第25話 父娘の対面
目通りが叶ったのはそれから一月後だった。
それも城中ではなく吉宗がお
吉宗としては苦難を乗り越えてきた娘にそのような思いをさせたくなかったのである。
加納の屋敷では
雲一つない空を映した池の
そして
吉宗は毛氈に正座する吉乃を見て、にこやかに声を掛けた。
「吉乃か」
「はい上様、お目通りを
吉乃も微笑みを返した。
「美しい娘に育ったのう。
「母を覚えていらっしゃるのですか」
吉乃は吉宗にとって母も
「覚えているとも、美しさも
吉乃は初めて吉宗の愛を感じた。そして吉宗の目にうっすらと
「上様はわたくしとお会いになるのは
吉乃の問いに悲しげな顔で
「そちたちを手放した時、余は紀州藩主であった。ところが
「存じております。国の財政を立て直す中で、上様のご落胤と称するものが次々に現れては将軍としての
吉乃は吉宗の心中を先読みして言った。
「わかってくれるか。吉乃、そちが望むものは何なりと叶えよう。願い事はないか。
吉宗は身を乗り出して尋ねた。吉乃は毛氈に手を置いて「されば」と、言って続けた。
「今日限りのお目見えとあらば、今だけは父上とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「おお、呼ぶがよい」
吉宗は目尻を下げて応じた。
「父上、大名家への
「されば独り身でこの先どうするというのだ」
「わたくしには大切な方々がおります。命を賭してわたくしを守った香月道太郎様とその
思いもよらぬ吉乃の願いであった。吉宗は離れて
「久通、香月数馬とはどのような人物か」
吉宗の問いに加納は少しも慌てずにこやかである。
「上様、香月数馬もまた父親の汚名に
加納は二人の恋を
「久通、
吉宗は腕を組んだ。加納も考えた末、
「
「おう、それが良い。
加納は「承知
帰りがけに吉宗は今一度吉乃に優しい視線を向けた。
「いつかまた、このように忍びで会いたいものだな」
「はい父上、わたくしもその日を楽しみにお待ちしております」
しかし、そのような機会が訪れることは二度となかったのである。
吉宗との謁見の結果を吉乃から直接聴かされた数馬は大いに喜んだ。
「それでは大名家へ嫁ぐという話はなくなったのですか」
「そのような話はもとよりございませぬ。わたくしはたとえ上様の命であってもお断りするつもりでした」
吉乃が意志の固さを見せると、数馬は笑顔で何度も頷くばかりだった。
「わたくしの気持ちは伝えました。頷いてばかりでなく、あなたのお気持ちを聴かせてくださいませ」
吉乃は意地悪く数馬に迫った。
「わたしの喜ぶ顔を見てわかりませぬか」
数馬は
「いいえ、わかりませぬ。どうぞ口に出してくださいませ」
数馬は逃げ場を失って「わたしの妻になっていただけますか」と、ついに
「わかりました。そうと決まれば祝言を急ぎましょう」
吉乃は加納を訪ねた。
数馬は御家人としては
住居は
加納としては新しく生まれ変わった屋敷にて
ところが吉乃の申し出により加納の屋敷で行うことになったのである。
「当屋敷にて祝言を
「わたくしもこのお屋敷を実家と思うております。されど
吉乃が思いを告げると、数馬はそれに増して思いの強さを語った。
「わたくしも同じでございます。殿との出会いがわたくしの生きる道しるべとなりました。そればかりか幼い頃わたくしが育つ上で妨げになるものを
加納の
「姫様、
その言葉をかわす様に平伏する数馬を見てその場に笑いが巻き起こった。
祝言は武家のみで行われた。
招待客は
少人数ではあったが魯庵を除いてそれぞれが数馬と吉乃に救われた縁ある者たちであったため、その際の話で盛り上がり
吉乃は吉宗から
数馬は改めて宝物を得たことを実感し、どんなことがあろうとも吉乃を守り抜く決意を新たにした。
翌朝、亮介は魯庵と共に長崎へ旅立とうとしていた。
数馬は吉宗から
「この小太刀がそなたを危機から守ってくれるであろう。されど、そなたの
「わかっております兄上。覚悟を持って
亮介はいまだに数馬の言葉の重みを胸にしまっていた。
「どうかご無事で、桃代はいつまでもお待ち申し上げます」
桃代は涙をこらえて言った。
「桃代さん、わたしが一人前の
亮介の強い
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