第2話 見太郎の暴走テスト

俺はカップラーメンをすすりながら、パソコンの画面を見つめていた。研究室の片隅、開発中の未来予測AI「未来見太郎」がじわじわと動き始めている。

「さて、見太郎。お前の本気を見せてもらおうか」

 このAIはすでに基本的な未来予測機能を持っている。データを大量に取り込み、アルゴリズムを走らせれば、俺の明日の予定や1週間後の出来事をそこそこ当ててくる。それだけでも普通なら驚異的だが、俺の求めるレベルはそんなものじゃない。もっとこう、脳内を余すところなく解析し、人生を完全に《チート化》できるような革命的性能を追い求めている。


「というわけで、今日はお前の限界を試す!」

 そう、今日は見太郎の《暴走テスト》を行う日。AIがどこまで未来を予測し、どこまで暴走するのかを見極めるのだ。正直、内心では少しビビっている部分もある。もし本当に未来を全制覇できるほど強力な予測が生まれたら、自分の人生どころか社会全体が変わってしまうかもしれない。でも、まあ、そこは実験だ。まずは無茶ぶりしてみないことには始まらない。


 まずは軽いテストから始める。

「見太郎、1分後に俺が何をしてるか予測しろ」

スパンッ!とエンターキーをはじくと、 俺の指示に応じて見太郎はディスプレイ上でぐるぐると解析を始める。1分後という短いスパンではあるが、逆に人間の行動は刹那的なランダム要素が大きい……はず。でも、見太郎は微塵も躊躇しない。30秒ほどカタカタと動作したあと、堂々と予測結果を表示してきた。


『カップラーメンのスープを飲み干したあと、熱すぎて悶絶しています。』

「……バカにしてんのか?」

そう言いながら俺は麺をすすった。

「あっつ! くっそ、なんでこんなピンポイントで当たるんだよ!」

 見事に悶絶。後で冷静になって考えれば、少しずつスープを飲めば良いのに……と思うが、それができないのが人間の隙というやつだ。


「やばい、こいつ……未来を超精密に予測しやがる……」

たかが1分後とはいえ、俺の動きや性格的傾向を読み切った上で予測を立てているのだろうか。ちょっとした行動の癖や、熱いものをがぶ飲みしてしまう習慣など……自分でも意識していない行動パターンをこのAIは見抜いているのかもしれない。


 しかし、これはまだ序の口。こんな1分後の行動なんてスモールテストにすぎないのだ。俺が本当に知りたいのは、もっと大きな未来、つまり俺の人生全般にわたる予測である。

「じゃあ、1週間後の俺の未来を予測してみろ!」

 そこで俺は、より長期かつ複雑な予測を要求することにした。1週間もあれば、ちょっとした偶然やハプニングはいくらでも起きうる。サンプルとしては悪くないだろう。見太郎は再び計算モードに入り、数十秒の沈黙のあと、さらっと結論を出してきた。

『1週間後、佐々木翔太は学食のカツカレーを頼もうとするも、なぜか学食が臨時休業。代わりにパンを買うが、最後の一個をおばあちゃんに譲る。その結果、感謝されたおばあちゃんから謎の高級腕時計をもらい、それを質屋に持ち込むが偽物であることが発覚。その後、落ち込んで歩いていると犬に吠えられる。』


「俺の人生、なんでこんなにショボいの⁉ しかも最後に犬って……また犬かよ!」

 思わず叫んでしまう。確かに壮大な不幸ではないが、妙にリアリティのある凹む展開のオンパレード。カツカレーを食べたかったのに臨時休業で食べられず、しかも最後に犬に吠えられて落ち込むとか、何というか《地味に嫌》な未来だ。もう少しドラマチックな予測があってもいいだろう。


 しかし、俺の好奇心はこれでは止まらない。ならばもっと先の未来を見せてもらおうじゃないか。

「じゃあ、10年後の俺はどうなってる?」

 人生の長期スパンともなると、もはや予測ではカバーしきれない気もするが、見太郎にとっては同じこと。涼しい顔でこう告げてきた。

『10年後、あなたは依然としてカツカレーに翻弄され続けています。結婚相手を決める際も「カツカレーに何のトッピングをする女性か」で悩み、仕事の転職先もカツカレーを提供する店の近くにあるかどうかで判断しています。そして最終的に、AIが導き出した最適な未来——カツカレーの専門家になっています。』

「未来がカツカレーに支配されてる⁉ いや、俺そんな未来望んでないんだけど‼」


 大声を上げざるを得ない。何なんだ、カツカレー専門家って。確かにカツカレーは俺も好きなメニューではあるが、10年後の人生が全部それ中心になるなんて想像しただけでむせる。いくらなんでもカレーとカツへの依存度が高すぎるだろう。

