#妖彼怪異シリーズ ひとまとめ

日戸 暁

春の調べと東風

年とともに新しく

迷い込んだ道の先

今日は教授が学会の討論会に出るってんで、それを聞きに行ってきた。


その帰り、会場の最寄り駅で電車を待っている時、ホームで津田と遭遇した。


「あれ、津田じゃん、どったの。……学会?」

「二木、もしかして君も聴講してきたの? 千萱、ファシリテーターよく務めていたね」


まじかよ、教授とは専攻違うのに。いい息子してるじゃないか。


同じ車両に乗り込み、空いていた2名がけの狭い長椅子に並んで座る。成人男性2人だと、どうにも肩がぶつかってしまう。


「僕が横にいたらきつくない?」

長身の津田が気を遣って立とうとするのを押し止め、俺は一生懸命話題を振った。

大きな声では言いにくい、教授の噂話とか。そうすれば必然的に津田は俺の隣に座って耳を傾けることになる。


最初はうんうんと相槌ばかりだった津田も、珍しく口数が多くなっていき、今日はすごく活発にやり取りできる。

津田が雑談に興じてくれるなんて。すげぇ、友だちみたいだ。俺、嬉しい。


とある駅について、津田がふと喋るのをやめてドアの上の液晶パネルを見た。

「ところで二木はこの電車、どこまで乗るの? 次、L駅だよ?」


確かにL駅で俺の最寄り駅のある路線に乗り換えられるけど、たぶん津田はこの電車を終点まで行って、そこで別の路線に乗り換えてターミナル駅まで行くんだろう。


「んー、俺も終点駅まで乗って、ターミナル駅までいくよ。一緒に帰ろうぜ」

「それじゃぁ君、帰るの遠回りじゃないか。……僕は、その、……嬉しいけど」

津田が照れながら言う。

俺と一緒に帰るのが嬉しいなんて、俺も嬉しいぜ畜生。

以前だったら、「次、君、乗り換えだ」と言ってきただろうに。

まぁ、欲を言えば、……喋り足りないからもっと一緒に居たい、って言ってくれたらいいのになぁ。


「さて……西口に向かえばいいね。路線によって乗り場が違うのは仕方がないけれど、よりによって駅の端と端なんてねぇ」


津田が疲れたように笑って言った。


ホームから長い階段を上がって、終点駅の東口と西口を結ぶ中央コンコースを歩く。


「なぁ津田、帰る前にどっかでお茶しよーよ、俺ちょっと腹減った」


俺は、津田を誘ってみた。


友だちと帰りがけに寄り道するのなんて、学生の時にしか味わえない楽しみだ。

院生なんて人生最後の学生生活だ、めいっぱい友だちと遊んでおきたい。


津田には色々と世話になってるし、

俺にとってはもう大親友だし、津田の親友に俺もなりたいと思っているんだ。

もっと気楽に、無計画にふらっと遊びに行けるような、親しい友人になりたいんだ。


「いいね、……この辺り、カフェあるかな?」

わぁ、津田がお茶の誘いにこんなあっさり乗るなんて珍しい。今日は良い日になりそうだ。


駅ナカに確かチェーンのカフェがあったはずと俺が言い、とりあえずそこへ行ってみる流れになった。


中央コンコースを外れて、ノースロードと名付けられた細い通路沿いのチェーンのカフェを覗いたが、とても混んでいた。


「大学構内にもあるチェーン店だし、空くのを待つより別のところを探すかい? どこに適当な店があるかわからないけど」

津田が訊く。


スマホの地図アプリでカフェを検索してみるも、電波の状況が悪いのか、なかなか表示されない。


「デパートん中とか探してみる?」

駅ビルと、隣接した建物も合わせると、このエリアにはたくさんのデパートがある。


東口側はお日さまマークの“燦光”、

西口には金色の鳶のマークの“ミルバス”、

途中に“嚆矢かぶらや”。


こんなに密集して、それぞれのデパート、やっていけるんかな。

と俺が呟くと

多分色々品揃えやターゲットの客層が違うんだろう。どう違うのかは全然分からないがね。

