2話「色(こい)を見つけた少女」:叶恵side

叶恵の世界は白黒(モノクロ)だった。

それなりに、普通の生活を送っていた。おしゃれをしたり、友達と楽しくお話しをしたり、部活動頑張ったり。周りから見たら充実した日々のはずなのに、何か物足りなく感じる。

そのせいか、叶恵が見ている世界はいつも灰色の日々だった。色がない、形だけの世界。


「それじゃあ、ゲームスタート!」


そんなある日のことだった。

その日は、所属しているボランティア部の活動で、児童館で小学生達と遊ぶことになっていた。

子供は好き。年の離れたと弟と妹の影響なのか、小さい頃から幼稚園か保育園の先生になりたかった。

鬼ごっこにかくれんぼ。施設内にある道具を使ってその日は全力で、子供達と遊んで「はー疲れたー!!」と声を上げながら背伸びをした。


「お疲れ様ぁー」

「お姉ちゃんたちバイバーイ」

「はい、バイバーイ」


部活終了後は現地解散で、そのまま自由にかえっていいことになった。

だけど、児童館なんて部活以外で滅多にこないからブラブラと中を一通り見ることにした。子供の絵や新聞、地域のお知らせなんかが張り出されていたりしている。


「懐かしいなぁ。私も昔こんなの描いたなぁ」


子供らしい絵柄。だけど、叶恵は絵の才能には恵まれなかったようで、高校生になった今でも絵柄は幼稚園レベル。

頭に浮かぶ自分の絵。そして弟と妹に見せた猫の絵に2人揃って「宇宙人だ!」と言われたことを思い出して少しだけ涙ぐむ。

そんな時、不意にそれが視界に入ってきて、足を止めた。

【クラゲ】というタイトルに反して、描かれているのは月夜の海だった。

シンプルな絵。だけどその絵に目を奪われた。胸が高鳴った。ジッと、その絵を見つめる。

構図から、色から、書き手の感情が伝わる。儚さと何かを諦めたような虚無感。だけどその絵は、酷く叶恵の心を刺激した。

その瞬間、白黒(モノクロ)だった世界に、その絵を中心にパッと広がるように色が付き始める。


「かーなえ。なーに見てんの?」


叶恵以外に残っていた部員の1人に声をかけられた。だけど叶恵は一瞬たりともその絵から目を離すことはできなかった。

叶恵が見ているものが気になったのか、その部員もこの絵に視線を向ける。


「あぁ天川さんの絵か。すごいよねー。同じ高校生と思いえないもん」

「天川、さん?」


その時やっと、叶恵の視線が絵から外れて、隣にいた部員。部活の先輩の方を向いた。


「うん。うちの学校の、私と同じ学年。クラスは違うんだけどね」

「うちの学校の生徒なんですね」

「その反応からして、もしかして、叶恵は初めて見る感じ?」

「はい……」

「ふーんそうなんだ。まぁ、さっきも言ったけど、同じ高校生とは思えないぐらい凄すぎよね」


視線は、また絵へと向けられる。

同じ学校の先輩。じゃあ会えるかもしれない。どんな人なんだろう。どうしてこんな絵を描いたんだろう。知りたい、知りたい。


「で、この作品はある意味話題になった一枚なんだよね。実は……」


隣で先輩が何かを話しているみたいだったけど、叶恵の耳には全く入ってこなかった。

同じ学校の先輩。だったら、簡単に会える。会って、この気持ちを伝えたい。

物足りないと思っていたもの。それを見つける事が出来た。それを顔も知らない先輩に、早く伝えたい。


「好きです!」


夏休みが明けて、部活の人に特徴を聞いて、校舎内を走ってやっと見つけた先輩に先走りすぎた感情を口にする。

やや長めの黒髪。丸い眼鏡をかけて、どこか物静かそうな人。うん、美術室とかで絵を描いてそうな雰囲気がある。


「他の先輩の絵も見たいです。それと、次ってどんな絵を描くんですか」


あの絵を見た時のことを話して、また先輩の絵を見たいと伝えた。

きっと、優しく微笑んで「ありがとう」と言ってくれるだろうと、勝手に頭の中でそう思っていた。

だけど、叶恵は先輩のことを全く知らなかった。

叶恵の目の前にきた先輩は、思いっきり叶恵の頬を叩いた。


「それ以上不快な言葉を口にしないで。絵なんて、二度と描かない」


叩かれたことに対して当然驚いたけど、それ以上に先輩の《二度と描かない》という言葉の方が衝撃的だった。

二度と描かない。もう先輩の絵を見る事が出来ない。

いやだ。あんな素敵な作品がもう見れないだなんて……もっともっと先輩の絵が見たい。あんな表情じゃなくて、もっと先輩の本当の顔が見たい。


「よし!」


それから叶恵は先輩のクラスに足を運んだ。

クラスにいないときは、校舎中を走り回って先輩を探した。

必死に先輩を探して、声をかけた。

何度も何度も嫌がられた。怒られもした。それでも叶恵は先輩に会いに行った。


「先輩!みてください!」


だって、先輩の絵が大好きだから。

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