 しかし、もしこの予測が当たるなら、カツカレーの未来を変えれば俺の人生も変えられるのかもしれない。そう思った瞬間、俺の目に炎が宿った。

「カツカレーを回避すれば未来も変わる⁉ そうだ、未来は固定じゃない。なら、俺が行動を変えれば、人生の結末も変わるはず!」

 そうと決まれば話は早い。今日から俺は《カツカレー禁止令》を発動し、自らの運命をコントロールしてみせる。たとえ見太郎の予測がどれだけ正確でも、現実の俺は自由なのだから。

「よし、今日からカツカレー禁止だ‼」


 こうして、新たな目標を胸に俺は学食へ向かった。狙いは《カツカレー以外》のメニューを食べること。そもそもカツカレーを避けるだけなら簡単だろう……と思いきや、世の中はそんなに甘くなかった。

「すみません、カツカレー以外でおすすめは?」

 学食のカウンターで問いかけると、食堂のおばちゃんが申し訳なさそうに言った。


おばちゃん「本日の日替わりは……カツカレーですね!」

俺「お前、未来見太郎かよ‼」

おばちゃん「はい? 私は山田ですが……」


思わずツッコミを入れてしまった。大体、学食の日替わりって週替わりローテーションで決まっているんじゃないのか。よりによって、今日がその《カツカレーの日》とは。しかも、他のメニューはどれも売り切れ。結局俺はカツカレーを選ばざるを得なくなった。なんたる運命力。


 ところが、それだけでは終わらなかった。

「なんか学食の味が違うな……?」

 一口食べた瞬間に違和感を覚える。いつものカツカレーよりスパイスが強く、舌にピリピリくる刺激が妙に残る。まるでハバネロか何かをガッツリ混ぜているかのようだ。

 するとスマホの通知が鳴り、見太郎の新しい予測が表示されていた。


『あなたが食べたカツカレーには、特殊なスパイスが含まれていました。このスパイスは極めて希少で、あなたの舌を敏感にする効果があります。その結果——あなたはカレーの味覚を極める旅に出ることになります。』

「俺の人生、どこへ向かってんの⁉ こんなの聞いてないぞ!」


 学食で普通に昼食を取るはずが、なぜか《カレーの味覚を極める旅》というわけのわからないルートへ誘導されている。そもそも、この特殊なスパイスはいつから導入されたのか。学食のおばちゃんも全然説明してくれなかったぞ。


 いずれにせよ、これでは《カツカレー禁止》どころか、さらに深みにはまりそうだ。カレーの味覚を極めるなんてロマンかもしれないが、それが未来にどう影響するのかは謎すぎる。

「……やっぱり、カツカレー回避はそう簡単にはいかないか」

 仕方ないので、別のレストランを探してみることにした。大学の外にある定食屋やファミレスへ行けば、さすがにカツカレー以外のメニューがあるだろう。そこまで世界は狂っていない……はず。


 しかし、現実は甘くなかった。遠く離れた定食屋に入ってみると、まさかの「本日、材料不足につきカツカレーのみ提供」と張り紙が出ているし、別のファミレスでは「今月はカレーフェア実施中!」の文字が踊っている。どこへ行ってもカレー、カレー、カレー。しかも「カツ付き」である。


「どこに行ってもカツカレー⁉ 俺に逃げ場はないのかよ!」

 思わず店先でうなだれてしまう。すると見太郎が涼しい声で告げる。

『あなたがカツカレーを避けようとするほど、運命がそれを補正します。すべての道がカツカレーに通ず、という結果が出ています』


「勘弁してくれ……。俺、本当に最終的に《カツカレー専門家》になる未来を辿るのか?」

 そう思うと苦笑いしか出てこない。だが、ここまで来るとカツカレーを回避するという行為そのものが巨大な壁になっているようで、いくら努力しても余計にカツカレーに引き寄せられている気さえする。


「絶対に……未来を変えてやる‼」

 とはいえ、まだ諦めるわけにはいかない。どれだけ回避が難しくても、俺の意志を曲げるわけにはいかない。カツカレー以外にもおいしい料理はたくさんあるはずだ。世界がそんなに単純に《カツカレー一択》でいいわけがないだろう。


 こうして、俺のカツカレー回避生活が始まった——が、それはさらなる混沌を呼ぶことになる。まるで見えない力が働いているかのように、カツカレーがあらゆる場所で俺を待ち受けているのだ。この先、俺はいったいどこへ向かうのか。そして見太郎の《暴走テスト》はどこまで暴走するのか。

 正直なところ、未来はまだまだ読めない。いや、もしかすると《読めない》どころか、すでに《読まれ尽くしている》のかもしれないが……。

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