と津田が苦笑する。

「今いるところからだと嚆矢かぶらやが一番近いかな」

正直、津田も俺も、この駅は乗り換えで使う程度で、あんまり土地勘がない。

とりあえず駅構内の案内図を見上げつつ、ミルバス側出口と書いてある方へてくてく歩く。途中、短い階段を上がると、バスロータリーに面した広場だった。

「コンコースがあったの、1階だと思っていたけど、あれは地下中1階だったのか」

津田がぼそぼそ言って、辺りを見回している。嚆矢かぶらやデパートに着き、入口横のフロアマップを見る。2階にカフェがあるようだ。

「ねぇ、僕ら、嚆矢かぶらやデパートに来たつもりが、ソキウスってショッピングモールに来たみたいだ」

よく見ればフロアマップの一番下の矢印も、嚆矢かぶらやあちら ﹅ ﹅ ﹅ と、店の外を指している。

てことは、これは嚆矢かぶらやの案内図じゃあない。

なぁ、どこについての案内図なのか、タイトルはっきり付けてくれ。

「せっかくだしここ行ってみようか」

フロアの角っこにあるそのお店、着いてみたら疎らに空席がある。

こりゃラッキーと思ったら、

「二木、向こうが入口だ。僕らは出口から入ってしまったようだ」

店内をそのまま通り抜け、入り口側の長い待機列を横目に、俺等らはそのままソキウスを後にした。言わなくても通じる。

この店は混みすぎているからやめよう。


「……わざわざ来て、店を突っ切っただけ」

津田が笑い混じりに言う。

「いやほんと、ウケる」

「次は、どこ行ってみようか」

とりあえず、駅ビルの外に出る。

左手の、吹き抜けになっている通路を渡ってみた。そこから駅のホームが見下ろせた。

スーツらしき黒っぽい服を着た一団が並んでいるのが見える。

サラリーマンかな、外回りお疲れ様だ。

今入ってきた電車、あれは何線だろう。


「へぇ、青い車両、初めて見たかも」

「今、僕らどこにいるんだ?」

津田がむぅと唸って電車を見つめている。


「何階に居るのか、よく分かんないな、全く」

と俺も苦笑した。

建物から出てきてしまったので、その流れで地上を散策する。

ファミレスもカフェも全然無いな。


バス通りを挟んで向こうに家電量販店が見えた。

「あそこなら、カフェは無いかもしれないけどレストランならありそう」

津田がカフェを探すのを諦めはじめている。


がっつり飯を食うほどじゃないからカフェを探していたんだけれど、俺も、この際、何でも良くなってきた。


「どうやって向こうへ渡るんだ? 交差点が見当たらない……あぁ、この、頭の上が連絡通路か」

「うはは、まさか通り過ぎてるとは」

来た道を少し戻って、駅ビルと向かいの立派なホテルを繋ぐ連絡橋に上がって、てくてくと二人並んで歩く。

俺はちょいとばかし、靴擦れを起こしてしまって、ひょこひょこと左右非対称に揺れながら歩いている。

津田も疲れているのか、いつもよりのんびり歩いている。お陰で俺の痛む足でも遅れずに済んでいる。

「高そうな海老の料理……」

ホテルのレストランの看板に津田がふとそんな感想を漏らした。

「あんなにちゃんとしたフルコースはちょっと無理」

と俺が言えば

「僕もだよ。胃袋的にも、財布的にも、苦しそうだ」

違いないと二人して笑う。


「家電量販店、もう一本向こうの道かぁ、どっから渡れるんだ?」

「二木、さっきのソキウスの、地下道への入口が、僕らの横と向こうの道にあるんだが、……橋を渡り終えたと思ったら今度は地下を行くことになりそうだ」


上がって下りてまた下りて。もう何がなんだか。

じゃあさっきソキウスから出なければ良かったんじゃないか、

あぁでも地上に出たから家電量販店に気付けたんだし、

いやだがしかし、何このあまりに非効率的な動線、

まぁまぁ、臨機応変な対応と言おう、

いやただ行き当たりばったりなだけ。


