二、ジュンとレリーフ

 リコは興味津々のジュンに、80層の焼却炉から戻る際に迷子になってこれを見つけた経緯を説明した。


「ちょっとまて。焼却炉って、お前しょっちゅう行ってる場所だろ? なんで迷子になるんだよ…」


「いや…だって一人で行くのは3回目くらいだし…」


「まあ、いいや。ちゃんとルート保存してるんだろう?」


「うん」


 リコは保存したルートをジュンに見せた。

 ジュンは顎に指を添えるお決まりのポーズでそれをしばらく眺めた。


「このあたりは、考古学界でも何かの空間があるのではないかと噂されていた場所だな」


「へーそんなのどうやってわかるの?」


「打検だよ」


「だけん?」


「打検。いや、そんなことはどうでもいい。早速行ってみよう」


「さすが! ジュンは話が早いね」


 リコはすぐにジュンがその気になってくれたところを嬉しく思った。

 いつもはバカにされてばかりだったから。


 二人は業者用のエレベータを使って一気に80層まで登った。


 リコの保存したルートを確認しながら例の古い通路の入口まで来ると、ジュンは「おお…」という声を上げた。


「ね、ね? すごいでしょう? リコすごい?」


 リコは興奮してジュンに飛びついた。リコは無意識に幼いころのような口調になっていた。

 ジュンと話しているとこうなることがしばしばある。


「うん。これはすごいな。ここは今までただの壁だったところだ」


「え? そうなの?」


「うん。こんなところから通路は出ていなかったはずだ。俺もここは何度も来たことがあるし。そうか…だからリコは道に迷ったんだ」


 ジュンは独り言のようにブツブツ言いながら古い通路へと足を踏み入れた。


「この中も道が別れているんだな…」


「そうなんだよ。だから本当にここから出れないかと思ったよ」


「確かに。よく帰ってこれたな」


「うん、端末死んでたらアウトだったかも」


 そんな会話をしながら歩くこと数分。二人は例のレリーフのある個所に辿りついた。


『水水水水氷水水水水』


 ジュンは壁に走りよると、食い入るように、舐めまわすようにその文字を見た。


「確かに、古い文字だなこれ。やってみて」


 ジュンが古文解析アプリを立ち上げながら言ったので、リコは古い文字を指で触った。


 真ん中の『氷』が光り、先ほど同様にどこからともなく聞こえてくる声が言った。


≪起動しました。DNA鑑定開始。《氷》に一致しました。残りの鍵を解除してください≫


「ふむ…」


 しばらくジュンは顎に指を当てた姿勢で考えていた。

 そしておもむろに自分もレリーフに触れてみた。


 すると、今度は左から三番目の『水』が光り、声がこう告げた。


≪DNA鑑定開始。《水3》に一致しました。残りの鍵を解除してください≫


 ジュンの登場であっとゆうまに物事が進展したのにリコは驚いていた。

 いや、いつだってそうだ。わからないことがあると、ジュンがいつも解決してきた。


「すごいじゃん、ジュン!!! どうやったの?」


「いや、触っただけだよ。…なんかわかった気がする」


「え? 何が? 何がわかったの?!」


 リコは目を輝かせてジュンの顔を覗き込んだ。

 ジュンは少し顔を赤らめるとリコから離れて再び壁のレリーフへと視線を戻した。


「これ、ひとつだけ『氷』だろう? お前が触って光ったやつ。お前んちの古い苗字。」


「あ…? ひいおばあちゃんの? …氷室…あっ!!!!」


 ジュンが発見したことをリコも理解できた。


神9かみナイン…?」


「そうだ。これはきっと神9と関係があるものかもしれない」


 神9とは。ヒューズイコロニオに昔から伝わる家系の伝説だった。


 このシェルターを最初に作ったのは、当時国家的事業を受け持っていた『ヒューズイカンパニー』という建設会社だ。

 そして、その中でもエリート中のエリート、九人の技術者によってシェルター内の全てのシステムが構築されたと伝えられている。


 彼らはシェルターを守るために保護装置を設置し、その全ての権限を自分たちの親族のみに代々受け継ぐことと決めた。


 シェルターの住民たちもこの九人に絶大な信頼を寄せていたので、満場一致でこの決断を支持したらしい。


 九人はたちまちシェルターの英雄となり、後に神9と呼ばれるようになった。


 特別な家系として認められた彼ら九人は、それぞれ「水」に関わる苗字を名乗るようになり、他の家系と区別されてきた。


 特にリーダーだった家系にはこのシェルター内で唯一「氷」の文字を使用することが許され、大きな権限を持っていたと言われている。


 それから千年の時が流れ、今に至る。


 リコは「氷」一族の末裔だった。と言っても、今では受け継がれて来た秘密なんてものはとっくに失われてしまって、祖母の代で「氷室」の苗字を名乗ることすらやめてしまっていた。


 そう、今では神9の伝説だけが残り、あとは何も残っていないのだ。


 ジュンの苗字は「水上みなかみ」で神9の末裔とされていた。


 されていた…というのは、今となっては神9の末裔を名乗る家系が多くあって、どれが本当かかなり怪しい場合も多いのだ。


「お前、氷室家の秘密とか聞いてないの?」


「何も…。ひいばあちゃんがよく昔話してくれたけど、神9が起こした奇跡…みたいな話ばかりで。病気なおしたとか? 父さんはうちが氷室家だってこと自体怪しいって言ってたけど…」


「でも『氷』が反応しただろう? 本物なんじゃね?」


 ジュンは言いながらもう一度壁のレリーフに触れた。


≪DNA鑑定開始。《水3》に一致しました。残りの鍵を解除してください≫


 声は同じ内容を繰り返した。


「あたし、これの言っている意味がやっとわかった!! 神9の家系の人が全員集まってこれに触ったら何かが解除されるってこと?」


「ああ、そうだな。そうだと思う。これはもう俺たちの手に負えない。相談しよう」


「え? 誰に?」


「考古学会の理事長、知ってるだろう? 速水はやみさんだよ」


「あ! 速水さんか!」


 速水さんには二人とも学生時代にお世話になったのだ。


(つづく)

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