三、水のつく苗字
一時間後、リコとジュンは考古学会理事長の速水を連れ立って、水と氷の文字の前に立っていた。
速水が文字に触れると右から2番目の水、《水7》が反応した。
≪DNA鑑定開始。《水7》に一致しました。残りの鍵を解除してください≫
例の声が言った。
「うん。確かにこれはジュンの言うとおり、神9の遺伝子を受け継ぐ者が触れると反応するようだね」
速水は眼鏡をキラリと光らせながら言った。
「速水さん、学会では神9の家系を把握してたりしますか?」
ジュンが期待を込めた
「ああ…うちとリコくんを含め5つまでは把握している。正直ジュンの家は不明瞭だったのでそこには含まれていない」
「では、あと3家系は把握してるってことですか?」
「そうだ。ザラ地区の水谷氏、ミヤマ高校の教員の水木氏、衛生班の清水」
「えっ!! 清水さんも!?」
リコが驚いた声を出した。
「そうだ。あいつは私の高校の同期で考古学に誘ったのだが衛生班なんかになって…ああ、すまない、リコくんも衛生班だったね」
「ああ、いいんです。何の誇りも持ってないので」
それを聞くと速水ははははと笑い、どこかへ電話をかけた。
相手は清水のようだった。
「すぐ来るそうだ」
「え…清水さんが…」
「何か問題あったか?」
「いいえ…べつに…」
リコは今日のこのことを報告しなかったことが清水にバレてしまったと内心冷や冷やしていた。
何しろ隠し事を一番嫌う人なのだ。
そんなリコの様子をジュンは無表情で見ていた。
しばらくして清水がやってきた。
案の定、清水は到着するなり、なぜこんな重大なことを報告しなかったのかとリコを叱ったが顔はニヤけていた。
「まあまあ、リコくんが報告しなかったおかげでしばらく俺たちの自由にできるんだから」
速水が清水をたしなめた。清水は「だな」と言い笑うと、例の文字と向き合った。
「で、これに触ればいいの?」
その場の全員が見守る中、清水は文字に触れた。
右から
「よし、あとはザラの区長と水木先生だな。先生はすぐつかまると思うけど区長はどうかな…」
「区長にこれを知られるのはちょっとまずいのでは?」
ジュンが口を挟んだ。
「たしかに、神9だが行政だ…これを行政預かりにされると厄介だな…」
区長は最後にここに連れて来ることにして、一行は一度速水の事務所へと戻った。
「ひとまずリストを作成しようか」
速水はエアーモニターを表示し、そこにこのようなリストを作成した。
水…?
水…?
水…水上
水…?
氷…氷室
水…?
水…清水
水…速水
水…?
「特に苗字と番号の法則性はないようだな。あと確実と思われるのが水谷さんと水木さん…と」
その場の全員がリストを食い入るように見つめたが、そこには何のヒントもないように見えた。
「では残りは3つですね。どうやって探すんですか? …てゆうか探しますよね?」
ジュンが言った。
「もちろんだ。私の人生をかけてでも探すぞ。いくつか候補の家系はある。片っ端から試してもいいが、このことを知っている人間をあまり増やしたくないな…。少し調査を進めてみるか…」
速水はタブレットを取り出し何かを調べ始めた。
リコとジュンは速水さんがこうなると何を言っても顔を上げてくれないことを知っていた。
それは清水も同様のようだった。
「とりあえず、飯でも食いにいくか。お前らもまだだろう? 今日はおごるよ」
めずらしく清水が気前のよいことを言った。
リコとジュンは遠慮せずにご馳走になることにした。
三人は学生がたむろしている格安食堂へと向かった。
そこならば騒がしくて少々秘密の話をしていても誰かに聞かれるという心配が少ない。
そんな清水の策略を理解し、リコはこの人、意外とできる人だなと思った。
当の本人はリコにそんなことを思われていると知ったら心外だったとは思うが。
彼らは食堂の一番端の席を陣取り、大盛の定食を頬張りながら憶測の域を出ないあれこれを語りあった。
「それにしてもリコ、お前が氷室家だったとは知らなかったぞ」
清水が少し関心したように言った。
「私も意識したことなかったし、苗字も今は違いますから…ひいばあちゃんが異常に信心深い人だったせいで婆ちゃんも父さんも氷室姓に拒絶反応出ちゃったんですよね…」
「清水さんは他にそれらしい人を知らないんですか?」
ジュンが聞いた。
「うーん。同じ大学に
「解らないです。「水」が苗字につく人は何人か知り合いにいますけど、三十年前の神9信仰ブームの時に改名した組っぽくて…」
「そうか…」
そう。ここヒューズイコロニオでは定期的に神9信仰が熱を帯びることがあり、その度に勝手に「水付姓」を名乗る者たちが現れては消えている。
逆に、リコの家のように神9であることを隠すために苗字を変えるケースもある。
だから、本物の神9家系を探すのが困難になってしまっているのだ。
その日はこれで解散となり、リコたちは清水と別れた。
翌朝、速水から、高校教師の水木氏は《水1》だったことがメールで告げられた。
その日、リコは非番だったので朝から速水の事務所へと向かった。
到着すると、既にジュンと水木さんと思われるおじさんが来ていた。
「水木先生が仲間になったのはでかい。職業柄、何百人も生徒を知ってるからな…で、先生、誰か思い当たる人はいますか?」
「そうだな…由緒正しそうな家柄の子だと、三丁目の水野、それからほら、去年柔道で活躍した
「助かります。当たってみましょう」
「昨日清水さんが垂水って人が大学にいたって行っていましたけど」
「ああ、垂水な…彼女も可能性は高いな」
「でもどうするんです? 全員あそこに連れて行きますか?」
「うーん…そこなんだよな…」
そうしてみんなが悩んでいるところに清水が駆け込んで来た。
「おい、みんな大発見だ! 今日、どうしても焼却炉の使い方を説明するのに見習いの田口を連れて行かなくちゃいけなくて、あの通路の前を通るの嫌だったんだけど…どうなったと思う?」
清水はまるで子供の様に目をキラキラさせていた。
「田口とあそこを通ったら、なんとだな、通路がなくなっていたんだ。俺は内心ものすごい焦ったよ。だってまだ全員見つかってないのに通路に入れなくなったと思ってさ。で、慌てて田口を詰め所に戻してからもう一度一人で確かめに行ったんだ。そしたら何事もなかったかのように通路があるんだよ」
ここまで聞いて全員が清水の話に釘付けになっていた。
「これだけでは確実ではないと思って、試しに今度は山本を連れてあそこを通ってみたんだ。そしたら、やっぱり通路はなくなっていた。これの意味わかるか?」
「つまり…あの通路は神9以外の者がいると閉じるということか?」
「その可能性は高い」
「速水さん。それだったらわざわざ秘密を知られることを警戒しないでも、本物かどうか確認できるんじゃ?」
ジュンが興奮して言った。彼がここまで感情を出すのは本当にめずらしい。最近のジュンは生き生きとしている。
リコは微笑ましく幼馴染の横顔を見つめた。
(つづく)
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