第4話

<俺は幼い頃のあの日を絶対に忘れられない。そう、あれは8歳の時ー〉


レフは深夜に目が覚めた。喉が乾いたので懐中電灯を持って暗いキッチンへと向かった。


しかし階段を降りると思わず足が止まってしまった。


懐中電灯を照らした先の廊下に真っ赤な水溜りがあった。


レフ「えっ...何これ⁉︎きっ、気持ち悪い」


レフは思わず鉄くさい臭いを感じて鼻を手で覆った。そして懐中電灯の灯りを弱くした。赤い水溜りの奥に何かが倒れていることはわかっていたがレフは何が倒れているか気づきたくなかったので怯えて自分の部屋に戻ろうとした。


数分後、知らない数人の乱暴な男の声がだんだんと大きく聞こえてきた。



盗賊1「おい、金目のものは見つかったか?」


盗賊2「こっちに良い腕時計がありましたぜ。この家の夫婦は殺したからじっくりと金目のもん漁りましょうや」


盗賊3「一階を探したら次は二階にいくぞ」


どうやらレフのいる場所に近づいてる様である。


〈まずい、まずい、まずい、かっ隠れなきゃ、隠れないと...こっ、殺される!!〉


レフは身の危険を感じ、パニックになって普段入ったことがあまりない物置に逃げた。物置きにはレフの父が若い頃旅をしていた時のガラクタがたくさんあった。


レフはその奥の埃塗れのクローゼットの中に膝を抱えて隠れた。


ギシッギシッ


盗賊が二階にやってきた。


古い木造でできた家の階段は足音がすごく響いて聞こえた。



<もう俺の存在がバレてしまったかもしれない...絶対殺される。

あんな無惨に殺されるならせめて自殺した方がマシだ!!>


そう思ってレフはクローゼットから出た。


すると足元にコロンと綺麗な紅い液体が入った瓶が足元に転がっていた。


普段なら物置きにある謎の液体なんて飲もうとすら思わないのに何故かレフは『飲み込みたい』と思ってしまった。目は瓶の中の液体に釘付けになり、口の中でヨダレがダラダラと出てきた。思わず瓶のフタを開けてしまった。いい匂いが部屋中に広がり頭がクラクラした。まるでお花畑にいる様な幻覚まで見えた。


<コレを飲んだら少しは楽に死ねるかな?>


そう思い、レフはその液体を思いっきりグビッと飲み干した後、フラフラと歩きながら2階の窓を開けて手を広げ、勢いよく笑顔で飛び落ちた。


■場面転換 (二階から飛び降りて空中にいる)


するとレフの身体から何か緑の紐の様な物が飛び出てくる感覚がした。


そしてレフの身体はものすごい激痛が走った。


レフ「ギャァァアァアアア!!!!」



<痛い痛い痛い痛い痛い だ、誰か助けてくれ!!!!!>


盗賊1「ヒィ、なんじゃこりゃぁ!!」


盗賊2「親分、助けてー!!」


盗賊3「バケモンだ!!茨のバケモンだ!!グヘッ」


<茨のバケモン⁈何のことだ⁉︎…もしかして俺の身体から生えたコレの事?>


意識が遠のく中、あれほど恐ろしかった盗賊の醜い声が情け無く聞こえた。

しかし身体が動かせず激痛に耐えられないので状況は良くなったとは全く言えない。やがて盗賊も疲れ果てたのか声すら聞こえなくなった。


■場面転換 (茨に包まれた空洞の中)


しばらくして閉じていたまぶたが少し明るくなった。


<えっ、もう朝が近づいてきたのか?>


レフは茨が生えてきて2時間しか経っていないと思っていた。


実際には30分しか経っていないのだが身体を蝕む様な痛みなので仕方がないことだろう。


レフが明るくなった事に戸惑っていると頬を暖かい手のひらで触られた様な感触を感じた。


〈?、誰かが俺の頬を...撫でている?〉


アレク「見つけた!君が薔薇の呪いにかかったんだね」


<誰だ?こいつ>


レフが重たいまぶたを薄く開けたらよく見えないが人がいた。その人の声は優しくて明るくまるで小鳥のさえずりの様に聞き心地が良かった。


アレク「今、俺が助けてあげるよ。

バラウル、バラウル レスタビリ」


するとレフの身体が軽くなった。


身体がまだ痛いけど生えてきた緑の紐状の物が無くなっている。


<あれ?...俺、助かった...のか?>


禍々しかった茨が身体から消えて少し安心してしまったのかレフはそのまま静かに眠ってしまった。


■場面転換 (レフの自室)


