4話「それでもやっぱり」:叶恵side
もうすっかり秋になったという事もあって、6時に家に帰る頃にはも外は真っ暗。夏場だったらまだ明るいのに。
気温も一気に下がって、随分と肌寒くなり、もうマフラーや手袋。コートも必要になりそう。
「ただいまぁ」
結局図書館では先輩とまともに話もできなかった。まぁ叶恵が原因なんだけど、それでもちょっとは目を向けてくれたのは嬉しかったな。不機嫌そうだったけど。
図書館での先輩とのやりとりはいつもそうだ。先輩は基本的に本を読んでいて、向かい側に叶恵が座って話しかける。悪い時は一言も返事を返してくれないし、目も合わせてくれない。良い時はその逆。
今日の先輩は不機嫌そうではあったけど、返事も返してくれたし、目も合わせてくれた。これって、ちょっとは叶恵のこと見てくれてるってことだよね
(うん。この調子で明日も声をかけよう)
物事をマイナスに考えず、ポジティブに考える。
きっと明日は今日よりもっといいことが起きるかもしれない。
そう思いながら、叶恵はガチャリと玄関の扉を開けて家の中へと入っていった。
「ねぇ!おかえり!」
「かなちゃんおかえり」
「おぉー、ただいま2人とも」
玄関を開ける音に反応したのか、幼い弟と妹がお出迎えしてくれた。
「ねぇ!あのねあのね!今日お母さんがめぐの好きなもの作ってくれたの!」
「かずはね!ご飯の準備手伝った!かなちゃんの好きなやつだから!」
“ねぇ”と可愛く言ってくれるのが妹の恵。愛称はめぐ。
叶恵のことを愛称で呼ぶのが弟の和希。愛称はかず。
双子の、今年で小学2年生になる可愛い可愛い弟と妹たちだ。
「聞いて聞いて。今日お姉ちゃん、先輩とお話ししたんだよ。若干暴言だったけど」
「先輩って、あの、ねぇの部屋に飾ってる絵を描いた人?」
「かなちゃんすごい!嫌われてるってわかってるのに向かって行くなんて!あ、Mってやつか!」
「かず……そんな言葉どこで覚えたの?」
2人。というか家族には先輩のことは話している。そりゃあ、娘が今までにないぐらい目をキラキラと輝かせて、これでもかってくらい饒舌に話していれば興味もわくだろう。
パパやママには「ちゃんと相手の気持ちも考えないさいよ」と怒られちゃった。まぁそうだよね。絵をやめた人に、また描いて欲しいなんて残酷なことを言ってるんだから。それは、ちゃんと自覚している。でも、それでも先輩にはまた絵を描いて欲しい。
「お姉ちゃん着替えてくるから、リビング行ってな」
「「はーい」」
いい返事をして、2人はリビングへと向かった。
2人を見送った後、そのまま自室へと階段をのぼる。
薄暗い部屋の中、カバンを床に置いて電気をつければ、一番最初に目に飛び込んでくる一枚の絵。
月夜の海の絵……叶恵が初めて見た……白黒(モノクロ)の世界に色をくれた絵……大好きな、先輩の絵。
何度も何度もお願いして、一ヶ月前にようやく貰えたこの絵は、叶恵にとってどんな高価なものよりも価値があるもの。絶対に手放したりなんかしない。
「また、描いてくれるかな……」
あの時の頬の痛み。そして、先輩の表情は今でも忘れられない。思い出すたびに、無意識に頬に手が触れる。
叶恵のやっていることはとてもひどいことだと思う。叶恵だってそこまで馬鹿で鈍いわけじゃない。あの日の行動と表情。そして、これまでの先輩の顔を見ればそんなことわかる。だけど、それでも……
「それでもやっぱり、また先輩に絵を描いて欲しい」
この絵を見るたびに、胸がひどくドキドキする。そして先輩に会いたいという衝動に駆られてしまう。
また明日も会いに行こう。嫌な顔されたり、暴言吐かれるかもだけど、それでも先輩に会いに行きたい。
*
「え?」
だけど、昨夜の想いは簡単に打ち砕かれた。
