第5話 新生活(二) 化けの皮


「レザンダース・ベッカスとシトラ・フタラクエンだな?お前たちがそこの黒髪の魔女を連行していたと通報があった。今すぐに奴を差し出せ。」


 何者かが私たちの空間に侵入してきた。

 剣を腰から下げている、逆光を背景にした男の侵入者が、レザンさんの言葉を遮って言った。



 背筋が凍った。


「教会に逃げ込むとは、そこそこさかしいな。だが、もう終わりだ」

 実に高圧的な態度だ。だがそこは問題ではない。私はどうやら知らぬ間に追われる身となっていたようだ。武器を持っていることから分かる通り、武力の行使も惜しまなさそうだ

「何?身に覚えがないな。魔女だと?うちの魔女はここの黄色いのだけだぞ」

「あんた黄色いのって、まあそうね、ここに魔女はあたしだけよ。魔法なら見せてあげるから、さっさと帰りなさいよ」


 レザンさん───正しくはレザンダースさんとシトラさんが噛み付いた。レザンダースさんは顔色を変えず淡々と、シトラさんは冷ややかにあしらうかの様に。

 あの男の物言いが気に入らなかったのもあるだろうが、概ねただ単に分かっていないだけだろう。

 存在しないはずである黒髪の魔女とは何であるかを。

 私、セリナがその「黒髪の魔女」であると。

 今まで彼らに嘘をついていたような気分だ。ただ本当のことを話していなかっただけ、だけなのに。


「………」


 とても、後ろめたい。

 胸が絞まるようだ。


「とぼけなくて良い。わかっているんだ。ここに、いるんだろ?」

「知らん。その黒髪の魔女はどんなのだ。そもそもなぜお前たちはそいつを追っている。」

 レザンダースさんが侵入者の質問を切り捨て、質問返しをした。

「奴の本心がどうあれ、我々の見解を述べておこう。彼女はこの国そのものに反旗をひるがえしたと言える、とんでもない逆賊、殺されるべき少女だ。それなのになぜかたくなに認めない、魔女を隠していると。だがもう隠さなくとも良い。分かっているんだ。いや、そもそもそれで隠しているつもりなのか?」

「さっぱり意味が分からん」


 またも切り捨てた。


 この状況で強気に出られるとは、レザンダースさんはなかなか剛胆だ。

 シトラさんは侵入者を睨みつけているが何か発言する様子もない。相手を伺っているのだろうか。

 ママも黙って侵入者を見つめている。

 表情は…悲しそうだ。



 苦しい。


 彼が私を追う理由はもちろん、黒髪の魔女───つまり私がエリートらしかったオラニエールさんを撃破したからだろう。

 そうだ。平民の私が貴族に逆らったわけだから妥当と言える。

 しかもそうだ、黒魔術、のようなものを使う私を放っておくはずがない。

 オラニエールさんの報復だろう。


 そうだ。きっとそう。


 私のせいだ。


 私のせいで、ごめんなさい。こんなトラブルに、こんな襲撃に遭わせてしまった。


 それに貴方あなたたちが私のことを知ったら、せっかく助けてくれた貴方あなたたちの優しさを傷つけてしまう。

 ここは教会。彼らはそこに住まう人。


私は、黒の魔法使い。


私にそんなつもりはないのだが、客観的に見れば私は呪われている、いや、呪いそのもの。

 つまり私は、貴方あなたたちの言う悪魔と契約した、魔女。教会にいてはならない存在。

 うつむく私を刺すように侵入者は残酷に告げる。

 どうやら詰問は諦めたようだった。


「そうか、わかっていない、正体を教えられていないのだな。ならばお前たちもすでに利用されているのだ。そう、黒髪の魔女にな!」



 違う。利用なんて、利用なんてしていない。

 息が苦しい。



「はあ?何を言ってんのよ?」

「同感だ。まず何だ、その黒髪の魔女とやらは。いい加減に話せ」


 やめて。かないで。

 その優しさを傷つけたくない。裏切りたくない。


「教えてやろう。黒髪の魔女とはそこの黒髪の女のことだ。レザンダースの後ろにいるだろう?奴は貴族を狙う連続殺人犯を匿った宿屋の娘であり、それを捕らえようとしたオラニエール・ヘリオスを黒魔術によって返り討ちにした、重要指名手配のお尋ね者だ」


