第6話 新生活(三) 前途多難

貴女あなたたちの行動は読めていた。筒抜けであった。初めから我々のてのひらの上だ。悪いことは言わない。さあ、もう投降しろ。それが貴女あなたたちの身の為だ」

 小さな裏門に対比され一層大きくみえる高身長な男がいた。

 なんと、追っ手がさらにもう一人いたのだ。 


 そんな。私はここで終わり?終わってしまうの?

 あの時必死で、生き残ったのに。


 いや、まだ結界がある。結界を発動させれば、もう大丈夫。そのためにママと外に出る。必ずまだまだ生きてみせる。


 さっきの群青髪の無礼で偉そうな男とは一線を画した、より高貴で上品、明らかに格上な、だがしかしやはり偉そうな男が出口の前に立ち、脱出を阻んでいた。

 髪は鈍い青緑色、ティール色と言うものだろう。

 真っ白な軍服、スーツのような形のものに金色の勲章が光る。

 それぞれ少しずつ造形は違うが、それが見たところ六個ある。


 よほど実績のある、優秀な人物なのだろう。

 それだけにやはり賢い、読み通りとか言っていた。

 その読みが当たって嬉しいからだろうか、はたまた余裕を感じているからだろうか、軽く笑みを浮かべている。


 それとは反対に汗を流しているのはラモーナさん───私たちの言うママだ。顔に見えるのは逃走による疲労が原因の汗でなくこの男に対面した直後浮かべた冷や汗だ。

 それに、切羽詰まった表情をしている。

 けれど、どうにか外に出れば…逃げ切れる。

 どうすれば……


 何かこの男をくための案はないかと模索していた時、

「セリナちゃん、私のことはいいから…あんたでけでも逃げれる?」


「え?」

 ママは突如私に退避を促した。


「えっ、それは…なぜですか?自分がこの敷地から外れたら結界が発動するみたいなことをおっしゃっていたのはママじゃないですか!?でしたら一緒に駆け込んだほうが、」

 ママはいきなりのことで何のことか分かっていない動転する私の声をピシャリと打ち切って告げた。


 残酷で絶望的な推測を。


「残念だけど、結界はもう発動しない。おそらくね。そして私たち二人で生きて帰ることも難しい。だからあんただけでも、いや、あんたこそ逃げなさい」

「どういうこと…いやっでも…っ!」


 どういうこと?

 結界はどうしたの?

 いきなりなんで?

 私だけで外に出る?


 でもそうしたらママは、どうなってしまうの?



 逡巡しゅんじゅん、思索は許されなかった。

「そうだ。そこの修道女もどきの言うことは正しい。私は賢い女は嫌いではないぞ」

「ではそれは……どういうことなんですか…?」

「そうだな、どうせなら解説をしよう。結界───前任の修道女、マフー・ケージケルンの結界はもう機能しない。私の方で解除した。彼女は全く厄介のものを残してくれたが、だがもう貴女あなたたちは既にあれの庇護ひご下にはない。よって、大人おとなしく降伏することをお勧めする」


 結界が、機能しない…


 それって、もしかして、私たちってもう逃げられないってことだろうか。

 もしそうなら困るなんてものじゃない。本当に詰みだ。

 そんな、いやそんなはず、そんなはずない

「ママ、これって本当のことですか……?」

 ママに確認する声が震える。

 恐ろしいのだ。


「ああ、おそらくハッタリではない。セリナちゃん、こいつは───」

「他者の紹介は必要ない、私が名乗る。私は裁罪省ジャスティス・ミニストリの大臣にして最高戦力、魔法犯罪者粛正部のユークレイド・カリグランス。これを聞いて抵抗する気力があるのなら止めはしない、殺して、その魔女を連れ帰るだけだ」


 ユークレイド・カリグランス。

 初めて聞いたその名を私はもう一度確認する。


 髪はティール色であるし、そして今の自称からは間違いなくこの男は魔法使いだろうと分かる。

 何せ裁罪省ジャスティス・ミニストリ?だろう所の最高戦力なのだ。


 え、最高戦力?それって最強ってこと?