しばらくしてレフは目が覚めた。


アレク「あ、起きたんだ〜おはよう。具合はどうかな?」


レフが起きて真っ先に見えたのは赤髪青眼の美人が真上から覗いてる様子だった。年もレフと同年代のように見えた。


レフ「だ、誰だお前」


アレク「酷いなぁー、これでも荒治療だけど君を助けた命の恩人だよ」


〈え、もしかしてあの時、助けてくれたのお前だったのか?...一体どうやって〉


レフは一瞬、この美人の性別がわからなかったが仕草や話し方で何となく男の子だとわかった。それとは別に肌はまるで陶磁器の様で自分よりもか弱そうな見た目をしている美人がどうやって自分を助けたのか凄く不思議だった。


疑いの眼差しを向けるレフに対し、アレクは昨日の件について引き続き話始めた。


アレク「あぁ、ちなみに茨に絡まっていた盗賊は警察に引き渡しておいたからね。...君のご両親は助けられなかったのは申し訳なかったけど」


レフ「えっ...」


<色々ありすぎて頭の中がズキズキする...痛いって事は夢では無い。でもちっとも納得できない!!どうして、父さんと母さんが!!!!〉


レフ「どうして...父さんと母さんが。何で盗賊は俺の家を、ちっとも意味がわかんねーよ!!!!なんでっ、どうしてっ!?...ウッ、グスッ」


我慢の限界がきてしまったのかレフは涙がボロボロ出てきた。


その姿を初対面のアレクに見せたくなかったのか顔を腕で隠す様に身体をうずくまって、唇を軽く噛み締めて泣き声を殺す様に静かに泣いた。


それを見てアレクはポケットに入っていたハンカチと自分のカバンに入れてあった紙パックのジュースをストローを挿してレフに渡そうとした。


アレク「…よかったらこれ」



レフは思わずチラッとアレクを見た。持っているハンカチとジュースを見て反射的に受け取ってしまった。


涙を拭いてジュースを飲み終え、少し落ち着いた様子のレフを見てアレクは気軽に声かけてきた。


アレク「名前はまだ言っていなかったよね?俺はアレクサンドル。愛称はアレク。君の名前は?」


レフ「...レフ」


アレク「レフって言うんだね。ライオンかぁ...いい名前。まぁこれから長い間お世話になるけどよろしくね、レフ」


アレクは満面の笑みでレフの手をギュッと握りしめて勝手に握手した。


レフは思わずアレクの笑顔を見てドキッっとした。


しかしその握りしめた手を思いっきりレフは払った。


レフ「ハァ?『これから長い間お世話になるけど』ってどういう事だよ」


レフの驚く顔を見てアレクは少し困った顔をして考え込んだ。


そしてアレクは少し深呼吸した後、説明し始めた。


アレク「俺、実は魔法使いなんだよね〜吸血鬼でもあるけど。それでおかしな魔術の反応があったから調査してこいって師匠に命令されて来てみたら茨塗れの家と絡まっている君がいたから何とかした訳。でも師匠がまだ心配だから10年間薔薇の呪いにかかった少年の面倒を見てほしいって言われて...勝手な話で悪いけど君と一緒にこの家に住んでも良いかな?」



<は?魔法使い?薔薇の呪い?サッパリわからん。それに何の為に俺を10年間も監視するんだ?何か別の目的でもあるんじゃないか?...怪しすぎる>


レフ「やだ」


アレク「えっ、そんな、俺は命の恩人なのに!?」


アレクはまさか断られるとは思っていなかったのかものすごくショックを受けた様な顔をしていた。それを見てレフは少し罪悪感を感じたが構わずにルームシェアの不必要性を訴えた。