「はぁっ…!?」

「何だと…?」


 全員の視線が私に向く。

 視線が針山のように注がれた。


 心が痛い。


 私は必死で、必死で弁明を試みる。

「そんな…違っ、私は、私は…!」

 言葉に詰まる。

 ああ、嘘が言えない。

 そんなのじゃない。なんて言えない。


 だってそうなのだから。事実なのだから。



「見ろ、今否定できなかったのが最大の証拠だ。この女は例の魔女なんだ」

「えっ、いや、そんなわけ、ねえセリナちゃん?」

「本当…なのか…?」

 レザンダースさんとシトラさんは予想通りに驚愕した。無理もない。そもそも黒髪の者が魔法を使えると知らなかったのだから、この私が魔法使いであるとは知らなかったのだから。


 私が重大な悪人だと、知らなかったのだから。


 ママは相変わらず何も言わない。一応と言っていたが、修道女の彼女の受けたショックは人一倍だったのだろうか。

 私が彼女らを傷つけた原因であるから、資格なんてないのに同じくショックをうけている私に、侵入者は容赦なく私を仕留めるように、意地悪に言う。


「ところで聞くが魔女よ、おぼれるものはわらをもつかむ、とは言うがよもや教会にすがるとは。神が悪魔を助けると思ってのことか?人に希望と勇気と魔法をお与えになる、が神が」


「………」


 違う。


 そんなんじゃない。


 私も本当は、この人たちを巻き込みたくなかった。

 でも、この人たちに助けられてしまった。

 彼らの優しさに救われた。


 もう一度、幸せになれると思ったんだ。


「うっ、うう…」


 嗚咽おえつが漏れ、涙が流れた。

 



 私の涙が止まらなくなった頃、今まで口をつぐんでいたママが突然机を叩き、発破はっぱを掛けた。

「あのねあんた、神様はこの子を助けないかもだけど、私たちはこの子を守るんだからね!レザンダース、シトラ、準備はいいね!?」


「ああ」

「任せて」


「……へ?」

 

 私の心の削りかすのような声が出た。


 思わずママの方を見る。


 こんな私を、まだ助けてくれるの?


 黒い髪を持ちながら、魔法を使う、この私を?


 教会の毒となる、貴方あなたたちの足かせとなる、この私を?


「なあにあんたがほうけてんのよ。ここが正念場しょうねんばなんだから。いい?レザンダース、あいつの足止めを、シトラは私と一緒に来て。この子を外へ連れ出すために、分かった!?」


「「はい!」」


 息がそろっている。血のつながりはなさそうだが、家族。

 ああ、羨ましい。


「よし、出るよ!」


「…はい」


 ママに腕をつかまれキッチンの奥にあった裏口を伝って庭に出る。


 ママの腕っぷしは、強かった。




 セリナたちがいなくなった広間には二人の戦士が残された。


 入り口に立つのは群青色の髪の男。ラピスラズリのような深い色の髪だ。白と黒のフォーマルな服を着ていて、いかにも国、あるいは権力者の元からやってきた様な、偉そうな出で立ちだ。

 ダブルブレストの、前を開けた青いジャケットが印象をより引き締めている。

 「なぜだ、なぜかばった?真実を知ってなお、あの女に肩入れする理由は何だ?何がそこまで同情を駆り立てる?」


 対するは、男性にしては髪が長く毛量の多いワインレッドの髪を持つ男。

 名をレザンダース・バッカスという。

 その彼が言う。

「決まっているだろ?うちのママが彼女を守れと命じたからだ。残念ながら俺はそこまであの女を理解していないが、ママはきっと見たのだ。あの女の内にある、確かで決して揺るがない善性を。だからママはあのセリナという女を助けた。不思議はない。ところで良いのか?早く追いかけないとママたちを見失うぞ?こちらには好都合だから助かるが」

