十四、それから


 またいつものあわただしい四月がやってきた。

 新人研修の担当も八年目、佐々木君は去年もやっているから要領を得て、的確に指示を飛ばしている。

 そうそう、できる男はそうでなくてはね。

 

 活躍している佐々木君の姿を見て、給湯室のひよこどものさえずりが聞こえる。


「気合入っているわね。」


「さお先輩にはいいところをアピールしておきたいんでしょうね。」


 ん? 私たちのこともひよこどもには知れていたのね。


「今更って感じ、だってさお先輩にはもう……。」


 ふふん、気が付いたかな。

 ちゃんと指輪が収まっているの。

 修君が東京に帰る私に、照れながら、


「とりあえず、虫よけに。」


 そう言ってくれたのよ。

 当然ずっこけたけど。

 

「さお先輩、いい人いたんだぁ。」


「そりゃいるでしょうよ、可愛らしくても仕事ができる人だから、今までお声がかからなかったのが不思議なくらいよ。」


「佐々木課長も相手にならないような、さお先輩の彼ってどういう人だろう?」


 給湯室のひよこどもは、あることないことピーチクやっている。

 この忙しいのになんなのよ。


「はいそこ!

 頼まれていた仕事は終わった?

 入社式の席次表できた?

 式次第と進行を確認しておいてって言ったわよ。」


 と、てきぱきと指示しながら


「早く終わったら同伴ランチかなぁ?」


 と冗談交じりに言うと、佐々木君が、


「はい、そのランチご一緒します。

 みんなも頑張っているみたいだから、今日くらいは御馳走しようかな。」


「きゃ~。さお先輩と御一緒に、ですか?」


「そこ、俺じゃ喜ばないのね。」


 と佐々木君がしょげていた。


「結婚するんだって、おめでとう。」


「ありがとう、あなたにもいい人がいるんでしょ。

 お互い、幸せにならなきゃ、だよね。」


 佐々木君は若いママの話を嬉しそうに語った。

 正直、興味はなかったけれど、彼が幸せそうなので良しとしよう。

 

 おのろけかなって思ったけど、意外と人生語っていて驚いた。

 何よりも自分の理解者を見つけたことが、一番の喜びだって。


 成熟した大人の愛ってやっぱりなんかいいね。

 私たちもそうなれるかなぁ。


 会社は入社式や新人の手続きなどが終われば通常業務に戻っていた。

 はやり病のパンデミックは依然として続いているが、何よりも在宅勤務が可能ということがうれしい。

 再び私たちは在宅勤務に戻ることになった。

 また三浦に帰れると思うとニヤリとしてしまう。



 女房の出仕が再開し、空港近くの大きな屋敷に戻っていた。

 宮仕えといえば、女主人の御簾の向こうで、女官たちが織りなす横恋慕や嫉妬の渦。

 その場を彩る噂話や流行の風が、絶え間なく吹き込む場所である。

 

 女房もそんなところに出向いているのであろうか。

 幾年月日が流れても、女の性とは変わらぬものである。


 同僚の 噂話に 息詰まる 仮面を被り 差し障りなく


 波風立てず、目立たず、それでいて噂話はチェックして、流行の文化をいち早く取り入れ自慢するのだ。

 

 およそ宮中の女房たちは人々の話の機微から踏み外さないように、それこそ内心ドキドキしながら語っているのである。

 流行の教養を身に着け、蔑まれないようにとも気を遣っているものである。

 

 女房も気を張って宮仕えをしているのであろう。

 修氏との逢瀬の時にはほっとしている様子である。


 きっとすぐにでも会いたいと、思っているのであろうな。



 しばらくして私たちは三浦に帰ることにした。

 もちろん在宅勤務が継続していることもあるけど、やはり故郷はいい。


 ここは思い出もあれば、新たに思い出の生まれる場所でもあるから。

 

 休日、修君にお願いして、海の見える丘にあるお花畑に連れて行ってもらった。

 私はというと、久しぶりのお出かけに気合を入れてお弁当を作る。

 

 もちろんキミも一緒だよ。

 これでも自炊が長い分、食生活は乱れないように、頑張ったほうなんだけどな。

 

 暖かな日差しが注ぐ海の見える高台の公園は、今日も一面の菜の花でいっぱい。

 小さいころによくお父さんと来たところ。

 一面の菜の花はお父さんとの思い出があって、見ているだけで胸が熱くなる。


「修君はずっと一緒にいてくれるよね。」


「うん、頑張ってみるよ。」


「わたしがおばあちゃんになっても?」


「そりゃそうでしょ。僕はお年寄りのお世話をしているから、大丈夫だよ。

 たとえ認知症になってもね。」


「なにそれ、ひどい。

 でも、私がどうなっても一緒にいてくれるってことだよね。」

 

 海からの風が心地よく吹き抜け、草原に寝転ぶ二人。

 菜の花の黄色が、まるで二人を祝福しているようだった。


「安心してボケてください。ずっとそばにいるから。」

 

 おぉ、修氏渾身の一撃!


「しめことば」がこれかよと、我は思わず猫パンチで突っ込みを入れた。


 春風の 薫る野原に 寝転んで キミがアイツの 右手で遊ぶ


 女房よ、これまでの苦労が実を結んだのであるな。

 ようやく幸せへの一歩を踏み出したのである。


 ようこそ、夢のある道へ


               第一部 おわり

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