 どうやってかは知らないが、結界を潰したのもうなずける肩書き。

 もしかして、本気なの?


 私の懸念を証明するかのように、ママはさっきよりも一段と深刻そうな顔を示す。

「セリナちゃん、わかったろう?この事態のまずさが。だからあんただけでもどうにか……」

「不可能だ。この私が出向いていた時点で作戦は失敗だった。さあ、身柄を明け渡せ。」

 

 作戦、失敗?

 そんな。

 いやだ。

 だって連れて行かれたら、死んでしまうに決まっているから。


 きっと、惨殺ざんさつ


 行きたくない。


 ここで、やり直せると思ったのに。


「………」


 私は俯いた。今は夕方。日が沈む時間。


 私の影は少し長い。


 涙がにじむ。夕焼けの反対の空はやや紫がかっている。

 


 私は途方に暮れた。

 


 私はその場に立ち尽くしてしまった。




「動かないようなら武力を行使させてもらう」

 死刑だろうか、強制連行だろうか。

 そんな宣言がなされたのは私が静まった少し後だった。


 いやだ。いやだ。

 死にたくない。

 ひどい。理不尽だ。

 

 私がどうしてこんな目に遭わないといけないの?


 黒髪の私が魔法を持ってしまったから?


 オラニエールさんは私のことを「悪魔」と称した。


 そうだ。そうだよ。きっと私の力は悪い力なんだ。


 人が持っていてはいけない力なんだ。

 


 私には神も悪魔もなんだか分からない。

 漠然とは知っているけど、それがどんな存在なのか、知らない。


 けど、ここは教会でママは修道女。

 教会とは、神に仕える場。


 こんな教会に、悪魔は相応しいとは思えない。



 私は、出頭するべきなのだろうか───

 


「あんたに渡すわけ…っ、ないでしょ…っ!」

 私を庇う手が伸びた。気付くとママは私の前に立っている。


 

 ユークレイドさんは高揚、興奮で目がぎらつく。だが微笑は絶やさず代わりに口を大きく開けるようになり、声がより威圧的になった。

 それはまるで初めから私たちを殺してしまいたかったように、うきうきしているように見える。

そのような様子でこう言った。

「そうか、擁護ようごするか。これでは魔女を連れ帰ることができないな。ならば致し方ない。貴女あなたも魔女も殺してゆくぞ!それが嫌なら素直に明け渡せ!」


 え?今なんて?

 殺す?ママを?

 それは、違うはず。 

 こんな理不尽は許せない。

 ママはだって悪くない。悪くないのに。


 でも怖い……逆らったら、きっと死。


 けれどママを守るためだ。私は歯向かう。


「でもっ…そんな!ママは私には無関係で」

「関係ない。確かにそうだ。この女はお前を匿い擁立ようりつしただけの修道女もどきだ」

「でしたら…っ!」

「『でしたら』ではない、続きを聞け。この女は確かにお前に無関係だ。気づいていないようであるから言っておこう。我々の目的は二種類ある。まず黒髪の魔女である貴女あなたの、捕縛と連行」


 二種類、と言った。私に関するものともう一つ…?

 一瞬の間を置きユークレイドさんは再び語る。


「それと同時にラモーナ・マンガンの捕縛及び連行だ」

「え………?ママまで…?何で…………?」

 思わずき返す。


 どういうことなの?連行?ママも?

 さっき非正規とは言っていたが、そこまで重いの?


 連れて行かれて、どうなるの?