レフ「茨から助けてくれたのはありがとう。でもそれとこれとは別だ!何で知らないやつと急にルームシェアしないといけないんだ!」


<それに、コイツといると何故か凄く落ち着かない気がする。何か未だにあの笑顔が頭にチラつく...何だこれ、いつもの俺じゃない感じ>


アレク「もっ、もし何かあった時に対処できるようにだよ!!万が一また茨塗れになった時君一人で対処できるの?できないでしょ?」


レフ「ウッ...た、確かに。」


<得体のしれないやつと一緒に暮らすのは嫌だったが茨まみれのあの状態にまたなってしまうのはもっと嫌だった。

だから俺には選択肢が一つしかない。>


レフ「...本当は一緒に暮らしたくないけど、よ、よろしく」


レフは観念して嫌々しくそういった。

だけどアレクは嫌な顔ひとつもせずに


アレク「よろしくね、レフ」


朗らかに笑った。


その顔をレフはジッと見てしまう。


<コイツ顔は美人だよな...って騙されるな!もしかしてこれも何かの罠で変身していて正体は別物の可能性だってあるだろ⁉︎>


アレク「どうしたの?レフ、顔が真っ赤だ?熱上がったのならまだ寝ていた方がいいかもね。おやすみなさい〜」


そう言ってアレクは部屋を出て行った。



レフの心臓がドクンドクンと大きく音が鳴っている。父さんと母さんのこと、茨のこと、アレクのこと、今日は色々なことがありすぎてレフは頭がグジャグジャになってしまった。


レフ「もう何も考えなくない」


ボソッと呟いて気絶する様に寝てしまった。


■場面転換 (次の日の朝)


レフが目を覚ましてキッチンに向かうと、当たり前の様にアレクがくつろいでいた。テレビはつけっぱなし、冷蔵庫にあったヨーグルトに買ったばかりのジャムを全て空になるぐらい大量にかけて食べていて、勝手にレフのお気に入りのクッションを抱きしめて、そのクッションの持ち主に笑顔で手を振っていた。


アレク「レフ、おはよう〜いい天気だね」


レフ「何がいい天気だ!人の家の食べ物勝手に食い散らしやがって!!あと、俺のクッション返して」


アレク「ごめんね〜君のお気に入りのクッションだったんだね、返すよ」


アレクはレフにクッションを返した。レフは返してもらった自分のクッションがほのかに暖かかったのを感じてまた胸の奥がキュッとなる違和感を感じた。レフはアレクにこの事がバレたくなかったので奥歯を思いっきり食いしばった。


一方、それを見てアレクはレフが余程冷蔵庫を漁られたのとクッションを勝手に使ったのが嫌だったんだと思うだけで特に何とも思わなかった。


アレク「もしも食費の心配してるなら大丈夫〜俺、お金持ってるし普段は病院から廃棄用の血液を買って飲んでるから!」


アレクはそう言うと手からお札が5枚出てきた。


レフ「おい、偽札は犯罪だろ」


怖い顔でレフが睨むとアレクはニコッっと満面の笑みで微笑み返した。


アレク「大丈夫、大丈夫。本物さ、オンライン占いって知ってる?そこで綺麗なお姉さんに変身してクラウドソーシングで稼いでいるんだ〜2人暮らしぐらい余裕だよー」


アレクは調子に乗って手からパラパラとお金を出した。中には米国ドルや中国元、日本円などもあった。


自分の一年分のお小遣いを軽く超えてしまう大量のお金見てレフは凄いしかめっ面をしていた。


〈こんなクレイジーなやつと生活しないといけないのか...先が思いやられる〉


アレク「えー、そんなに嫌な顔しないでよー俺と生活するの面白いと思うけどなぁ」


アレクは少しムッとして頬を膨らまして頬杖をついていじけ出した。その姿はまるであどけない少女のようだった。


〈コイツ、中身はあんなんだけど顔や仕草は可愛いんだよな...って何を考えてるんだ俺は⁈コイツは人間じゃない化け物なんだ、あんな盗賊3人と茨をどうにか出来る時点でおかしいんだ!!!!隙を狙って俺の事を酷い目に遭わせるかも知れない奴なんだ!だからそんな奴に...かっ、可愛いとか...びっ、美人とか絶対思ったら...ダメだ、ダメなんだ...あぁぁあああチキショウ!!なんで心臓がうるさいんだ!!!!〉


急に焦って下を向いて無言になったレフを見てアレクは不思議そうに長いまつ毛で数回瞬きしてレフを見るのだった。



■場面転換 (10年後、国民の館)

〈忘れることは無いだろう〉


アレクをいじめ、レフを生贄として食べようとしていた師匠を倒した後、アレクは血を大量に流して倒れ、レフはアレクを抱きしめて唇を噛み締めて静かに泣いていた。


〈あの日の事もこの先起こる未来のこともー〉

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茨の家に住む吸血鬼と俺 @hinatakuti

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