十七、すずらん


「さお先輩、いつ結婚するのかな?

 結婚したら辞めちゃうのかな?」


 給湯室のさえずりは今日も遠慮なく聞こえてくる。

 まったく少しはボリュームを抑えなさいって。


 まぁ、ご心配には及びませんけど、今でも二人は仲良しなので、結婚はできると思うけど、二人とも忙しくてゆっくり話していないというか、修君ってば、そういう話は照れちゃってダメなんだよね。


「ほら、もう新居の話とかしてるのかな、さお先輩仕事ができるし、このまま残ってもらえないかなぁ。」


 いやいや、それはないよ。

 でも……私も考えなきゃならないよね。

 指輪以来……話に進展がないよ。


「よお、さおりさん、久しぶりだね。

 在宅ワークでうまくやって、出社は週三日だって?」


「ええ、おかげさまで。

 でも、あの子たちがもっと仕事ができるようになれば、寿退社でもいいんですけどね。」


「そりゃ、みんなの倉庫番のさおりさんにやめられては、困る人も多いだろうけどね。」


「あら、リモートでも困るなんて話は聞きませんでしたけど。」


 佐々木君と私の化かし合いのような会話も、もうできなくなるのかな?


「ところで、あなたは新居を構えて結婚も秒読みだとか?」


「ああ、お先になるかな。

 僕の場合は早くしろと周りがせっつくからね、どうしても。」


 そう言いながら、にやにやしている。


「幸せになるのには、特に順番とかないから、はやいもの勝ちでいいんじゃないでしょうか?。」


 なんか言葉尻がとげとげしくなってきた。

 なにイライラしてるのよ。


「では、具体的に決まりましたら、休暇の申請もありますので、その時は相談させてくださいね。」


「そうだね、日程調整が必要だから、早めに教えてね。」


 結婚って、具体的に何か考えていたわけじゃないけど、そろそろしたいかな。

 毎日のように会っているわけだし、もう同居だっていいのだけれども……

 キミのことだって、今では仕事のパートナーぽいから、今更それは理由にはならないし。


「じゃ、どうして進められないのよ、修君のヘタレ。」


 ……って、給湯室の前で独り言はちょっと危険だった。

 あぶない、あぶない。


 帰りの電車の中で、一人物思いに更けていた。

 

「まさか佐々木君に先越されそうなんて、正直焦ったわよ。」


 本当に修君、私との結婚をちゃんと考えてくれているのかな……?


 三浦海岸の駅には、いつも修君が迎えに来ている。

 午後七時を過ぎるとやはり暗いので、お迎えは心強いかな。


「ねぇ修君、私たちもそろそろ結婚に向けて考えない?」


 え、なにその急にびっくりした反応は?

 まさか全く意識していなかったのかな?


「うん、さおちゃん。

 実はどうしていいかわからなかったんだよ。」


「だったら聞けばいいじゃない。

 ずっと一緒にいたよね。」


「うん、だからそうなんだ。

 それだけで幸せで、このままこんな日がつづくのかなって。」


 ああ、そうだった。

 今一つ現実味がないのは、修君がほのぼのしていて人畜無害だからだったのよね。


「そう、わかったわ。

 いい? よく聞いてね。」


 修君はきょとんとしていた。


「私は、あなたと結婚したい。

 それが、今の私の、たった一つの願いなの。」


 修君の顔が赤くなって湯気でも出そうな勢いだ。

 ホントに「ぷしゅ~」と音がしそう。

 

 家に帰ってから、修君がキミと二人で並んでこう言った。


「僕、生活相談員になる。

 国家試験も受ける。

 給料も上げる。……だってさおちゃんと暮らしたいから。」

 

 ぷっ、すごくまっすぐで、ちょっと嬉しかったけど、私への愛の言葉はどこに行ったのよ。

 せめて「好き」って言ってよね。


「六十点、いや七十点くらいかしら。」


「猫君様~」とキミに縋り付いている。


「キミたちはいつからそんなに仲良くなったの?」


「今回の昇進の話も、猫君様のおかげなんだよ。

 アニマルセラピーの考察って、レポート書いたら評価されて、実績も作ったから。

 招き猫様々なんだよ。」


「それで? 猫缶三つだけ?

 ちょっと安くない? ねぇ、キミ。」


 ……って話しかけたのに、知らんぷりされた。


「ほらね、まだ猫のキミ様は、不満なんだよ。」


「なにそれ、そっぽ向いてただけじゃないか。」


「ほら、こう、何かあるでしょ、ほら?」


「……わかりました、今度の週末は三崎のマグロ、猫メニュー付きで。」


「それでよろしいでしょうか? 猫君様。」


 タイミングよくキミが「にゃぁ」と応えて、それがおかしくて、二人で笑っていたの。

 不器用だけど、修君なりに真剣に考えてくれていた。それがちゃんと伝わってきた。


 キミも修君に協力してくれていたんだね。


「招き猫様々。」


 待ちわびて ようやく聞けた プロポーズ 恋には早し 賞味期限か



 修氏よ、女の願いは深いものであると知れ。

 ほのぼのとした毎日だけでよいならば、ただ一緒にいるだけであろうが。

 それにしても、愛すべきバカっぷりは見事である。

 修氏は鈍いから、女房の手引きが必要なのだな。

 こりゃ、先は姉さん女房の天下であるな。

  

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