「そうだ。これが本来の任務だった。しかし予定が狂ってしまったのだ。仕方がないな」

 冷酷に、駄々をこねる子を無視するように質問口は閉じられた。

 ママは静かにユークレイドさんを睨みつけている。

「さて、夜が来る前に処刑としよう。本来ならば魔女を連れて行くだけだったのだが、貴女あなたが望んだことだ。仕方がない」


 執行の合図が夕暮れに響いた。

 私たちの処刑を止める方法は、すべはない。


 ママの処刑を止める方法なら、ある。


 死にたくない。死にたくはないが、どうせ死んでしまう。

 私はここにいてはいけないんだ。

 どうせ死んでしまうのなら、最後は私を救ってくれた人のため。


 なんて考えるのは私が甘いからだろうか。


 私が、まだ死を受け入れてはいないからだろうか。

 

 頭が回る。作戦が立てられた。


 

 実行する。

 

 今度は私がママを助ける番だ。



「待ってください、早く私っ、私を連れて行ってください!お願いします!」

 ママの前に踏み出して、勢いに任せて懇願こんがんする。

貴女あなたに頼まれなくとも元からいずれ連れて行って殺すつもりだった。ここで死ぬか、誰かの前で死ぬか。即死か、なぶり殺しかの違いでしかない」


 誰かの前での処刑だとなぶり殺しの追加特典がつくそうだ。


 そんなもの、関係ない。


「お願いです。どうか、私は逆らわず着いて行きますから、代わりに、ママの、ラモーナさんへの罰は軽くしてください。どんな罰かは私には知りようのないことですが、ほんの少しの恩赦おんしゃだけでもお許しいただけませんか?」

 誠心誠意、請願する。

 この人は私を救ってくれた人なのだから。


「愚かだな。私に罪を軽くする権力があると思っているのか?」

 何も問題はない。覚えているからだ。ユークレイドさんのさっきの台詞せりふを。

「さっき、大臣だとおっしゃいましたよね?大臣である貴方あなたなら、きっとそれができるはずです。今だってそのとある罰をじ曲げてママに死刑を与えようとした。違いますか?」

