7話「気持ち(いろ)」:夢乃side

海崎さんにポスター制作を手伝って欲しいと言われて、数日後。今日はその1日目。

向かいにの席に座っている彼女は、A4サイズの紙を広げて唸り声をあげていた。

いきなりあの画力のイラストをポスターの用紙に描くのはありえない。だから、とりあえず目の前の紙にイメージするものを描くよういったけど、これがまた酷いのなんの。


「はぁ、ダメだ。イメージはあるのに中々形にできない」

「……配置や簡単な構図だけでも先ずは描いて見たら。ここにどんなものを置きたいとか、こういう文字を乗せたい。こういう構図がいいとか」

「なるほど」

「貴女は絵が酷いんだから、とりあえず、丸や三角とか図形とかで全体を決めていったほうがいいわ」


私は一々そんなことはしないけど、この子は本当に絵が酷い。絵を教える前に、とりあえずこの子の中にあるポスターのイメージを知っておきたい。手伝うっていったからには、ちゃんとやらないと。まぁ、完全に本の片手間って感じだけど。


「イメージ……あれ、あれみたいな感じです」

「あれ?」

「はい。先輩が、確か中2の頃だったと思うんですけど、飼い鳥が鳥かごから出て空に飛んでいく絵。あの鳥を天使の女の子にしたいんです!」


満面の笑みを浮かべ、海崎さんは「えっと、あれだとここが」とかすぐに紙に向かって描き始めた。

だけど、私が驚いたのは彼女が数年前の作品を知っていたことだ。

私のことを知ったのはつい最近のはずなのに、どうしてそんな前の絵のことをこの子が知っているのだろう。


「なんで」

「ん?」

「なんでそんな前の絵を知ってるの?」

「え……あー、実は先輩の絵をまとめたサイトがあってですね」


苦笑いを浮かべる海崎さん。そんなサイトがあっただなんって知らなかった。少しだけ詳しく聞けば、そのサイトには私が今まで描いた絵。正確には公に公開されているものだけだが、それが年代順に表示されているとのことだった。


「先輩の絵、どれも素敵でした。キラキラしてて……はぁ、全部直接見たいなぁ」


夢見る少女のようにうっとりとした顔。

キラキラ、か……確かに最初の方はそうだったかもしれない……あの時は私も胸を躍らせて描いていた。だけど……


「でも、中二の冬の絵ぐらいから、なんていうか……ちょっと色褪せてる感じがしました」


ドクリッ


咳き込みそうになるぐらいに、心臓が激しく動いた。

次のページをめくろうとしたてもピタリと止まり、少しだけ体が震える。


「今までは色鮮やかせキラキラーって感じだったんですが、なんていうかその時期の絵からはどこか苦しさというか、なんというか……本当に先輩が描いたのかな?って感じて……あ、でもあの【クラゲ】っていう絵は、その前と同じでキラキラーってしてました」


才能なのか、感性なのかわからない。だけど、少なくともこの子は私の絵の違いを見抜くことができたみたいだった。

それが、嬉しような、怖いような、なんとも言えない感情に襲われる。


「初めて先輩の絵を見たとき、本当に酷く目を奪われました。で、他の先輩の作品を見たときにどうしてこんなに惹かれるんだろうって思ったんです」


紙にペンを走らせながら、海崎さんは言葉を続ける。自分の心の中にある私の絵に対する感想を。


「それで、ふと気づいたんです。あぁ、”気持ちが色に乗ってるんだ”って」


ゆっくりと、色のついた彼女の目が私を見つめる。そこだけ色があるせいか、彼女に見られると自分の心を見透かされているような気がする。

もしできるなら、彼女のその瞳の色も周りと同じようにしたい……そこだけ色があると、どんなに逸らしたくてもじっと見つめてしまう。


「先輩、できました」


ニッコリと笑みを浮かべながら、紙を掲げて私に見せてくる。

複数の図形と文字。そして、頑張って描いたイラストのイメージ。

私は紙を受け取ってしばらく見つけた後、シャーペンを手にとって紙に文字を書き込んで行く。


「シンプルでいいと思う。とりあえず、今紙にかいたサイトを調べて。天使にしたって色々デザインあるし、近いものがあれば写真を印刷して持ってきて」


イメージ力はある。だけど、神様は画力だけはあげなかったみたいだ。可哀想に。


「わかりました。次の課題ですね」

「もう閉館時間だし、そろそろ帰りましょう」


予定していたページまでは読むことができなかったけど、まぁそれは仕方ない。

しおりを挟み、本を鞄に閉まって立ち上がる。


「あの、先輩!」


不意に、海崎さんが私に声をかける。

その表情はどこか迷いのようなものがあった。現に、何かを言おうとしているけど中々口にできずにいるみたいだった。


「何?言いたいことがあるなら聞くけど」

「あ、あの……もう結構先輩に“描いて欲しい”ってお願いしてるので、一層の事聞きたいんですが」


少し震えている。こんな彼女は始めただ。初対面で殴った時ですらこんな顔はしなかったっていうのに。


「本当に先輩は絵を“描かない”なんですか?」


どこかで、違和感を感じたのだろうか。それとも、さっきみたいに私の過去えを見て気づいたのだろうか。まぁどちらでもいっか。本当に勘のいい子。だからこそ、あなたの目には色がついてるのかしら。


「そうね。“描かない”じゃなくて“描けない”が正解かしら」


自重気味に、私は彼女にそう答えた。

絵が嫌い?そんなわけないじゃない。描けるものなら描きたいわ。

大きな真っ白なキャンバスに、自分の思い描くものを形にしたい。だけど、もう私はそれを実現することができない。


「描こうと努力した。だけどどうしても描けない。だから、あの絵を最後にやめたの。描けないんだったら、続けても意味がないから」


海崎さんがどんな顔をしていたのかわからない。そういった後は、すぐに背を向けて図書室を後にしたから。

帰り道、酷く胸が苦しくて気分が悪かった。

早く、早く家に帰りたい。そう思いながらいつもよりも足取りを早め、口元に手を当て、人ごみの中に溶け込んでいく。

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