いつもいるはずの図書室に、先輩の姿がなかった。もちろん先に教室にも行ったけど、当然のようにいなかったからここだと思ったのだが、当てが外れてしまった。
まぁ、先輩だって毎日ここにくるわけじゃないよね。今日は何か用事があったに違いない。また明日、会いにこよう。
叶恵はポジティブにそう考えた。
だけど、翌日も、その翌日も先輩は図書室にはいなかった。
「先輩……」
今日は週末、金曜日。今日先輩に会えなかったら、土日の休みを挟むから月曜日まで会えない。金曜日に会って、先輩パワーを充電して頑張って土日を超えられるというのに。
いつも先輩が座ってる席。そこに腰を落として机に突っ伏しながら図書室の光景を眺める。相変わらず人の数は本当に少ない。
静か。先輩が好きそうな空間がここには広がっている。だけど、いつも私がうるさくして、先輩がここを離れて行く。
「自分の我儘で、先輩の幸せ奪っちゃってるよな……」
「今気づいたの?」
不意に聞こえた声に、叶恵の体はとっさに反応した。勢い良く体を起こした先には、呆れたような表情をする先輩の姿があった。
「せ、ん……ぱい……」
「はぁ……なに、死人でも見たような顔して。勝手に人を殺さないで」
「い、いえ……ちょっと、びっくりして……」
「あっ、そ」
ここ最近、図書室に行っても先輩がいなかったから、今日も会えないと思っていたら声をかけてくれたから驚いてしまったと、素直に先輩に話せば、またため息を疲れてしまった。
ドキドキと心臓が激しく動く。それに、なんだか顔を見ることもできなかった。
(どうしよう……びっくりしすぎていつも通りにできない……)
「たった数日でそんな表情されちゃたまったもんじゃないわ。今日はたまたま借りてた本を返しにきただけよ。貴女に声をかけたのは気まぐれ。勘違いしないで」
そう言いながら、先輩は普段叶恵が座っている向かい側の席に腰をおろして、読書を始める。
恐る恐る顔を上げると、視界に飛び込んでくる景色は、まるで絵画の一枚のように美しい光景だった。
あぁ、夕日が読書中の先輩を照らして、程よく吹き込む風が先輩の髪をなびかせて……なんて綺麗なんだろう……
「なに。さっきから見て」
「あ、いえ。先輩があまりにも綺麗でつい……絵になるなって」
「……貴女じゃ形にできないからやめておいた方がいいわ」
「う……確かに……叶恵の画力じゃ無理ですね……」
あはは、と自嘲しながら肩を落とす。こういう時、自分の画力のなさを怨みたくなる。
先輩ぐらいの画力があれば、今この瞬間を残せるのに。
(あ、そうだ)
叶恵は鞄からスマホを取り出して、先輩の姿を写真に収めた。こうすれば、いつでもこの素敵な光景を見ることができる。
だけど当然それは先輩にバレてしまうわけで、怒られてしまった。
「消しなさい」
「嫌です。先輩がこれを絵にしてくれるなら、完成した後に消します」
「……あのね、何度も言ってるけど私は」
「それでも」
それでも、叶恵は先輩にまた絵を描いて欲しい。どんなに先輩が嫌だと、描かないと言っても、叶恵は何度でもいう。たとえ先輩に嫌われたり拒絶されても殴られても。
何度でも何度でも何度でも。
だって、本当に先輩の絵は素敵で、叶恵の世界を変えてくれた。それに感じた。絵が感じた先輩の気持ち。
ゆっくりと本を持つ先輩の手に触れようと手を伸ばす。当然届くはずもないけど、それでも先輩に触れたという行動をこれで解消する。
「それでも叶恵は、先輩絵を描いて欲しいです」
「私は……」
ねぇ先輩。本当に嫌なら、どうしてそんな顔をするんですか。その顔は、描きたくない人の顔じゃないですよ……
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