五、文月


 このところ女房の帰りが遅いことや、妙に人目を気にする様子が見えて、我は楽しかった。

 鏡を見ながらぶつぶつと化粧している姿や、プリンを食べながら思い出し笑いをしている姿など、以前の女房には見られなかったことだ。


 よい傾向である。


 おいしいにおいを漂わせて来ることもあり、どうやら逢瀬はうまくいっているのかと思う。


「また少しふっくらしたのかしら?」


 ……我は、日に日に大きくなる女房の腹を見て、安心しているのである。

 これはきっと、男から与えられた豊かな贈り物のおかげであろう。

 まことに喜ばしき成長なのであろう。


 男が通う女房ともなれば、生活は潤い、身なりもまた、自然と豊かになるものだ。

 才あるうちの女房ほどの身分であれば、贈り物もまた、それ相応の品であろう。


 まあ、このような広き屋敷に一人住まいしている時点で、それなりのご身分には違いあるまい。

 体がふっくらとするのは、裕福さの証。

 何とも、めでたきことではないか。


 そのまるみを帯びた顔立ちは、なかなかに愛嬌がある。

 よく声をかけられるのも、さもありなん。


 それこそ、『女が上がる』というものである。



 休みの日に呼び出されてデートに出かけているけど、佐々木君は忙しいからと途中で帰ってしまった。


「今、時間ができたから、あなたに会いたい。」


 けど、今日は夕方から人と会う約束があって、ゆっくりとは付き合ってあげられないという。


 あれ、ちょっと待って、会いたいから呼び出して話をするんだよね?

 でも佐々木君は忙しいんだよね。

 だったら時間をとればいいのに。


 そりゃおいしいご飯食べながら話をするのは楽しいけど、あなた好みにかわいく支度して、いそいそと出かけてきて、まるで義務的なお付き合いみたいで、心が冷めていく。


 タイマー付きデートって、なんだろうね。


「また今度埋め合わせはするから……。」

 

 これじゃ二人の将来のこととか、話ができないよね。

 あなたの上昇志向は立派だけど、そこに私は要るのかな。

 

「ねぇキミ、ちょっと聞いてよ!」



 外出したはずの女房が、日暮れ前に戻ってきた。

 手にはビールと燻製肉、そしてプリン。

 我のご飯も買ってあった。


 今日は寝所にはいかず、ソファーの前に座り、一度両手を挙げて伸びをしてから、テーブルに出したビールをプシュっと開ける。


「あ~っ!もう無理!

 やってらんない!」


 いつにもましてご機嫌斜めである。

 女房は今まであった佐々木氏なる若い男のことを勢いよく話し、時々我を持ち上げて、


「ねぇキミ、どう思うよ、あの男は?」


 などと聞いてくる。


 あぁ、「勲章の男」と「褒美の女」だな。

 我が皇子であった時に、そんな話を見聞きしたことがある。


 とにかく男は功を上げようと頑張るのだが、女の一人もいない甲斐性なしとは思われたくない。

 

 そこで、自らに羨望のまなざしを向ける女の相手を適当にして、仕事で忙しいという。

 頑張っているのだからと、聞き分けの良い女はそれで満足するが、女の心は求めるものが尽きないのである。

 少し渡りが少ないと不平を言えば、それきりにして別の女に声をかけるのだ。

 

 そう、その女が欲しいのではなく、女がそばにいるという褒美が欲しいのである。

 だから誠実に向き合うどころか、忙しい自分が「会ってあげている」と勘違いをする。 


 この女房は、つまらん男に振り回されていたのだな。

 まだ気づいていないだけなのだろう。


 彼だけが 男じゃないと わかってる 汲み進む酒 涼しげなキミ


「あっもう、わけわかんない。

 私が欲しいんじゃないの?」

 

 我が皇子であった頃ならば、見事な助言を授けたものだが、今はただ上目遣いで、女房の顔色をうかがうしかない。


「わかるねぇ、キミ。

 だんだん自分が何をやっているんだろうって思ってさ。」


 なかなかいい感じである。

 ここでもう一押し、我はスマホを持つ手にしがみついた。

 そんなものを気にしないで我と遊んでくれと。

 

 女房はスマホの画面を見つめ、ため息をついた。

 我はそんな女房の膝に飛び乗り、じっと見上げた。


 膝の上 既読スルーを 覗き見て 我ここにあり 手を抱きしめる


 今日の報酬は芳ばしい香りの牛タンスモーク。

 そう言えば昔は小夜とも、こうして菓子を味わったものだ。


 おっと、それどころではない。

 女房は夢のある道から逸れてしまいそうなのだ。

 まぁ、才ある女房には、遊び人の男はふさわしくないのであろうか。


 まだ女の顔にはなっていないようである。

 我はその背中を見ながら、ただ静かに、尻尾を揺らしていた。


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