 彼は強気に言ってのけた。セリナを庇うのはママへの信頼からであると。

 しかし青い男は余裕そうに返す。

 まだ剣も構えていない。

「好都合?おかしなことを言うのだな。戦力の分散は戦いの基本だぞ」

「何?」


 レザンダースは少し考え、気づいた時にはもう自分たちは後手に回ってしまったようだと

理解した。

「戦い…そうか!……しまったっ…!」

 レザンダースは目を見開いた。

 行動を悔いたところでもう遅いらしい。

「ここでようやく気付いたのだな。我々の目的が、魔女の捕縛および処刑ではないと。この教会ごとの殲滅せんめつだと」


 侵略者は微笑をあらわし、剣を抜き取った。




 セリナたちは裏口から脱出をして、中庭に出た。

 自力では走れないセリナを皆が「ママ」と呼ぶ女性、ラモーナが牽引けんいんし、そして彼女らをシトラが護衛する。

 戦闘員がいないと困るからだった。

 ラモーナは気づいていた。群青の髪の侵入者、もとい侵略者はただセリナを捕らえに来たのではない。

 今となっては何の存在価値もない、彼らに言わせれば闇に堕とされた───ラモーナにそんなつもりはないのだが───この国の神の面汚しとさえ思える教会ごと、潰すつもりであったのだと。

 

 その上でセリナを逃すことを選んだのだ。


 自分のを信じて。


 彼、彼女はここでは死なない、ここは生きながらえる、そう信じて。

 そして予想的中、中庭にも追っ手がいた。

「シトラ、お願い」

「任せて!」

 彼女はそう言い残し、敵を見据えながらも、過ぎ去るラモーナ一行を見送った。


 陰謀に未だ気づいていないセリナにラモーナは言う。

「もう一頑張りだ、ここの敷地を出れば、ひとまず安全よ」

「なっ、なぜです?」

 青天井に上がっていく息を抑えセリナは律儀に疑問をていする。

「ここにはね、前任の修道女さんのかけた魔法があるの。ここの管理人が外出した時発動できる、ある種の鍵のようなものだ。奴らをここで、逆に閉じ込めてやる。そのおかげで私は、有事の時しかここから出られないんだけど、まあそれは些細ささいな事さ。だからね、ここから出れば、あいつらはもう追ってこられない」


 セリナほどではないが余裕の足りないラモーナはこんな時だからこそ丁寧に説明する。

 セリナを安心させるため。

「でっでもシトラさんたちは」

「あの子らなら心配ないわ。ここでの暮らしが長いからね、結界を自由にまたげる。シャボン玉が濡れたものを通すのと同じようなものかね」


「ところで、初めから鍵を掛けておけば……」

「いやね、私の魔法じゃないから勝手がわからなくて……」




 あそこから少し走った。


 少し景色が変わり、建物が多くそびえている。

「さて、ここから出口への近道、通ったらすぐだから、もう大丈夫」

 彼女らは建物に挟まれた、路地裏のような薄暗い細い道を行く。

 彼女らの息も少し落ち着きも見せてきた。

「随分とここの敷地は広いんですね」


 希望が見えて余裕ができたセリナはまた疑問を挟む。

「まあね、どうせ表口は制圧されてるだろうからわざわざ回ってやって来たってのもあるけど」


 通りずらい細道を抜け、裏庭に出る、その先には───

貴女あなたたちの行動は読めていた。筒抜けであった。初めから我々のてのひらの上だ。悪いことは言わない。さあ、もう投降しろ。それが貴女あなたたちの身の為だ」


 この緊迫した空気に合わない、鷹揚おうような声が響いた。


 それは決して大きくはないが、よく聞こえ、発した主の存在感を与えるものだ。

 つまりそこにはまだ男がもう一人、待ち受けていた。


 それも前の二人とは格の違う、強者であった。

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