十六、つつじ


 我と修氏のお茶会訪問は今でも続いている。

 我を待ちかまえるドライヤーにも慣れた。

 できるだけ毛を落とさないようにするための作法だそうだ。


 午前中は幾度も「おしんさん」と過ごし、話を聞いていた。


「猫君様、今日もご機嫌うるわしゅうて何よりですな。」


 なんて語りかけてくる。

 我はおしんさんの隣で丸くなり、穏やかに耳を傾けていた。


 周りから見れば、おしんさんは誰とも仲良くなれず、一人自分の世界に入ってぶつぶつと言っているという。


 そう修氏からは聞いていたが、我にはこのおしんさんは、ちゃんと我に話しかけているのだ。


「猫君様、今日は我が家の仔猫の話をしましょうか。」


 フンフン、なかなか興味がある。


「このばばは老い先がもう長くはないと自分では知っておりますので、我が家に住まう白い猫の仔の行く末を案じておりましてな。

 それはもう可愛らしい仔で、まるでわたくしの話が分かるかのように、おとなしく聞いております。

 そう、ちょうど猫君様のように。」

 

 世の中には稀有なものもいるようだな。

 もちろん我もである。


 おしんさんはさらに続けて、


「昨年の春に、わたくしの孫の家で生まれた仔で、連れ合いを無くしてすっかりふさぎ込んでいたわたくしのもとに孫が連れてきたのです。」


 ああ、誰ともなじめずにいる状況では、気が紛れてよいのかもしれない。


「それからおよそ一年が過ぎますが、わたくしの話を黙って聞いて、私に語り掛けるようにすり寄ってくるのです。」


 よもや我のように人であった記憶を継ぐものとして猫になったのではあるまいか。


「このばばはもう、十分に生き、じい様のもとへ行くことにも何のためらいもございませぬ。

 しかし、あの仔を残して先立つことだけが、唯一の心残りなのです。」

 

 おしんさんは、じっと我の顔を見つめ、こう続けた。


「あの仔にも連れ合いがあればと願っております。

 お許しいただけるのであれば、猫君様のような立派な御仁とともに、生きていくことを切に願っております。」


 あぁ、そうだろうな。

 可愛い仔を残して逝けば、心残りは当然であろう。

 主との絆が絶たれることは、何より悲しむことと思う。


「連れ合いを持つことは、とても意義深いものでございます。

 主人との時間は何事にも代えがたく、こうして一人になっても、思い出がわたくしを支えていてくれるものなのです。」


「おしんさん、お茶が入りましたよ。」


 と修氏が声をかける。

 ちょうど皆の体操の時間が終わり、休憩の時間となった。

 

 我はおしんさんを返り見て、こちらに来るように促した。

 おしんさんは杖を突き、ゆっくりと体を起こすと、皆が待つ茶の席に向かった。


 さて、ここからの我は大忙しである。

 修氏が「幸運を呼ぶ猫君様」と紹介したため、長老たちの間で我の背中はちょっとした争奪戦が起きている。


 猫君様の背中を撫でるとデートの約束が叶う……そんな修氏のノロケ話が広まったせいで、長老たちはおもちゃを手に、遊んでもらいたそうにこちらを見ていた。


 我もまた、猫缶を報酬にいただいている以上は、その分はきちんと働かなければと心得ている。

 愛想よく振るまい、長老たちの間を歩いている。

 ただし、偏りが出ないように、曜日によってすり寄る相手を変えているのだ。

 

 修氏はその様子を見て「さすがだねぇ」というが、そのように持っていく策士には言われたくない。

 意外にも修氏は「食えない男」であるな。

 

 一通り挨拶が済んだころに、皆は昼食の時間となる。

 我は用意された水を一気に飲み干すと一息入れ、カリカリを食べて腹を満たした。


 午後の長老たちの休息とともに、我も一休みするのであった。

 この時間は、風呂に入る者、それぞれが思い思いの趣味を楽しむ者など、それぞれが自由に過ごす時間である。

 修氏が自らの活動を持たないものを集め、レクリエーションと称して皆で遊ぶことを始めたのである。



「猫君様、こちらへどうぞ。」


 我は椅子をぐるりと回したところに呼ばれ、その中で長老たちが足でボールを蹴飛ばして遊ぶのであるが、策士の修氏は、そこに我を登場させたのであった。


「それでは皆さん、これから楽しく運動をしたいと思います。

 ここにボールが2つあります。それを足でけり、ほかの人にボールを渡してください。」

 

 そう言いながら、椅子の輪の中で修氏が説明を始める。


「ただしルールは2つ、ゴロゴロと転がるボールで相手に渡してください。

 それから、この真ん中では猫君がボールを捕まえようと待ち構えているので、猫君につかまらないようにボールを回してください。」


 修氏よ、我は聞いておらぬぞ。

 元来猫は気ままであるゆえ、そのようなことに興ずるはずもなかった。


 しかし、その輪の中におしんさんを見つけたのである。

 一人孤独に過ごすことを良しとしていたあの老婆が、こうして人の輪の中にいる姿を見て、うれしくなったのであった。

 

 仕方がない、ここは修氏の策に乗ってあげようではないか。


「それでは、はじめます。」


 修氏の合図にボールが転がりだす。

 我も猫の性ゆえに、ボールにとびかかるが、二つボールがあるため、捕らえられそうなものを選んでいるうちに、長老の足元に届くとボールは向きを変え、再び転がっていくのである。


 修氏が「ヘイ、キミ。」と言ってボールを我の元へ転がし、我を挑発している。

 ここは長老たちの声援を受け、立ち向かってやるのだ。


「そこよ、そこ。」


「ほら、頑張って!」


 我は夢中になってボールにとびかかるが、そのたびに長老たちから歓声が沸いた。

 それはそれで気分良く、我も得意になってボールにとびかかった。


 およそ三分の後に、修氏から休止の声がかかる。

 我は一目散に水を飲みに行った。


 いくら若い猫とて、動きっぱなしではもたぬ。

 あとで修氏に文句の一つでも言ってやりたいのだか、あいにくそれはかなわぬことである。

 

 しばらくは我の代わりに修氏がボールを捕まえる役を買って出たが、かわいくないので長老たちも静かに運動をしていた。

 長老たちの「猫を出せ」との無言の圧力に気後れしていた。


 仕方がない、我の出番であるな。

 この時のおしんさんと我がボールで戯れる姿が写真となり、会報誌に載ることとなった。


 老いらくの 戯れに猫 かわいがり 我もと集う 人の輪の中


 修氏とは、このように人を喜ばせる者であったのか、なかなかの策士である。 


 茶会に集まる翁の笑顔は、見ていても穏やかになるものだ。 

 おしんさんにも一緒に笑っていてほしいものである。

 ここは修氏の策に乗ってやろうではないか。


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