 ユークレイドさんは少々驚いたようで目を見開く。

 そして嬉しいことを言う。

「そうか、人の話はよく聞けるのだな。確かに違いはない。了解した。その賢さに免じ、減刑の手は打っておく」

「ありがとう…ございます…!」

 よかった。ママは、助かった。


 これで良いのだ。


「行くぞ、魔女。それとラモーナ、貴女あなたの処分は追って伝える。今日はこれだけだ」

「ちょっと、待ちなさいよ……」

「短い間でしたが、お世話になりました。泊めていただき、感謝しています。」

「待ちなさい……待って……」


 これで、私たちの関係はもうおしまいだ。


「ありがとうございました。ママ、いえ、ラモーナさん。さようなら」


 これでよかった。

 これで、さよならだ。

 黒い女の子には悪いことをしたな。

 せっかく助けてもらったのにな。




「ありがとうございました。ママ、いえ、ラモーナさん。さようなら」


 セリナは生きるのを諦め、ラモーナに別れを告げた。

 表情は少し寂しそう、しかしどこか満足げな笑顔だった。


 やり遂げた顔だ。


 セリナはラモーナに背を向け、ユークレイドに連れられ歩く。

 そのセリナには簡単な拘束さえなかった。

 自分の意思で連れ去られる、そんなセリナたちの後ろには呆然として立ち尽くし彼女らを

眺めるラモーナがいた。


 心に一つ、まだ彼女とは知り合って間もないとはいえ、決して小さくない穴が空いた、彼女だった。


 セリナの肩が小さくなって、普段の声で語りかけても届かないほど遠ざかった時、

「待ちなさいよ!!勝手に私の元から離れるなんて許さないんだからね!あんた、今すぐセリナちゃんを離しなさい!」


 ラモーナが激昂した。


 大声で、自分の叫びが彼女らに届くように。

 天空を飛ぶ鳥の耳を貫くほどの大声で。


 当のセリナは驚いた様で、寂寥せきりょうとした夕焼けに照らされた、黒い髪をひるがえしびくっと振り向いた。

 意外そうに口を半分開け放っている。


 一方のユークレイドは落ち着きながら振り向く。

 しかし目元からは少々呆れがにじんでいる。

 「どちらも、そこを動かずにいろ。たとえ逃げても無駄だ。」

 ラモーナが逃げぬよう強烈に睨みつけ、そしてセリナをその場に残しラモーナへじりじりと歩み寄る。


「そうか。拾われた命を自ら捨てるとはな。助けた者の苦痛も知らずに放るとは、にわかに考えられない。貴女あなたは賢いと女性だ思っていたが、的外れだったか」

 ユークレイドは勇気ある彼女に愚か者の烙印らくいんを押した。

 何とも一方的な期待と失望である。


 セリナはというと、この時自由の身であった。逃げ出そうと思えば逃げられた。

 実際に逃げとは限らないが。

 しかし残念なことに今のラモーナの切った啖呵たんか気圧けおされ、またなぜそんなことをするのかを理解できずに何の行動も起こせなかった。


 実に彼女は「どうしてこの人は私を引き止めようとしたの?」と考えていた。


 そこが彼女の鈍いところだ。



 すっかり間合いを詰めたユークレイドは自らの実力を発揮する惜しげも、丸腰の相手に手加減をする様子もなく魔法を発動する。

箱庭魔法ダイオラママジック

 そう彼は宣言する。


 二重の円の中に六角形が、六角形の中央には小さく円がある、ちょうどボルトを下から見たような形の魔法陣が足元に映る。

 ティール色の魔法陣が地面にぐわっと広がる。裏庭にいっぱいに敷き詰められる。


「これは……?」


 巨大な魔法陣は空中に飛び上がり、ラモーナたちの体を下から上へ通り抜けていく。

 六角形の縁の通り道に壁が残され、その壁は上へ上へと作られていく。

 とうとう周囲がティール色の透明の壁に覆われ、青空の中に天井が設けられた。


 簡単に言うと、裏庭ごとセリナたちは青緑色の六角柱に閉じ込められてしまった。

「この空間は私の箱庭。貴女あなたたちラットははここから逃れられない」

 ユークレイドは部屋に響き渡る重厚な声で言う。

 彼はいつしか左手に六角柱を手にしている。

 柱というよりパイやピザの包まれたそれよりも分厚い箱のような形だ。

 中にミニチュアのような何か置物が入っている。


「さて、処刑の開始だ。一つまずは断っておこう、あくまでこれは私刑ではない。なぜならば!裁罪省ジャスティス・ミニストリの大臣にして最高戦力、魔法犯罪者粛正部長たる私に、正義の体現者であるこの私、ユークレイド・カリグランスに逆らうことが、まさに社会的な罪なのだからな!」

 セリナは緊張して、ラモーナはさらに緊迫した顔をしている。


 一方ユークレイドはご機嫌だ。

「ははははははは!!」

 そこにある笑いは狂気的だ。処刑を楽しんでいるように舞い上がっている。

 堂々とした職権濫用らんようであるがそれを指摘できるものは誰もいない。

 口角は上がり、目はぎらついている。


「私は、この指一本で貴女あなたを潰す。比喩ではないぞ、文字通り、を潰すが如くありを潰すが如くにだ」

 さて、そう告知するとユークレイドはおもむろに右手の人差し指をラモーナに示した。


 やはり笑みは崩さない。

 口角はまた上がった。


 反対にラモーナは苦しそうだ。額には汗が、目には焦りが、拳には怒りが渦巻うずまいている。

 その言葉が嘘ではないと理解しているから、そしてユークレイドの理不尽な言葉を許せないからだ。

「くそ……っ!」

 セリナはユークレイドに圧倒され、おそれ、ラモーナの受難を案じていた。

「ママ………!」


 この状況を面白がっているのはこの空間の支配者、ただ一人だけ、意地の悪い高貴な男が笑っている。

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