俺らはとりとめもなく言い合い、

何がおかしいのか二人して笑い転げながら地下へ降りた。


階段を降りてすぐ、曲がったY字型に通路が交差している。

行き交う人々の足音や話し声が地下通路に反響して、かなり賑やかだ。


とりあえず、通行の邪魔にならないよう、一旦柱の傍に避ける。

柱に凭れて一息つく俺に、津田が言う。

「さて……絆創膏と傷薬を買ってくるので、少し此処で待っていてくれるか?」

「え?」

「靴擦れが痛むのだろう? 僕がいくら歩調を緩めても君は、そもそも歩くこと自体が辛そうだ」

気付いていたのか。

Y字路を抜けた先にまた別の通路があり、そこにドラッグストアが店を構えているとのことだ。

津田が通路の先へ足早に消える。

津田を待つ間、俺は身を屈めて靴の踵に指を入れ、靴の縁が足に食い込むのを一時的に和らげた。

靴擦れなんて久しぶりだ。学会だからって、革靴なんか履いたからだ。

普段履きのスニーカーにしておけば良かったな。多分、擦れてだいぶ腫れてるだろう。


つらつらと考えながら体を起こし、

家の近所のドラッグストアは5時閉店なんだよな、そういや今何時だ?


ふと気になって腕時計に目をやる。


あ、袖んとこ、ゴミついてら。

紺のジャケットの袖口に白っぽいモノがくっついている。ぱっぱっと手で払う。


……何か、ざりってヤな感触がした。

よくよく見たら羽虫だ。

しかも、羽が片方無くなっている。


もしかしなくても、今、俺がちぎっちゃったんだろう……。

いくら俺が腕を振っても、片羽の虫は、飛び立てるわけもなく。

仕方がない。

ティッシュに包んで、ギュッとした。


うわー……やだなぁ、後味が悪い。早くこのティッシュ捨てたい。


ポケットにそれをしまいつつ、ゴミ箱を探して周囲を見回す。

俺の視線の先で親子連れが立ち止まる。母親が電話に応じているようだ。

その傍らで、まだ小学生にもなっていなさそうな幼い姉妹がきゃっきゃっとはしゃいでいる。


なーべなーべそーこぬけ、そーこがぬけたらかえりましょ、


唄いながらくるくると回る少女たち。

お揃いの白いワンピースの裾がふわっと軽やかに広がる。


なぜだか妙に惹きつけられ、少女たちから目が離せない。


きゃはきゃはと甲高い笑い声をあげ、彼女らはまた唄い出す。


なーべなーべそーこぬけ、そーこがぬけたら、

かえりましょ、かえりましょ


頭の中で、唄が反響する。


そーこが、そーこがぬけた、ぬけたら、かえ、


ちりーん

澄んだ鈴の音が突然響いた。


か、え、り、ま、……


少女たちの唄声が喧騒の中に掻き消されていった。


「き、ふたき」

肩を揺すられて、はっと我に返る。

「……あ、津田、ごめん。ぼーっとしてたわ」


いつの間にか、津田が俺の正面に立っていた。

人々の喋り声が煩い。片耳を押さえながら、少女たちを探して辺りを見回すが、どこにも少女たちの姿はない。


津田はそんな俺の様子を黙って見ている。

やがて、そっと俺の足元に跪き、津田は言った。

「疾くもの病むものけがれしもの皆速やかに、空のあなたへ飛び去れと宣る」


突然の咒いに驚く俺をスルーして、津田が言う。


「すまない、二木。怪我をして体が弱っているときに、気枯けがれのものを持ったまま地下の辻路つじに居させた僕が悪い」


は? と聞き返す俺の、上着のポケットに手を突っ込み、羽虫を潰したティッシュを津田は勝手に持ち出した。


いや、そんなゴミが欲しいのかよ。というか、なんでそのティッシュに気付くの。


「君が何を見、何を聴いたかはあえて問わないが、……君、この死骸は、僕が預かろう」


そういつもの淡々とした声で津田は言った。

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