容は、糸がポーカー部に入りたいというもので、さらに不思議なことにスマホの通話番号まで記載されていた。
「ポーカー部に入りたい…」雲花は手紙をそっと開封した。
中身を読んでいると、どうしても気になった番号が目に留まる。思わずその番号をスマホに入力して、ダイヤルボタンを押した。
電話が繋がると、しばらくの沈黙の後、やっと相手が口を開いた。
「もしもし…雲花さんですか?」糸の声が緊張した様子で響く。
「雲花だけど。手紙をもらったけど、どうしてポーカー部に入りたいの?」雲花は少しだけ好奇心を抱きながら尋ねた。
「その…実は、雲花さんのことが好きで…ポーカー部に入りたいんです。」糸の声は少し震えていた。
雲花は少し驚きながらも、冷静に答えた。「私?笑。好きだから、って理由でポーカー部に入るのは、ちょっと違うかなあ」
「そうですよね…」糸の声が少し寂しげに響く。
しばらく沈黙が続いたが、糸は続けて言った。「…ポーカー…どうしても雲花さんと一緒にやりたくて。私、ポーカー強いんです。だから、もし私が雲花さんに勝ったら、少しだけ考えてくれませんか?」
「ポーカーで勝負?」雲花は少し考えた。「わかった、じゃあ試合をしよう。」
電話を切る前に、糸が小さな声で言った。「ありがとうございます、雲花さん。」
「うん」雲花は軽く微笑みながら、電話を切った。
次の日、学校のコミュニティルーム。雲花と糸は、他の部員たちがソファに座りながらのんびりと雑談している中、静かな空間で向き合って座っていた。試合が始まる前に、軽い緊張感が二人の間に漂っていたが、雲花はそれを気にせずカードをシャッフルしながら言った。「始めよう」
糸は少し緊張しながらも、真剣な目つきでカードを見つめている。雲花が一枚ずつカードを配りながら、話しかけるように言った。「ちょっと新鮮。」
糸は微笑みながらも、どこか自分の内心を隠すようにして答える。「はい、私もです。雲花さんとの勝負なら、絶対に負けたくないです」
その言葉に、雲花はちょっとだけ驚いた。いつもどこか冷静で余裕を感じさせる雲花だが、糸の熱意に少し動揺する。「ふーん、そんなに強気かあ」
試合が進む中で、糸のプレイには何か不自然な点があるように感じられた。彼女の動きは非常に計算されているように見えるし、思わず雲花は何度も彼女をじっと観察してしまう。「どうしたの?」と声をかけたくなるほど、糸の表情はどこか柔らかく、少し違う空気を放っていた。
試合が終了し、雲花は勝負がついた結果を受け入れながらも、糸に質問を投げかけた。「さっきの試合、もしかして少し手加減してた?」
糸は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに微笑んで答えた。「実は、その、ごめんなさい…あの、私、小学生ポーカーで日本一になったんです。」
雲花はその言葉に驚き、目を丸くした。「本当に?」
糸は少し照れくさそうに、でも自信を持って続ける。「はい、本当に。今回は少しだけ手加減してみました笑」
その言葉に雲花は思わず少し黙り込んだ。小学生日本一だったという事実を聞いて、驚きと同時に少し気を引き締めるような気持ちが湧いてきた。「本当だったらちょっと危ないな」と心の中でつぶやく。
糸は少し沈黙した後、緊張した面持ちで雲花に問いかける。「もし、私が勝ったら、私のお願い事を少しでも聞いてもらえるでしょうか?」
雲花はその言葉をじっくりと考え込むように黙り込んだ。普段は冷静で余裕のある雲花だが、今は少し迷っている様子だった。周りの部員たちも二人のやり取りを静かに見守っていたが、その空気が一瞬、重く感じられた。
やがて、雲花はゆっくりと顔を上げ、無表情で答えた。「いいよ。」
その一言に、糸は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。「ありがとうございます。」
雲花は無言でカードを取り上げ、再びシャッフルを始めた。手の中でカードが回る音が、静かな部屋の中に響いていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ある日の学校の帰り道、雲花は糸と並んで歩いていた。道の脇の桜の木が風に揺れ、少し花が舞い落ちる中、雲花が口を開いた。
「ねぇ、糸。あの試合の後、ずっと考えてたけど…」
糸は少し驚いたように雲花を見たが、すぐに柔らかく微笑んだ。「うん、何?」
「糸は強いね。」雲花は少しだけ顔を赤らめて言った。
糸はうなずいて、嬉しそうに笑った。「うん、私、ポーカーには自信があったから。」
雲花は少し照れくさそうに目を伏せると、歩みを少しだけ止めて糸に言った。「だから、私の約束、守らないとね。」
糸は歩きながら、静かに雲花の方を見た。「約束?」
「うん、私が負けたら、あなたの言うことを考えてみるって。でも、実際にどうすればいいのかなんて、ちょっとわからなかった。でも今は、もうわかってる。」雲花は少し黙ってから、再び言った。「私は、強い人が好き」
糸はその言葉に驚くことなく、優しく微笑んで言った。「私も、雲花さんが好き。」
雲花はその言葉に安心したように笑みを浮かべ、肩をすくめながら言った。「なんか、変だね。最初はこんなことになるなんて思ってなかったけど。」
「私もです…」糸は言いながら、雲花の手をそっと握った。
雲花は少し照れくさそうに笑いながら、その手を握り返した。
フェイスドポーカー 紙の妖精さん @paperfairy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます